The Report from a Fallen Angel
ぽっけ:作

■ 7

「大丈夫ですか、しっかりしてください」
「あ、ああ……大丈夫……てぇしたこと……ねぇって……」
「血が……血が出てますっ……」
「口ん中少し切っちまったみてぇだぁ……でぇじょうぶ……こんくれぇ……いつものことよぉ……」
「サブさん……」
「なさけねぇとこ見られちまったなぁ……大丈夫、おめぇには手ぇ出させねぇからぁ……」

フラフラと立ち上がる。
バランスを崩しかけたところを絵美子が支えてくれる。

「すまねぇ、絵美子……」
「サブさん、借金必ず返しましょう」
「へへへ、そうしてぇけどなぁ……無理だぁ、五十万なんて額、オラに払えっこねぇ……」
「私も一生懸命がんばります。一緒に……私と一緒に頑張りましょう? ね?」
「うぅ……絵美子ぉ……」

絵美子を抱きしめて泣かずにはいられなかった。
情けない、こんな女の子に慰められて……本来なら逆だろうに……

絵美子、不思議な少女だ……
彼女とならば確かにやれるかもしれない。
五十万という多額の借金を返せる日を、彼女と二人で迎えられるかもしれない。

「なぁ、絵美子ぉ……」
「はい、なんですか?」
「オラに字さおすえてくんねぇか?」
「字……ですか?」

コップ一杯の水を口の中で泳がせ、そのまま履き捨てる。
赤みががった水が渦を巻いて吸い込まれていく。
このままじゃいけない……
これまでと同じじゃ、駄目なんだ。
彼女を守るためには、まず、自分が変わらなければならない……そう思った。

「ああ、オラは飯さ作ることいげぇにはなんも知らねぇ。んだから、ちょぴっとでも色んなことさ知っておきてぇ。勉強してぇんだ……だども、んためにゃ本さ読めなきゃなんねぇ……オラは字ぃ知らねぇから……」
「いいですよ。私で良ければ!」
「ええのか?」
「はい。毎日、食堂の片付けが終わったら二人でお勉強しましょう」
「あ、あぁ……」

絵美子は文字の書き方、読み方を一から教えてくれた。
覚えの悪い自分でも、彼女の熱心な指導のおかげで、簡単な文章ならば読めるほどになった。
自分にも、文字が扱えるようになったことが素直に嬉しかった。

彼女は字の先生としてだけではなく、食堂の店員としても完璧だった。
相変わらず見事な接客で町の人間を虜にしていった。
いつしか、商売も軌道に乗り始め、毎月2万近い収入を得られるようになった。
収入の半分を借金返済に充て、増え続ける一方だった借金を少しづつ減らしていった。
そんな生活が四年程続いた。




「サブさん、ちょっと来てください」
「ん? どしたぁ絵美子ぉ」

絵美子は十八歳になっていた。
四年前に比べると随分、大人っぽくなった。
若い男性客から言い寄られることも多い。
が、彼女は客を不快にさせないように、丁重に誘いを断り続けている。

「見てください。先月の収入は二万四千円あります」
「そうかぁ、絵美子がようやってくれたもんなぁ……」
「もっといい知らせがあるんですよ? ほら、今月、一万円借金を返済したら……」

彼女はある部分を指差して言った。

『借金返済、合計五十万円』

「しゃ……しゃっきん……へん……さい……、ごう……けい……ごじゅう……まんえん……」

棒読みだが、何とか読めた。
いつしか漢字も少しづつ読めるようになっていた。
それも、これも彼女のお陰、いつもだったらそれだけで十分満足だった。
だが……

「しゃっきんへんさい……ごうけいごじゅうまんえん……」
「今月で借金を全て支払い終えることができるんです」

綴られた言葉の意味を知ったとき、思わず絵美子の肩を掴んでいた。

「そ、そうかぁ! いっつのめぇにか、そんげになってたのかぁ……」
「頑張りましたね……サブさん……」
「……絵美子ぉ……」

全てが変わったのは彼女と出会ってからだった。
この四年間、彼女に支えられ続けて生きてきたのだ。

「絵美子、すまんかった……」

彼女の前で正座をして、勢いよく額を畳につける。

「さ、サブさん? や、やめてください。一体どうしたんですか?」
「絵美子、おめぇは利口な子だぁ。学校さ通わせてやれれば、どんなやつにだって負けねぇくれぇの偉え人間さなってたかもしんねぇのに……」
「私は自分からここで働きたいと言ったんです……」
「んだげっど……」
「サブさん、私にも両親が居たんです」
「え?」

絵美子が自分から昔の話をするのは初めてのことだった。
何度か聞こうと思ったけれど、そういう話題になると絵美子は決まって辛そうな表情をするので、結局この四年間、彼女の生い立ちを知ることはできなかったのだ。
だが、そんな彼女が自ら口を開き、自分の過去を語り始める。

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