縄奴隷 あづみ
羽佐間 修:作

■ 第3章「高倉由紀ビューティクリニック」2

「ようこそ! 麻木さん^^ お呼びたてしてごめんなさいね。」
「ささ、お座りになって^^」
こぼれる様な笑みを浮かべあづみを迎えた。
「どうも、はじめまして。麻木です。」


高倉由紀の穏やかな声の中には、有無を言わせぬ迫力があり、彼女の事業にかける情熱に圧倒されてしまう。
あづみよりずっと年上だが、何よりも可愛げのある人だ。
何とも言えぬ雰囲気がある。
いつの間にか、この人の役に立つなら手伝ってあげたいと、自然にそう思っている自分に気付いた。
世の中で活躍する人ってこんなオーラとしか表現できない不思議な魅力を持っているものなのね! と一人合点するあづみだった。

話はすっかり彼女のペースで進められ、家族の了解が取れればの前提付だが、来月の初めからあづみは、福岡に単身で引越し、高倉ビューティのセレブ専用の高級総合エステコースの九州地区の責任者として活動する話になっていた。
責任者といっても、主な活動は対外的な顔としての活動で、高倉由紀の九州地区での代理のような活動だという。
本当は東京に来て欲しいところだが、子供の事を考えて福岡勤務を考えてくれたとも聞かされた。

あづみが心配している、今の自分の店「ビューティサロン・ジャム佐世保店」の件も夫:健一が引き継いでやってくれる意思がある事を告げると、ビューティサロン・ジャムのオーナーも由紀から見れば、弟子筋にあたるらしく、私が話を通しておいたから大丈夫だとの事だった。
同意は取っていないが、森 陽子を自分のスタッフとして一緒に連れて行きたいとの申し出にも、『貴女の見込んだ方なら大歓迎よ!』と即座に了承された。
すでにすっかり話が出来上がっている感じで、仕事面では逡巡する理由は全く見あたらない。

福岡にしても通勤は無理なので、単身赴任となってしまうが、宿舎は「高倉ビューティ」がマンションを用意してくれるというし、承知してもらったばかりの森 陽子の部屋も新たに用意してくれると言う。

しかし高倉由紀も気遣ってくれる通り、唯一、気掛かりなのは、未来のことだ。
最初の1年くらいは、月に1回戻れればいいくらいだが、慣れてくれば毎週戻れるようになるだろうし、望むのであれば、夫の健一と一緒に高倉ビューティに移籍するのも可能だし、いっそのこと一緒に東京にきてくれてもいいとまで言ってくれた。

信じられないような好条件の提示に戸惑うばかりで、あづみはすっかりその気になってはいたが、あづみの一存では決められる事ではないので、家族と相談の上、早急に返事をする約束をした。

「お時間です」
由紀の次のスケジュールの時間になったと、石田が告げに来た。
「じゃ結果は、この石田秘書室長に連絡をくださいな^^ いいお返事を待ってるわ、麻木さん!^^」
「出来るだけ意に添えるように話してみます^^」
「おねがいするわね、あづみさん^^」
由紀はあづみの頬を両手で包み、期待してるわと笑みを浮かべながら言った。
高倉由紀のさも高価そうな甘い香水の香りがあづみを包む。
ドアまで由紀自身が見送ってくれた。

フワフワ宙に浮いているような気持ちで帰りの電車に乗った。
こんなラッキーな事が自分に起きるなんて…

家に戻ったあづみの話に、健一や両親は大いに悦んでくれた。
反対に父親などは、そのとき何故即答で『やります!』と言わなかったかと怒り出す始末だ。
高倉さんの気が変わったらどうするんだ! とブツブツいいながら上機嫌で杯を重ねている。
事情もわからないのに、未来までみんなの笑い声につられ、楽しそうにケラケラ笑っている。
(この子、泣いちゃわないかしら・・・)
人生の成功と引き換えに、暫くは離れて暮らさなければならない寂しさと、未来の泣き顔が目に浮かび、可哀相で憂鬱な気持ちがふっとよぎったが、降って湧いたような人生のチャンスに掛けてみようと、あづみは決めた。

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