人身御供
非現実:作

■ 落日5

大分遅く出向いたせいもあり、その酒宴の間は出来上がっていた。

「今宵は家族郎党、お招きに預かりありがたき存じ上げまする」
「軍師殿、そないに堅苦しゅう挨拶は抜きじゃ」
「は」

顔を上げて総布兵重を見る。
党首の視線は、チラチラと私と隣を行ったり来たり。
見なくとも解る……その視線は我が妻、琴乃にあった。
自分が注目の的になっているのも素知らぬ琴乃は、やけに嬉しそうに周囲を忙しなく見回している。
普段家の中しか知らない琴乃にとって珍しく、人が多く集まっているのが楽しくて仕方ないのだろう。
……だが、それが私の心配事でもある。
周囲の視線に気になって仕方ない。
総布兵重だけでなく、魏志四郎を始め重臣達の視線も釘付けになっている。
(……下郎が)
斜め後ろへ座る琴乃を隠すよう、桔梗に目配せを送る。
客が来る時のみ着こなす地味ながら小袖姿の桔梗が、さり気無く琴乃の前に座り直す。
金剛・不動も後に続き、しっかりと琴乃を守るように座る。
(うむ、よく解っている)
何も云わなくても理解してくれる家族に感謝である。
だが……総布兵重は諦めない。
明らかに琴乃を意識している。

「そなたの奥方とは、2度目かの?」
「はい、我らがこの地に来たとき以来かと」
「うむ、いつ見ても変わらぬ美姫な事よ」
「恐れ入りまする」

琴乃とは喋らすまい……。
目の前の膳にも手を付ける暇すらなさそうだった。

「ま、一献」
「ありがたき……」

党首の一言により、世話役が私の元へと座る。
私は仕方なく杯を手にすると、並々と注がれる地酒。
(並々……作法などあったものではないな)
最初の一献は、一気に飲み干すのが習わし。
酒が飲めない人の為にも、注ぐ量は少量であるのが普通なのだ。
(ひょっとして……酔わせようというのか?)
酒には正直自信が無い。
だがこればかりは仕方なく、私は一気に飲み干してみせた。

「うむうむいい飲みっぷりじゃ」
「は…ぁ」
「では、次は奥方殿は如何か?」
「はい、ありがとうございまする」

私が返答する間も無く、事もあろうに琴乃が受け出てしまった。
衣を重ね着して鮮やかな藍染の唐衣を羽織る琴乃が杯を手にする。

「すまぬが、一口で収まるよう頼む」
「ハィ」

世話役が注いだ量は小指間接程度、どうやら察してくれたようだ。

「では……頂戴仕りまする」

両手で持つ杯を目上に上げて軽く一礼。
長い唐衣から見え隠れする両指が美しい。
そのまま静々と口へ持って行き、ゆっくりと飲み干した琴乃。

「ほぉ、いける口かね」
「琴乃は病ゆえ、酒はこれのみで……」

ピシャリと私は遮った。

「栄弦殿、折角設けて頂いた酒宴ぞ、楽しまれては如何か?」
「十分楽しんでおりますよ風見殿?」
「では、もっと酒を持って来い!」

気を良くした党首総布兵重が、手を叩き世話役をたきつけた。
(ヤレヤレ……酒は止めておこう)

「琴乃、膳を頂きなさい」
「はい」
「酒は絶つのだぞ」
「……はぁい」

少々プクリと頬を膨らませるが、素直に従う琴乃であった。
琴乃にとって盆や正月しか口にしない酒は、かなり興味津々のようだ。

「軍師殿は良いのう、ワシも美姫に酌でもされてみたいものじゃ」
「まさに至極なものでしょうや」

存分に頬を赤らめた魏志四郎が、我らの方を見ながら答えた。
無骨な表情は薄ら消え、鼻の下が伸びきっている。
(……この者等)
酒の肴にされているのが我慢ならない。
手にした扇子は、自然と開いては閉じてばかりいる。
そんな気も知らぬ琴乃は…… ……。
美味しそうに膳に箸をつけていた。

「軍師殿は手を付けておらぬようだが、お口に合わないかの?」
「実は家で湯漬けを食べてしまったもので、勿体無き事をしたと……」
「奥方様は如何か?」

箸を置き琴乃が口にする。

「大変美味しゅうございます」
「おぉ、そうかそうか……ワシも嬉しいぞ」
「恐れ多き事」

頭を深く下げる琴乃。
姫としての育ちである、礼節に品がある。

(主様)
(何だ桔梗?)
(党首様は大分ほろ酔い加減、このままご辛抱を)
(……解っている)

無事に宴が終わるのを願うしかない。
琴乃を守るのは私…… ……。
私しかいない……。

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