The Report from a Fallen Angel
ぽっけ:作

■ 2

「ただいまァ」

そう言ってみるものの、返事をする者は誰もいない。
買ってきた食材を流しに並べてみる。

「っ!? ちっくしょう……絹バアのやつ、こんな色の悪い野菜をよこしやがってっ!!」

貧乏人はいつだって馬鹿にされる。
もっといい身なりをしていたら、絹バアだってもっとマシな野菜を見繕っていたはずだ。
大きく溜め息を付いて、食堂内を見回す。
当然、客など一人もいない。
両親の代からの昔馴染みの客がたまに来てくれるが、それが全てだった。
表通りから外れたこんな汚い食堂に好き好んで食べに来る物好きなどいない。
借金ばかりが増えて、こんな店、いっそ畳んでしまおうか……何度もそう思った。
しかし、自分にできることといえば、飯を作ることだけだ。
この食堂を捨ててどうする? 他に何ができる?

トタンの屋根に雨が打ちつける音がする。

「とうとう、降り出したなァ……」

まだ閉店までは時間があるが、こう降り出してしまっては、もう客は寄り付かないだろう。
……というのは言い訳で、どのみち客が来る宛てはないのだが…

「今日は店じめぇにすっか……」

のれんを取りに入り口に戻るところで、ふと足を止めた。

「な……」

なんということだろう、先ほど、呉服屋の前で仕事を探していた例の少女がのれんの下でぽつんと膝を抱えて座っていた。

「あんのガキッ……」

あんな薄汚れた子供が入り口に座っていたら商売も上がったりだ。
もちろん、元々、店を閉めようとしていたのだから、そんな怒りは不条理である。
不条理であると分かってはいるが、もやもやした気持ちをどこかに発散させないと、こっちが参ってしまいそうだった。

「文句言うてやるっ」

店の扉に手をかける。
そのままガラッと勢いよく扉をひらいて、驚いた表情のガキに怒鳴ってやるつもりだった。
その……つもりだった……

「……?」

だが……その少女の目に光るそれを見てしまって、そんな酷いことができるだろうか。

泣いてるのか?

少女は泣いていた。
咽び泣くのとは違う、歯を食いしばって悔し涙を流すのとも少し違う。
表情は凛としたまま、静かに涙を流していた。
彼女の目が赤くなければ、それは雨のしずくだと勘違いしてしまうほど
少女はただ真っ直ぐ前を向いて、静かに涙を流していた。
その姿が、なんとも美しいと思った。
自分の半分にも満たない子供に向かって「美しい」などという言葉が果たして適当であったかどうかは分からない。
だが、涙を流す彼女の姿は自分にとって美しいとしか表現できないものだったのだ。

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