真梨子
羽佐間 修:作

■ 第9章 肉人形16

 バスルームから出た真梨子は、ドレッサーの前に呆然と座り、鏡に映る自分の姿をぼんやりと眺めていた。
 身体の汚れを拭っても、まだ剛直が挟まったような陰部の感覚が真梨子を暗澹とさせる。
 涙が真梨子の頬を濡らしていた。

――誰? 俊ちゃん、、、
 テーブルの上に置いてあった携帯が、点滅しブルブル震えていたのに気づく。

 実家の母・由子からだった。

「、、、はい。 真梨子です」
『真梨子、今、いいの?』
「ええ、お母さん」
『長い間、俊一が長い間迷惑掛けて済まなかったねえ。 さっき帰ってきたわ』
「あっ、、、そう! ぶ、無事に着いたのね」
――よかった、、、
 一日中、連絡が取れないままだったし、神戸に戻るとメモを残していたが、もしかするとまだあの館に囚われの身かもしれないと案じていたので、真梨子は心の底から安堵した。

『それがえね、真梨子。 俊一ったら何だか感じが凄く変わってしまって何を聞いても応えてくれないのよ。 そっちで何かあったの?』
「えっ、、、さあ、、、 別に、、、 と、東京の大学に来てるお友達の公平くんと喧嘩でもしたんじゃないかしら、、、」
『そうなの?! 公平君とは中学の時から仲良かったからねえ、、、 まあ、そんなことならいいんだけどねぇ』
「俊ちゃん、もうすぐ前期試験のはずだから、しっかり勉強するように言っておいてね、お母さん、、、」
『はいはい。 それはそうと浩二さんが気を遣ってくださって来月の16日の上場記念パーティにお招き頂いたのよ」
「そ、そうなの、、、 20日の神戸のパーティに来るんじゃなかった?」
「ほほっ。 20日ももちろん出席するわ。 浩二さんがね、やっぱり上場したその当日のお祝いに列席してくださいって。 15日の夕方には上京するから、時間があったらご飯でも食べましょうね」
「え、ええ、、、 時間が取れるかどうかまだわからないけど、、、」
「浩二さんの会社の事、お父さんたら大喜びでご近所にも自慢して廻ってるわ。 ウフフッ」
「まあ、、、 あまり大げさにしないでってお父さんに言っておいてね、お母さん」
「それにしても真梨子。 貴女、浩二さんみたいな素敵な人に嫁げて本当に良かったわね。 大切しなきゃ罰が当たるわよ。 単身赴任させて欲しいなんてそんな我侭はもう言っちゃダメよ」
「ええ、、、 わかってます、、、」
「でも単身赴任も後少しなんでしょ?! いつまでの予定だったかしら?」
「……20日までよ、、、」
「まぁ!? じゃ、貴女、神戸のパーティには出られないの? ダメよっ! 絶対出席しなきゃ!」
「ええ、、、 実際には17日から19日まで連休だから実質は16日でこっちでの仕事は終わりなの」
「そう! じゃ後少しね。 大事な旦那様をないがしろにしてまで続けた仕事なんだから、貴女も精一杯責任を全うしなさいね。 戻ってきたら貴方達の完成したばかりのマンションへ引越しでしょ?! ますます忙しくなる浩二さんを新居で内から支えて差し上げなきゃね」
「ええ、、、 本当に、、、そうね、、、」
――私達のマンション、、、
 3日前に完成したマンションの引渡しが済んだと、浩二が作ってくれた真梨子が名目上の社長を勤める不動産管理会社から連絡があった。
 浩二が二人の年齢差を気遣い、老後に備えて真梨子に遺そうと建築していたマンションだ。 最上階、ワンフロアーが二人の新居になる。 そこには、秘して図面を見せてはくれないが浩二が設計した真梨子の為のSMルームも作られている。
――私に、そこに住む資格なんて、、、

 今でも夫・浩二を心から愛している。 それは決して弟・俊一まで巻き込んでまで淫辱の限りを尽くす啓介が、夫を心の底から愛し、尽くせ! と命じたからではない。
 爛れた淫欲になすがままに溺れ浸った日々を過ごし、穢された身体で、愛する人のもとに何喰わぬ顔で戻れるのか……
 まして、啓介は神戸に戻っても真梨子に夫を心底愛したまま身体を捧げる事を強いるだろう…… いつ呼び出されるのか、その度に浩二を欺き、心で詫び、そして爛れた肉欲に身体は溺れてしまうのだろう……
 浩二に対する背徳の業火が真梨子を覆い、嗚咽が漏れる。
「じゃね、真梨子。 なんだか疲れているようだけど、頑張ってね」
「ええ。 ありがとう、お母さん、、、 おやすみなさい、、、」

 電話を切ると、真梨子はドレッサーに突っ伏し、赤ん坊のように大声でいつまでも泣いた。

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