縄奴隷 あづみ
羽佐間 修:作

■ 第3章「高倉由紀ビューティクリニック」1

−誘い−

一週間ほど前、請求書など業務用の手紙の束の中に、随分綺麗な封筒が1通混ざっていた。
手に取ると、ほのかにいい香りがした。
差出人を見てみると、高倉由紀ビューティクリニック 代表取締役 高倉由紀となっていた。
DMの類ではなく、宛先に『麻木 あづみ 様』と記され、親展とスタンプが押してある。
―どうして?
急いで開けて読んでみた。

手紙の要旨は、こうだ。
1.高倉ビューティクリニックでは、美容部門の新設と、新技術を導入したセレブ専用の高級総合エステコースの全国展開を準備中であること。
2.特に九州地区を重点的に基盤作りをする計画である事。
3.ビューティサロン・ジャムでのあづみの技術+店舗運営の力量を評価している事
4.来月の5日(日)に高倉由紀が公演で福岡に出掛けるので、博多で会えないかという事

要は、あづみを九州地区の新規事業の責任者というか、”顔”になって欲しいから、一度話す機会を持ってくれとの文面だった。

あづみは、俄かには信じられなかった。
高倉由紀といえば、エステ界の超大物だ。
単身世界を渡り歩き、各地から様々な技術、技法、薬草を持ち込んで、日本のエステ界の基礎を築いき、今もなお業界のトップに君臨する第一人者だ。
率いる高倉ビューティクリニックは今や、社員は1000人を超え、売上は200億円に届かんとしている優良会社だ。

あづみが憧れる人物の一人だったが、こんな大物が何で私に? かつがれているんじゃないかしら? と思った。
しかし、同封されている講演会の案内状や、往復の電車の切符が同封されているのを見ると、全くの嘘とも思えない・・・

主人の健一や両親に相談してみたが、『本当だったら凄い話じゃないか! とにかく来月、福岡の講演先を訪ねて話を聞いてみろよ!』と少し興奮気味の口調で薦める。
しかし、銀行から多額の借り入れをして、開店した「ビューティサロン・ジャム」がようやく軌道に乗って、やっと手にした自分の店という愛着があるし、まだ10年近い返済期間もある。
しかし、そのへんの事情は高倉由紀も調べているようで、手紙にもジャムのオーナーとはあづみが移籍してくれるのであれば、話をつけられること。
経営を続けられないのであれば、借り入れの残債については高倉ビューティで肩代わりすると記されていた。

あづみも、高い評価をして貰っていることに悪い気がする訳がなく、ここまで具体的な条件を提示されるという事は、この申し出が、本気である事の証明のように思える。
とにかく一度会ってみる気になっていた。

翌日、高倉ビューティの秘書室長・石田 孝三から電話があり、手紙の到着を確認され、高倉由紀に逢うために福岡に来て貰えるかの確認を求める内容だった。
必ず伺う旨を伝え、電話を置いた。

家族達は、誘いがいよいよ本物であったと確認し、大騒ぎだ。
あづみも、嬉しいのは勿論だったが、正式に話を聞くまでは浮かれまいと心を引き締めていた。


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−高倉由紀−

夕方からの店を陽子に任せて、指定されたホテル全日航福岡に着いたのは、16;30だった。
約束の17;00までには後30分あるので、ラウンジでお茶を飲む事にした。
気持ちが高揚しているのが自分でもおかしくて、少しは落ち着くだろうと好きな紅茶をゆっくり味わって時間を過した。

17:00きっかりに、指定された最上階のインペリア・スィートのドアをノックした。
程なく、ドアを開くと、紺スーツで、縁なしメガネの怜悧な感じの男性が立っていた。
「麻木さまですね?!」
電話をくれた秘書室長・石井 孝三だった。
「はい」
「どうぞ、こちらへ」と奥へ招きいれられた。
格調高いインテリアが配置され、明るく広々とした空間の先のソファにTVでも見かける高倉由紀が悠然と足を組んで座っていた。

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