人身御供
非現実:作

■ 落日7

次の日の昼であった。
完璧ではないものの、目の前には新しい最前線の物見台が出来ていた。
(してやられた……風見甚五郎……)
扇を強く握り締める。

「まだまだ改良の余地ありじゃが、どうかね?」
「夜を徹しての作業にしては……お、お見事かと」
「じゃろう、風見もやるわい」

総布兵重は満足げに頷き言った。
私の気も知らないでか……。

「これで迎撃は出来そうじゃな?」
「まだ不十分では、防壁を築くべきです」
「防壁か……」

考え込む総布兵重の後ろから、意外な声。

「確かに、防壁は在った方がよろしいかもしれませんなぁ」
(風見殿……!?)
「さ、左様か?」
「栄弦殿の意見はご尤も、反撃を主体とするのであれば尚更かと」
「では、今日の戦は見送りか?」
「その方がよろしいかと、のう栄弦殿?」
「は、はいっ、それまでに私も尽力致します故、暫しのご辛抱を」
「……仕方ないのぅ」

相変わらず軍師とは言わない風見甚五郎だったが、この時ばかりはあまり気にならない。

「それにしても……一夜でよくもここまで……」
「こやつ等を使ったのです、おぉいっ連れて来い」
「むっ!?」

現れたのは身もボロボロの数十名の男衆。
奴隷だというのは、一目瞭然だった。

「こやつ等は?」
「先に村を襲った敵兵です、こやつ等に条件を出して手伝わせたのです」
「……処分をしなかったのか?」
「申し訳ございません総布様、ですがこやつ等の手を使おうと決めておりました」
「うぅむ……仕方ない奴じゃ」

総布兵重が苦虫を噛み潰して言った。
だが私は、その条件とやらが気になった。

「して、その者等をどうするのか?」
「完成を達成させたら、解放してやるという条件じゃ、祖国にな?」
「なんと……敵に知らせるのか?」
「そ、それはならんぞっ!!」

私の説明口調でようやく事の重大に気付いた党首が、声を荒げて言った。
だが、風見は含み笑みを見せながら手招きしながら云う。

「お2人方、耳を……」
「?」
「……?」
「それも策略のうちでござます、奴らを帰した後でもう一度作り直すのです」
「…おっぉ、さすが風見じゃ!!」
「……なるほど、偽情報を与えると」
「左様、そこでじゃ……栄弦殿に頼みがある」
「送り届ける、と?」
「如何にも、お頼み出来るかの?」
「……心得た」

風見甚五郎の策略は完璧であった。
第一功労者と云ってもいいだろう、少々不服だったが従う事にした。

「では御党首、用意をして参りまする」
「うむ頼んだぞ軍師殿」
「ははっ」

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……身体が重い。
何の音か……。
……寒い。
全身が痛む……。
(波の音……?)

ハッと目が覚めた。

闇夜に包まれたこの地。
私は横たわっている。
どこに…… ……?。
眼前は、濡れた砂。
(何故に……?)
時折、背中越しから下半身が冷たくなる。
(何故に……?)
ザザァーーという音と共に……。
(海っ!?)
咄嗟に私は振り向くと、闇夜にはかなり目立つ白波が私へと襲ってくる。
波打ち際にて最初に何するべきかは、本能だったのだろう。
(と……取り合えずはっ!)
私は這って砂浜から抜け出した。
取り合えず向こうに見える雑木林まで……。
波で洗われた私の身体は砂に塗れる。
(何故…に、こんな事……に)
必死で頭を働かせるも……混乱した自慢の頭脳は働かず……。
凍えるような寒さで……。
這う身体も思うように動けず……。
次第に、睡魔が襲って来た……。



ドンドンドンッ、ドンドン……ドンドンドンッ。
少し前に、戸を叩く音がした。
バタバタバタッ、バタバタッ!!。
暫くして屋敷を走る足音がした。
それで、ようやく私は目を覚ました。
寝所の襖には人影が1つ。

「んぅ……?」
「ご無礼をお許し下さい姫様っ、一大事に御座いますっ!!」
「……ききょ〜〜ぉ〜〜?」
「お、お心をっ…強くしてお聞き下さいませ……」
「なぁ〜にぃ?」
「じ、じ…実は…… ……その……」




再び目が覚めた……。
底冷えした身体が危険信号を送ったがゆえの目覚めだった。
(し…ぬか?)
雑木林の眼前に来てまで力尽きた身体に、鞭打って雑木林へと這い進んだのだ。
中に入り、適当な木の棒を使いヨロヨロと立ち上がり、濡れた衣を剥ぎ捨てる。
冷め切った身体を温めるべく、木の葉を掻き集める。
……無心に。
考えるのは後だ、まずは身体を温めてからだ……。

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