真梨子
羽佐間 修:作

■ 第6章 従属11

−ドール・ユリ− 7月29日(金)

 梶に言われていた8時ちょうどにhallf moonに着いた。
「あら、真梨子さん。いらっしゃい。お久しぶりねぇ。 何だか一段と綺麗になったわね」
「お久しぶりです… ママ…」

 この店としてはまだ早い時間帯なので店内はまばらだった。
「お連れ様はまだお見えじゃないわよ」
「あっ、はい…」
 店内に梶の姿を無意識に探す真梨子の視線を捉えて雅が言った。
――ママはすっかり私が梶さんの彼女だと思ってる…
「さっ、控え室にいらっしゃい。順ちゃんから今日の衣装が届いているわよ」
「…はい」

「えっ…」
 控え室に向かう途中、カウンターの奥に若い裸の女性が股を開いて足をカウンターに投げ出し、あられもない姿で座っているのが真梨子の目に入った。
「可愛いでしょう!あの子。 新人よ」
「えっ、ええ…」
「マゾ女の先輩としてちょっとご挨拶していらっしゃいな」
「えっ… は、はい…」

カ ウンターに沿って進み、彼女の斜め後ろに立って様子を伺う。
「こんばんは…」
 女は俯いているので長い黒髪が顔にかかり表情を窺うことができない。
「あの… こんばんは」

――眠ってる… 何か変だわ…
「はっ! これ… 人形?!」

 間近で見ると非常に精巧に出来たフィギュアだった。
 まるで本当の人間のような肌の色艶だ。
 恐る恐る腕を触ってみるとその肌の弾力は驚くほど人間のそれと違和感がない…
 俯いている顔を覗き込んで真梨子は驚いた!

「こ、これ… 私…」
 振り向くと雅が立っていた。

「ママ… これは…」
「ドール・ユリよ」
「ドール・ユリ!?…」

「えぇ。 貴女が来なくなってお客様達が凄く寂しがってねぇ。  それで由梨のファンの為に貴女の等身大フィギアを発注してたんだけど今週の初めに届いたのよ。 良く出来てるでしょ! もうすぐ、1/6のミニチュアも届くわ。 予約殺到なの!」
「そ、そんなぁ… こ、困ります… 困ります…」
 真梨子が狼狽するのも無理はない。
 フィギアは驚くほど真梨子にそっくりなのだ。
 それもそのはずで、高倉ビューティで脂肪吸引手術をした時の3D計測データを元に忠実に再現された真梨子と寸分違わぬフィギアだ。
――こんなものがこの店だけじゃなくて知らない人が持っているなんて考えられない…

「貴女とそっくりだから、清楚な佇まいさえ感じさせるわ。真梨子さん、見てちょうだい! ココよ」
 雅は股を拡げているドール・ユリの股間を指差した。
「いやぁ…」
 ヴァギナもアナルもリアルに再現されていた。
「真梨子さん 触れてみて」
 恐る恐る人形の股間に手を伸ばすと、その手触りに驚きクレヴァスの裂け目は飾りではなく本当に孔が穿たれているのだった。
「この辺りも忠実に貴女を再現したのよ」
――これが私の…
 奇妙な怪しい気持ちが真梨子を包む。
「初めてこの店で恥ずかしい姿を晒した時の貴女がモチーフなのよ」
「…」
「これを造った人形師の先生もあの時貴女の身体に群がって貴女を楽しんだ一人なの。 先生の脳裏に焼き付いた貴女を作って頂いたのよ。 だから今より乳房が少し小さいでしょ。 うふふっ」
 3連のラビアのピアスも忠実に模して真梨子が付けている物と同じリングが付けられていた。

「でもね、その先生は恥毛がある方が好きだと言って毛を生やしちゃたのよ」
 確かにただ1箇所真梨子と明らかに違うのはこのフィギアには柔らかく細い陰毛が付いていた。
 後に真梨子も知ることになるのだが、それは菅野久美の陰毛だった。
 
「こんなの…困ります!」
「どうして?」
「あまりに私に似すぎています…」  
「そうよねえ!私達も届いた時、驚いたもの。 やはりその道の達人って凄いのねえって! ほら、複顔術っていうのかしら、白骨死体の頭蓋骨から顔を復元したりして捜査したりするじゃない?! あれと同じでマスクを被った貴女の頭の形から想像して造った顔なんですって! 一度も顔を見たことが無い貴女を先生のイメージで造ってくださいとお任せしたけど、でもこれほどの物が出来るとは思わなかったわ!」
「でも… これでは…」
「ほほほっ 誰も真梨子さんの身体がモデルだって言いやしないわよ! 顔はまったくの創造で造られて偶然貴女に似ていただけなんだもの」
「そんなぁ… でもこんなのが知らない誰かにずっと見られてると思うと、私…」

「肖像権侵害で訴える?」
「い、いえ… そんな事…」
「私もね、余りに貴女に似てるものだから、一応貴女の彼氏の了解は頂いてるんだけど… まさか貴女のご主人を探して了解を頂く訳にもいかないしね。 おほほほっ」
――彼氏… 梶…

「裁判になったら、裁判官の前でドール・ユリと実物の貴女を見比べて貰わなくっちゃいけないわね。 うふふっ」
「ママ…」
「でもまぁ、貴女の心配も解るわ。 じゃこの”ユリ”にアイマスクをつけておいてあげる。 どうこれでいいでしょ?!」
「…はい…」
 アイマスクをしても無いよりはましという程度だ。
 真梨子を知っている人間なら、よく見るとわかるはずだ。
 しかし梶が了解をしている事を聞かされ、雅に撤去を申し出る事はできなかった。

「さあ、そんな事より早く着替えなさい! 早くしないと順ちゃんが来たら叱られるわよ」
「は、はい…」

   ◆

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