人身御供
非現実:作

■ 落日8

…… ……ドサッ。

「ひ、姫様っ!?」
「〜〜〜〜 〜〜〜 〜〜……」
「し、失礼致しますっ!!」

失礼を承知で襖を開いた桔梗。
目の前には……気を失った琴乃姫だった。


朝一番。
伝令の報告を受けて総布兵重と風見甚五郎、魏志四郎は悪魔の笑みを浮かべていた。
次の伝令が待ち遠しく、何度も評定の間を仕切っている襖へと目を移していた。

「申し上げます」
「う、うむっ!!」
「軍師様の奥方様っ、おなりに御座いまする」
「よ、よし……お通しせよ」
「はっ!」

一同が安堵の表情となる中、襖が開かれた。
2人の女人は平伏している。
この時を待っていた……堪らず総布兵重は身を乗り出して声にした。

「おぉ〜〜〜…奥方殿……おいたわしゅうに」
「……お聞きしますところっ、主様は行方が解らずとの事っ!!」
「む…そ、そうであるが……」
「主様はきっとご存命ですっ、勝手に討死にされるは心外でございます!」
「その方っ、使用人のくせして何たる言い草ぞっ!」
「よい、よいのだ、魏志」
「……く!」

一度咳払いをした総布兵重は静かに言った。

「我らも即刻、捜索をしたのだが……依然行方は解らぬでな?」
「……はぃ」

奥方の、姫君のか細い声。
身は震え、涙を隠そうとしないその美姫は、まさに天女にも見えた。

「……このまま見つからないと我が御家に関わる」
「……はぃ」
「奥方殿、その方も主殿の身を案じておるであろう」
「……は…ぃ」
「そこでじゃ」
「……はぃ?」

暫く無言が続いた。
評定の間は、シンと空気が張り詰めた。
その機を打ち切ったのは…… ……琴乃の……一筋の涙であった。
それを見た瞬間、総布は口火を切ったのだ。

「そこで……じゃ」
「は……ぃ」
「そなたにも協力してもらいたいのじゃ」
「……は…… ……ぃ?」
「我ら総布家には神が宿る、そういう言い伝えのある祠があるのじゃ」
「……存じております…る」

時折耳にする事だった。
だが、それが何であるかは知らなかった。
栄弦様にそれを伺うと何故かお怒りを買って、教えてくれなかった。

「我等の神のご加護を得るのじゃ」
「……どういう風に?」
「かの祠に篭り、願い続けるのじゃ」
「祠……篭る?」
「如何にも…そうする事により、神の加護を得るのじゃ」
「我等の神を信じよ、信仰を強く持てば叶うであろう。
無論、我等も捜索を強める故に。」
「…… ……」

スッと侍女が前に出た。

「かの役目、私に仰せつかわり下さいませっ!」
「……また貴様かっ!」
「待てぃ、魏志殿、収めぃ」
「しかし風見殿っ……」
「この者は栄弦殿もそうだが、奥方様をただ案じておるのだ。
見よ、この美しき主従関係を、誠美しいでないか。」
「う、うむ……うむうむ桔梗とやら、見事じゃ」

咄嗟に機転を利かした風見甚五郎に相乗りする党首であった。

「では、こういうのは如何でしょうか総布様?」
「うむ?」
「本来なら一人にて篭るものですが、特別に侍女を付けるというのは?。
祠の外で待機させる形なれば、問題無いかと?。」
「おぉ、おぉっ、それはいい案じゃ」
「わ、わたく……私、やりますっ!!」
「ひ、姫様っ!?」
「おぉっ、やってくれるか奥方殿っ!」
「……栄弦様が帰ってきてくださるのなら……私は。
神にも身をゆだねる覚悟に御座いまする。」

覚悟の表情の琴乃であった。

「感謝致しまする奥方様、我が総布家は軍師たる栄弦殿を欠かす訳にはいかず」

そう言いながら風見は党首をチラリと見やった。
琴乃は尚続ける。

「……私も……栄弦様が居ないと…」
「うむ、うむっ……見事な英断じゃ奥方殿」
「では早急に儀式を行い、神のご加護を得るが良策かと?」
「うむ、よいかの奥方殿?」
「はいっ!」
「……姫様」

少々不安げな桔梗であった。




木の葉に身を包み込ませて一夜が明けた。
徐々に思考の力が戻って行き、今ではハッキリとその時の事が思い出せている。
……そうだ、敵国の島に近付いたその時。
私の乗る船は火矢の雨に晒された。
隠密に敵兵を解放する筈だった我等の船は、何の抵抗も出来ぬまま地獄の火矢に沈んだのだ。
鎖で拘束された奴隷達は生きてはいないだろう。
そして同行してくれていた不動の姿も見えない。
(…… ……謀ったか、風見ぃぃ〜〜ぃ)
何度目かの唇を噛む行為。
既に下唇は血塗れだった。
私には全てが、1つの謀略として繋がっていた。
今思う事は……ただ、我が妻琴乃の安否のみ。
助けに行かねば……。
同席していた不動の姿は今ここには居ない。
だが……私が助けなければ……。
(琴乃…… ……桔梗、金剛よ頼む…… ……不動よ何処……)
私は……鬼になる。
復讐の悪鬼に。

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