真梨子
羽佐間 修:作

■ 第8章 牝奴隷18

 面と向かい合ってテーブルに着くと気恥ずかしくて顔を上げることができない。 思えば二人で然るべき場所で食事をするのは札幌で初めて会った時以来だった。
 啓介は明日から海外出張だと真梨子に告げる。
「どちらに行かれるんですか?」
「シンガポールだ」
――どんな仕事をされているんだろう、、、
 真梨子は未だに啓介の本名も、仕事も何も知らされていない。 自家用ジェットを持つかなりのお金持ちだということしか知らなかった。
「永い出張なんですか?!」
「2週間くらいだろう、、、」
「そうですか、、、」
――あっ、、、 ワタシ、、、
 真梨子は心が弾んでいることにドキッとした。
――暫く逢えないから私を食事に誘ってくれたのですね、、、
 そして今夜も啓介によがり恥獄を彷徨わされるのだと期待している自分が恥ずかしかった。
 そう思った途端、 俊一と朝まで続いた背徳の契りの痕跡が身体に残っていないか、とても不安になってきた。
 啓介に叱られたくない、、、 嫌われたくない、、、 疑われたくない、、、 そんな想いを抱く自分自身に驚き、軽蔑する。
 しかし奈保子にもどかしいほどに官能を揺さぶられ、燃え上った火照りが醒めぬままの身体は、腰が甘く疼き、啓介を欲していた。

「真梨子」
「は、はい、、、」
 真梨子は、ドキッとして思わず肩をすくめた。 それは浩二に初めて名前を呼び捨てにされた時に胸がキュンとなった感覚と似ているように思ったが、それはまったく種類の違うものだ。

「脱げ」
「……!?」
「ブラウスを脱ぐんだ」
「い、今ですか?、、、」
「ああ、もちろんだ。 観客が居ないと拍子抜けか?!」
「……」

 その時、ソムリエが食前酒を携えて個室に現れた。
「さあ、真梨子。 暑いなら遠慮せずに脱いでもいいぞ」
 ソムリエの動きが一瞬止まったが、何事も無かったようにグラスをテーブルに置く。

「アペリティフでございます」
 真梨子は、軽く会釈をし見上げたソムリエの顔を見て愕然とした。 浩二とこの店で食事をした時、言葉を交わした見覚えのある佐野というソムリエだった。
 結婚に反対していた両親から結婚の承諾を貰ったばかりの頃で、浩二が初めて『妻になる女(ひと)です』と紹介してくれたのはこのソムリエだった。
『これは、おめでとうございます。 お歳は多少離れておられるようですが、とてもお似合いのお二人です。 どうぞお幸せに』と祝ってもらった言葉を今もはっきりと覚えていた。

「佐野さんて、口は堅いよね?!」 啓介がソムリエに尋ねた。
「え、ええ、、、 お客様の事はどなたにもお話しすることはありません、、、」
「そう。 客商売の鉄則ですものね。 真梨子、そういう事だ。 暑いのならふしだらな下着姿になってもいいそうだよ」
 パーティションで仕切られているとはいえ、出入り口は開いたままで前を通りかかった人からは真梨子の後ろ姿が見えてしまうはずだ。
――この人、浩二さんと私の事を知っている人なんです、、、 ケイスケさま、、、許してください、、、
 すがる様な目で見詰めるが、啓介は真梨子に視線を向けず、ワインのオーダーをしている。
――あぁぁぁ、、、 こんなところで下着姿になるなんて、、、 あぁぁ、、、恥ずかしいです、、、 許してもらえないですね、、、

「あのぉ、、、 な、何だか今日はとても暑くって、、、 お行儀悪いですけど、、、 ごめんなさい、、、」
 震える指でブラウスのボタンを外し、少し躊躇うような仕草をみせた後、一気にブラウスを脱ぐと、レースがふんだんにあしらわれた光沢のある真っ白なキャミソールが露になった。
「預ってもらいなさい」
「、、、はい。 お、お願いします、、、」
「かしこまりました。 クロークでお預かりしておきます」
 ブラウスをソムリエに渡し、恥ずかしさでかぁーっと顔が赤らんで鼓動が激しくなる。 形は普通のキャミソールに見えぬことも無いが、全体が繊細なチュールレースでくっきりとブラジャーが透けて見えるのはどうみても下着だ。

 佐野と入れ替わりに、前菜を手に中年のギャルソンが入ってきた。

「本日のオードブルは、オマール海老と夏野菜のテリーヌでございます」
「これは美味そうだな! やあ、入江さん、久しぶりですね」
「はい。 お久しぶりでございます」
 啓介とギャルソンが親しげに挨拶を交わす。
「今日は少し楽しみな女を連れてきてるんだ。 よろしく頼みますよ」
「はい。 ご満足いただけますよう精一杯努めさせていただきます」
「よろしく。 じゃ早速なんだがこの女は行儀が悪くてねえ、、、 こういうフォーマルなお店でも寛いだ格好で食事をしたいなんて言うんだよ。 礼儀知らずなんだが大目にみてやってくれないかな?!」
「え、ええ、、、 それはお客様のご自由になさっていただいて宜しいかと、、、」
「そうかね。 良かったな、真梨子。 もう一枚、脱いでも良いってお許しがでたぞ」
「えっ、、、」
 真梨子は啓介の意図がようやくわかった。
「先ほど佐野さんにこの女のブラウスを預ってもらっている。 一緒に預っておいてやってくれますか」
「はい。 承知しました」

 背後にギャルソンが控えている気配が真梨子を妖しい気持ちにさせる。
 俯いたまま、キャミソールの肩紐を外し、裾に手を掛け一気に頭から抜き取った。 キャミソールと同じ生地の真っ白なレースのハーフカップのブラジャーに包まれた魅惑のバストが露になる。
「お預かりいたします」
「、、、あっ、はい、、、 ごめんなさい、、、 行儀が悪くって、、、」

――ああああぁぁぁぁぁぁぁ   恥ずかしいですぅぅぅ、、、

「さあ、真梨子。 食べよう」
「は、はい、、、」

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