夢魔
MIN:作

■ 第28章 暗雲42

 やがて沙希の指から力が抜け、発作のような悲鳴が呟きに代わると、響子は沙希の手を押し抱き、丁寧に自分の血肉が絡んだ沙希の爪を舐め清める。
 沙希の呟きが消え、呼吸も穏やかになり始めると、響子はビタミン剤と点滴を用意し、洗面器にお湯を張って、沙希に栄養を与え身体を丁寧に拭き清め始めた。
 その目線には、敬愛が込められ、指先には細心の注意が払われている。
 沙希の精神が崩壊した理由も、狂いきらない理由も、一切知らない人形達は、沙希の最愛の主人を全員で敵視し、その排除を心に誓っていた。

◆◆◆◆◆

 伸也は夜の繁華街を4人連れで歩いていた。
 伸也の横に居るのは田中庄一(たなか しょういち)、木戸伸介(きど しんすけ)、木暮弘樹(こぐれ ひろき)の3人で、学校でもクラスはそれぞれ違うが、腰巾着のように、伸也に従っている生徒達だった。
 この3人は元々普通の生徒だったが、伸也と連むように成り徐々に暴力的に成っていった。
 今では、強姦も傷害も何でも有りに成っている。
 2週間程前にも、新婚の夫婦を陵辱し、病院送りにしていた。

 そんな4人が我が物顔で通りを歩いていると、人の間を縫うようにチョロチョロと小さな影が、小走りに視界を横切った。
(んっ? ありゃー、工藤じゃねえか…。あいつでもこんな時間に、ここら辺出歩くんだ…)
 伸也が直ぐに気付いて考えていると、横に居た庄一が大きな声を上げ
「おい、こら! そこの少年! こんな時間に何うろついてるんだ!」
 純を呼び止める。

 伸也はその瞬間、嫌そうな顔で庄一を睨み、苦虫を噛み潰したような顔に変え純に向けると
「おう、こんな夜中に、お前ぇ見てぇーな優等生が、何してんだよ…」
 純に話し掛けた。
 伸也は勿論、純が稔達の仲間で、伸一郎に雇われている事を知っているし、手出しも一切禁じられている。
 伸也はその為、純にも関わり合うのを避けていた。
(庄一の馬鹿…いらねぇ声を掛けやがって…。こいつ達と絡むと、ろくな事がねぇってのによ…)
 伸也は隣で薄笑いを浮かべている、庄一を無言で睨み苛立ち始める。

 一方声を掛けられた純は、引き痙った愛想笑いを浮かべて、少しずつ後ずさりながら
「あ、や、やぁ…。竹内君達…、こんばんわ…」
 頭をペコリと下げて、その場を立ち去ろうとした。
 すると、その純を見かけた、女子大生風の5人組が大きく手を振りながら
「純君〜。こっち、こっち! みんな待ってるよ〜」
 ニコニコ微笑んで、純に向かって声を掛ける。

 それを見た庄一と伸介がニヤリと笑い合い、純の元へ走り出すと、あっという間に拉致して連れて来た。
(おい! 何してやがる。こいつに絡むんじゃねぇ!)
 伸也は焦った表情で、庄一と伸介を歯噛みする思いで見ていたが、4人のリーダーの手前あからさまに、純に対する警戒を表に出せなかった。
「よお、女5人も連れて何処行くつもりだったんだ…」
 伸也は内心とは裏腹に、純に対して質問すると
「う、うん…。この先に有る…会員制の店に…ちょっと…」
 純は気弱な声で、伸也に告げる。

 弘樹が顔を突き出して
「会員制の店? この先に有る会員制の店は、[ドラド]しかねぇぞ…」
 訝しそうに純に問い掛けると、純はコクリと頷いて[そこだよ]と答えた。
 純の答えを聞いた瞬間、弘樹の顔が驚きに変わり
「お前が何で、秘密カジノの会員なんだよ。あそこは、会員審査が厳しくて、貧乏人や怪しげな人間は会員に成れないんだぞ!」
 純を問いつめる。

 純はオドオドとしながら
「だ、だって僕…こう見えても、年収5千万超えてるし…、音楽の世界じゃ有名人だし…、ベガスでも何度もカジノに行ってるし…」
 俯いて弘樹に答えた。
 弘樹は驚きながら頷き、伸也に向かって
「ねぇ、伸也さん。こいつに案内させて、俺達も行きましょうよ。[ドラド]って店、去年出来たんっすけど何か、凄いらしいんですよ」
 囁いた。
 伸也は気乗りが全くしなかったが、3人の手前も有り、別段今夜の予定が有った訳でも無かったため、渋々弘樹の意見を了承する。

 弘樹は純に向き直ると、ニヤリと笑って
「おい、工藤。4人追加だ」
 純に告げた。
 純は俯きながら[解ったよ]と呟き、女達と合流する。
 合流した女子大生風の5人は、突然増えた4人を訝しむ事無く受け入れ、カジノに向かった。
 女達は始めは、純にまとわりついたが、次第に伸也達の横に移動し、自然な流れでカップリングされる。
 どの女性もスラリとした肢体と、整った美貌を持ち、女の色香を振りまいていた。

 純は先頭を歩きながら、ホッと胸を撫で下ろす。
(第一段階…、成功…。次は店に入ってからだ…)
 狂に言われた計画を実行する純は、内心ドキドキと胸が張り裂けそうに成っている。
 だが、狂から伸也に近づく事が、今後の計画の成否を握っている事を聞かされ、純は必死になっていた。
 今が、自分の大切な友人達を、物のように売り買いされるのを防ぐかどうかの瀬戸際だと、心に言い聞かせ伸也達を誘う。

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