真梨子
羽佐間 修:作

■ 第9章 肉人形42

「俺のおたまじゃくしは、元気なんだと。 ははっ。 要するに俺にはまだ生殖能力があるっていう事さ」

「えっ?! はい、、、」

「真梨子がとても子供を欲しがっていたのに、俺が説き伏せて手術したんだが、、、 そのぉ、、、いざ遠藤にそう聞いたらなあ、、、 今更だが無性に真梨子との子供が欲しくなってしまったんだよ!」

「、、、、、、、、」

「アメリカでやりたいってのは、子作りだよ。 子作り! 真梨子に俺の子供を産んで欲しいんだよ」

「!、、、、」
――愛する男の子供を産ませてやる、、、 ケイスケ様の言ってたのはこの事だったんだわ、、、

 真梨子の脳裏に、週末に啓介に衝撃の事実を告げられた瞬間が蘇った。

「手術する前も遠藤に真梨子が可哀想だから子供を作ってやれって散々説教を喰らったもんだが、今回こういう結果になったのも神の思召しだから是非子供を作ってやれとぬかしやがる。 手術を失敗しやがったくせによく言うよなあ」
――遠藤さんまでグルになって浩二さんを、、、 ああぁぁぁ、ワタシ、、、

「ダメかい?! 真梨子、、、」
――浩二さんの子供として、、、 この子は産まれてくる、、、
 真梨子はお腹に手を当て、急に現実味を増してきた事態にめまいがしそうだ。

 頭を垂れ、首を振る真梨子の姿は嬉しくて感動に咽んでいるように浩二には映った。

「いいんだね、真梨子!? いいんだね!! そっかぁ! シアトルに行ったら子作りに励むぞ〜」
 浩二は、真梨子を強く抱きしめ、嬉しそうに笑っている。

「、、、あの、、、 浩二さん、、、 実は、、、」

「ん?!」
 浩二の厚い胸の中で真梨子は唇がわななき、やっと搾り出した声は震えていた。 恐ろしい嘘を平然と口にしようとしている自分が信じられない。

「実は、、、 体調が、、、 お、おかしいんです、、、」
――ワタシ、、、ひどい女、、、こんなに私のことを愛してくれている人になんて酷い事を、、、

「えっ?! どこか具合が悪いのか?」

「い、いえっ、、、 あのぉ、、、 少し生理が遅れているんです、、、」

「へっ?!」
 浩二はキョトンとして、真梨子を見つめた。

「今のお話を聞いたら、、、 も、もしかしたら、、、」

「ん? どうした?」

「あ、赤ちゃんが、、、」
 浩二が疑うかもしれない、見透かされてしまうかも知れない、その恐怖に真梨子は怯えながら健気な妻を演じ悪魔の言葉を吐く。

「ん?、、、 赤ちゃん?!、、、」
 一瞬の沈黙の後、浩二が弾けるように笑った。

「あははっ! ワオォ! じゃ、お盆に帰ってきた時、真梨子の実家でやったやつだぞ、それ! ん?! てことは、もう1ヶ月かあ?! 病院へは行ったのか? じゃy、いつ産まれるだ?! 来年の春か?! あ〜はっはっはっ!」

「もっ、もう、浩二さんたら、、、 まだ、病院にも行ってません。 そうと決まったわけじゃないですよ。 浩二さんは手術してるし、子供を授かったりするはずはないので、何か病気かなって、、、」

「バカッ! 妊娠かどうかは別にしても、体調が優れないんだったら何故すぐに病院へ行かないんだ?! もしもの事があったらどうする?!」

「ご、ごめんなさい、、、 プロジェクトが終わって、神戸に戻ってからと思って、、、」

「何言ってるんだ! もしも悪い病気で手遅れになったらどうするんだ?! バカだな、真梨子はっ!」

「ごめんなさい、、、」

「いいよ、泣くなよ。 おう、そうだ! 最近は市販の検査薬で妊娠って直ぐにわかるんじゃないのか?!」

「ええ、そうみたいですけど、1ヶ月くらいじゃ識別できるかどうか、、、」

「とにかく、今から買ってくるからっ! 駅の方へ行けばあったよな、コンビニ」

「浩二さん! 浩二さん! そういう薬は薬局じゃないと、、、 それにもうこんな時間じゃどこも開いてないです、、、」
 真梨子は、立ち上がって玄関へ向かいかけた浩二を制した。

「そっ、そうか、、、とにかく、明日だ、明日! 病院に行って調べて貰おう! なっ、真梨子」

「ま、まだ、そうと決まったわけじゃありませんてば、、、」

「きっと出来てるさ。 ホントにそうだったら嬉しいなあ〜〜!! 会社の上場とダブルのおめでただ!」

 浩二は、子供を授かったと決め込んで、すっかり浮かれてはしゃいでいる。 浩二のその歓びようは真梨子にはこの上なく辛い。

 騙せ果(おお)せた安堵より、平然とこんな大嘘を演ってのけた自分が恐ろしく思う。 真梨子は一生降ろすことの出来ない重い十字架を背負った。

 とうとう啓介の企み通りに、不義の子を浩二の子供として産むことになってしまった。

 心の中に産むことが出来ることを喜んでいる自分が居る。

「とにかく、明日朝一番で病院で検査するんだよ」

「は、はい、、、」

「ふふふっ。 もしそうだったら明日のパーティの席でみんなに発表しよう。 なっ、真梨子!」

「、、、はい」

「でも、そうなったら真梨子をシアトルに連れて行くのもどうしたものかなあ、、、、、、 ん?! 向こうで産むとアメリカの国籍も取れるんだよなぁ?! でも、他に知り合いも居ないし実家で産む方が安心か?! いやあ、悩んじゃうなあ、真梨子。 あははっ」

――あぁぁ、、、 もう引き返せない、、、 ごめんなさい、浩二さん、、、  ごめんなさい、、、

 真梨子のお腹に耳を当て、嬉しそうに赤ちゃん言葉で未だ見ぬ子に語りかけている浩二の肩に、幾筋も真梨子の涙が伝い落ちた。

■つづき

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