The Report from a Fallen Angel
ぽっけ:作

■ 6

彼女の噂は予想外に広がっているようで、今日に限っては開店から閉店まで客足が途絶えることはなかった。
馴染み客だけではなく、この店に初めて訪れる客も相当数いた。
まるで、この食堂で小さな祭りでも開かれているかごとく、次々と顔を覗かせる町人達。
彼らは皆、この14歳の少女の魅力に引き込まれるがごとく、店に集まってきたのだ。

「あんれまぁ……これはどうしたことだぁ……」

昨日と合わせると37人の客がこの店に来たことになる。
途中で二度、買い出しに行かなければならなくなったのも今となっては納得できる。
そう、彼女に魅せられているのは客だけではない。
自分もまたその一人なのだ。
だからこそ、時間を忘れて仕事に没頭している。
どんなに忙しくても、彼女の元気な声が聞こえれば、苦痛など感じないのだ。

昨日と今日だけで三千円近い収入。
これは先月の一カ月分の収入にほぼ等しい。

「おめぇは、天使様みたいだぁ……」

今日は彼女もかなり働いたので、疲れているはずだった。
にも関らず、自主的に掃除をしている絵美子。
本当に利口な子だ。
愛想もあって、仕事にもミスがない。
会計の計算も正確で、自分のように客におつりを余分にくすねられることもない。
彼女とならこれからも上手くやっていけるかもしれない、いや……必ずやっていける!

ガラッ!

突然、入り口の扉が開く。
絵美子の噂を聞きつけてやってきた客だろうか?
それにしては来るのが遅すぎる、のれんはとっくに引っ込めてしまっているのだ。

「いらっしゃいませ、まことに申し訳ありませんが、本日は閉店してしまいました」
「んあ?」

その人物を見て、思わず固まってしまった。

「あ、安藤の旦那ぁ……」
「くくく、なんだよ、サブ。てめぇ、随分景気がいいじゃねぇか。いつの間に従業員雇えるほど儲かるようになりやがった? あぁ?」

絵美子はこちらと安藤を交互に見ている。
どうやら、二人の関係を図りかねている様子だ。

「絵美子、おめぇ、奥にすっこんでなぁ。もう、片付けはええげ」
「…………」

絵美子にしては珍しく、素直な返事が聞かれなかった。
彼女は一向に動く気配を見せず、目の前の無粋な大男を睨みつけている。

「くくく、そうか、そうだったなぁ。普通の従業員が雇えねぇから、ガキを雇ってるわけだ」
「お客様……」
「なんじゃ、コラァぁ?」
「申し訳ありませんが、本日は閉店しました。また、改めてお越しください」
「この店では、遠路はるばる来たお客様に向かって、そんな態度を取るんかぁ? あぁ?」

ズンッ、ボゴッッ!!

安藤は身近にあった卓の一つを思い切り蹴飛ばした。
卓は勢いよく吹っ飛び、壁にぶち当たり真っ二つに割れてしまう。

「やめてください。それは大切な店の備品です!」
「だったら飯を出しな」
「もう、出せるものがないんです。材料が底を付いてるんです」
「材料切れだァ?」
「ええ、今日仕入れた材料は全て使い切りました」
「は、はははっっ! 笑わせるっ! サブの作った飯が売り切れたっていうんかいなっ!?」

絵美子は大男の乱暴な物言いや態度にも怯んだ様子は微塵も見せない。

「はい、ですから、食事をされるのなら、もっと早く来てください」
「まぁ、ええ、サブの不味い飯なんかどうだってな。俺は出すもんさえ出してくれればすぐにでも帰ったる」
「出すもの?」

絵美子は首をかしげながらこちらを見た。
彼女にはこんな格好悪いところを見せたくはない。

「絵美子ぉ、ええから、部屋に戻ってなぁ」
「サブ、いいじゃねぇか、このガキにも聞かせてやろうぜ。俺とお前の切っても切れない関係の話をな」
「どういうことですか?」
「いいか? こいつはなぁ、俺達ヤクザ者に多額の借金をしてるんだ」
「本当ですか?」
「ああ……」
「利息を含めたら、五十万の借金を払ってもらわなきゃいけねぇ。ま、この男にそんな金払えるわけねぇが……ん?」

安藤は今日の売り上げの三千円の方を見てニヤリと笑った。

「なんだよ、あるじゃねぇか。サブも人が悪いぜ。きちんと用意してるならそう言ってくれればええだろうが」
「そ、そいつぁ……」
「あんだぁ? なんなら、明日このボロ屋をぶっ壊して、土地をそっくりそのまま返済に充ててもいいんだぜ?」
「……う、うぅ……」

安藤は奪った札束でパンパンと頬を叩いてくる。

「借りたものは返さねぇとな、ま、これでも到底足りねぇが……そうだな、残りの分は……」

安藤の目が怪しく光る。
と、同時に強烈なパンチが顎に命中した。

「っぐぁ!」
「サブさんっ!!」
「へへへ、また来てやるぜ。せいぜい頑張って働きな!」

安藤はそのままピシャリと扉を閉めて出て行った。

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