真梨子
羽佐間 修:作

■ 第8章 牝奴隷25

− スポーツバッグ − 8月16日(火)

「じゃ真梨子。 行ってくるよ」
「はい。 いってらっしゃい。 運転、気をつけてくださいね」
 浩二はアメリカからのゲストを関空で出迎えるために一人、真梨子の実家を後にする。
「次に会う時はたっぷりと可愛がってあげるよ」
 運転席から身を乗り出した浩二が、唇に軽くキスをするだけでズキンと身体が疼き、顔が赤らんでくるのがわかる。
 浩二に愛されている実感にときめいている自分に、真梨子は怖気だち自分自身に嫌悪感を覚えた。
 微塵の疑いも抱かず、限りない愛を注いでくれる浩二に、健気で貞淑な妻を演じている様はどれほど醜い姿なのだろうと途方にくれる。 

 車の影が見えなくなるまで見送り、玄関に戻ると、あがりかまちに俊一が立っていた。

「仲がいいね。 姉さん夫婦は、、、」
「、、、、、、」
「夫婦和合はやっぱセックスやなあ」
「俊ちゃん、、、」
「あっ、姉さん! 後でちょっと僕の部屋に来てよ! 東京に帰る前に頼みたい事があるんや」
「え、ええ、、、なあに?」

   ◆

「あれ? 俊にぃ、、、 どっか行くの?」
 二階の自室から降りてきたところで、俊一は玄関で妹の詩織と出くわした。
「ねっ、ねっ!? その格好、、、もしかしてクラブに復帰するの?」
 俊一が肩に担いだフットボールの防具を入れる大きなスポーツバッグを指差して詩織が聞いた。
「ま、まさかぁ。 俺にはもう無理だよ、、」
「なぁーんだ。 今日からアメフト部も合宿だから、もしかしてって期待しちゃったぁ、、、」
 詩織は高校時代から付属高校のフットボール部のスターで、フィールドを縦横無尽に疾走しボールを高々と掲げタッチダウンする俊一が大好きだった。 しかし去年のシーズン中に半月板を損傷し、手術を受けたがその能力はなかなか戻らない。 目標を見失った俊一は、成果の見えぬリハビリも休みがちになり、自棄になったような生活振りに家族中が気を揉んでいた。
「もう一度東京へ行くんだ」
「えーっ、またぁ、、、 真梨子姉さんのとこに行くんだぁ、、、いいなぁ」
「違うよ。 お前も知ってたよな?! 東京の大学に行ってる公平達とサーフィンの特訓さ。 膝のリハビリを兼ねてな」
「そうなんだぁ、治るといいね! 俊にぃ」
「ああぁ」
「ねっ、それはそうと真梨ねぇ、見なかった!?」
「あぁ、さっき会社から電話があって少し前に慌てて東京に戻ってったよ。 何かトラブルが起きたみたいだったなあ」
「えぁー!? 今から、買い物に連れて行って貰う約束してたのに〜〜。 でも仕事なら仕方ないけど電話くれてもいいのになぁ、、、」
「ブー垂れるな! 真梨子姉さんは今のプロジェクトの中心人物なんだぜ! お前みたいなガキの相手をしてる暇はないんや!」
「自分だってガキのくせに〜〜だっ」
「ふっ。そうでもないぜ」
 たった2週間程会わない間に俊一に随分大人びた雰囲気を感じていた詩織だったが、今見せた表情にオスの兆しを感じた。 
「じゃなっ、詩織」
 俊一は、肩に掛けた大学のロゴ入りの重そうなスポーツバッグをポンと叩きニヤリと笑みを浮かべて家を出た。

   ◆

 新大阪駅で在来線を降り、新幹線に乗り換える。 上りホームは、お盆休みを故郷で過ごした子供連れの家族で込み合っていた。

 時刻通りに乗車予定の「のぞみ94号」がホームに入ってきた。
 10号車の中程の窓側の席にバッグを置き、俊一は通路側の席に座る。  浩二が真梨子と二人のために取ってくれたチケットで、俊一はグリーン車に乗るのは初めてだった。

 新幹線が京都駅を出て暫くしてから、俊一は座席のバッグを大事そうに膝に抱きかかえた。
チャックを少し開け荷物を探るように右手を中に入れた。

――ダメ、、、 俊ちゃん許して、、、

■つづき

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