夢魔
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■ 第28章 暗雲41

 狂は自宅のメインPCでUSBメモリーを起動し、伸一郎の裏帳簿をコピーした。
 15年分の裏帳簿が保存されており、狂はそれを基に様々な検索が掛けられるように組み替える。
 その中で狂はおかしな物を見つけ出す。
 10年前から裏帳簿に入る金額が爆発的に、多くなっていたのだ。
 それまでの金額は多くて、年間1千万程度で運用資金のプールと言った感が有ったが、10年前を境に桁が1つ増え、その数字もドンドン増えている。
 今では年間10億近い金が、毎年裏金に廻っていた。

 気になった狂は裏帳簿の個人名と、別のデーターベースに収められた顧客データーと照合して、画像ファイルを調べる。
「野郎…。奴隷に堕として好き勝手した女を売りさばいてやがる…。それだけじゃねぇ…売った奴隷が向こうで死んだら…、処分費を取って死体の処分までしてやがる…。いや、待て…この入金から見ると…臓器の密売迄手を出してやがるな…」
 狂は奴隷のファイルを見て何かを思い出し、伸一郎の会社の社員リストを調べ始めた。

 そして、狂は伸一郎の裏金システムの全貌を知る。
「この親爺…鬼畜も良い所だ…。自分の傘下の女子社員を奴隷に堕として弄び、他人に売りつけ死んだら処分費を取っての臓器密売…。その上奴隷に落とした時点で、幽霊会社に出向させ給料を払ってる、その給料も裏金に廻ってらぁ…。この10年間で毎年15人程がこのシステムの毒牙に掛かってるから、延べ150人は奴隷にされてる…。裏金が増える筈だ…」
 狂は愕然として、自分の見つけた結果を見詰めていたが、背筋にゾクリと冷たい物が流れ、それに気付く
「ちょ、ちょっと待て! 今迄、年間15人だったのが、学校を奴隷農場にする事で、ざっと10倍に成る。この親爺の狙いは、間違い無くこれだ! おい、おい、こりゃとんでも無い事に成って来たぜ…」
 狂は表情を険しくしながら、1人呟いた。

 その時、携帯電話のアラームが鳴り、狂の活動限界を知らせる。
 狂はしまったと言う顔をして、携帯電話を見詰めるが、これからの事を考えると、どうしても休まなくてはならなかった。
 狂は静かに目を瞑ると、意識下にいた純に話し掛ける。
(純…、お前も見て感じてたろ…。この親爺は情けを掛けれるレベルじゃねぇ…。本気でやる! しかも、早急にしないと、こいつの毒は何処までも広がる…。俺も、お前も見ちまったんだ…腹決めろ…)
 狂の語りかけに、純の意識は中々答えを返さない。

 狂は純のいつもの怯えが出たと思っていたが
(こんなの…人じゃない…こんな事考えるなんて…酷すぎるよ…。僕もやる…、だって、僕もやらなきゃ、千草ちゃんや、佐知子ちゃん、茜ちゃんや楓さんなんかもみんな、この女の人たちと同じ扱いを受けるんだろ…僕、許せない…我慢出来ないよ…!)
 純は珍しく激昂し、感情を高ぶらせて、自分の友人達の名前を並べ立てる。
(ああ、間違い無く奴隷から商品に成って、どっかのおっさんに責め殺され、返ってきた身体は切り売りされて、人知れず捨てられる…。俺達ゃそれを止めなきゃなんねぇ…、その為には、お前の手助け…働きが肝心になってくる。出来るか…?)
 狂が純に問い掛けると
(出来る出来ないじゃない…。やるしかないよ!)
 純は狂に言い切った。
 狂は驚きながらやる気になった純に、今後の行動を説明すると、意識の澱の中に落ちて行った。
 狂に役割を託された純は、イソイソと洋服を着替え、出掛ける支度を始める。

◆◆◆◆◆

 竹内邸の使用人棟地下室で、沙希は響子に抱き締められながら、ブルブルと震えていた。
「イヤよ…駄目…駄目なの…。そんな事…絶対駄目…。イヤだ……」
 沙希の瞳は、何処も見て居らず、身体を投げ出すように全身の力を抜き、か細い声で何度も呟く。
 響子は沙希を抱き締めながら、沙希の声に合わせて、身体を優しく撫で回す。
 本来で有れば、響子はこれ程嬉しい役目は無かった。
 自分が心から敬服し、仕えたいと思う主人を抱擁し、その肌を慰められる役目なのだ。
 だが、撫で回す響子の表情は、身を切り裂くような痛みに耐えて居るように、涙を湛え歪んでいる。

 沙希を見詰める響子の瞳から涙がこぼれ落ち、悲痛な視線で沙希を見詰め、必死に頭の中で懇願する。
(沙希様…壊れないで下さいませ…! また、笑いながら私を鞭打ちして下さい…! 沙希様が居なくなって仕舞われたら…この屋敷に繋がれる32名の人形達全てが悲しみます…。お願いします沙希様…どうか、お戻り下さい…)
 響子は沙希の表情の変化を見ながら、何度も何度も懇願した。

 そんな沙希の瞳の色が濃くなると、沙希の呟きが徐々に大きく成り、瞳の色に狂気が宿る。
「い、イヤ〜! 庵様〜! やだ! やだ! だめ〜〜〜〜!」
 沙希の喉から、悲鳴のような声が上がり、抱き締める響子の身体に爪を立てる。
 響子の肌に突き立った爪は、響子の肌を裂き肉を抉って、血を滴らせた。
 響子の表情が苦痛に歪む。
 しかし、その響子の表情は、肉体に与えられた苦痛では無く、精神を責め苛まれる痛みに歪んでいた。

 響子はその身体を、沙希の思うままに掻き裂かせ、優しく身体を撫でて沙希の心を落ち着かせる。
 佐山には、暴れた時の処置として、かなり強い抗精神剤の投与を命じられていたが、響子と明日香は後遺症が残る恐れが有る薬を、どうしても沙希に投与する気に成れなかったのだ。
 自分の身体にどんな傷が残ろうと、響子と明日香にとって、それは些末な事でしかない。
 もう一度、沙希の微笑む顔を見られるなら、自分の身体が五分刻みに成ろうと、それは本望だった。
 ただ、響子と明日香には最愛の主が口に上げる[庵様]と言う人物だけが、ズッと心に引っ掛かっている。
 それは、響子と明日香のみ成らず、この屋敷に繋がれた32名の人形全てが、気にしている名前だった。

 沙希が口走る悲鳴。
 その悲鳴が、沙希を精神の檻の中に閉じこめた[犯人]として、館の人形全てが敵視している。
 それ程沙希は、この館の者達に敬愛され、服従を差し出されていたのだ。
(絶対に許さない…。沙希様をこんな風にした…[庵様]…何が有っても、私が殺す…)
 響子は沙希に肉を抉られながら、暗い瞳を宙に向けて固く誓う。

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