男子トイレのハナコさん
二次元世界の調教師:作

■ 1

今日も体育の授業の後に着替えている時、僕達のクラスの男子の間では「ハナコさん」の噂で持ちきりだった。

「又出たらしいな。」
「ああ、やっぱ1人だと出るらしい。」
「マジかよ。」
「そいつ何かしてもらったのか?」
「いやそれが腰抜かしたらしくて……」
「ションベンでもチビったのかよ。
 だらしねえなあ……」

 僕はショージ。高校2年生だ。「ハナコさん」はもちろん映画にもなった有名な、トイレに出るという女の子の妖怪である。高校生、しかも県内屈指の公立進学校の生徒が夢中で噂するには子供っぽい幽霊話だと思われるかも知れない。が、これは男子だけの時にしか話の出来ない噂で、僕達の高校に出る「ハナコさん」はとてもえっちな妖怪らしいのだ。

 僕もそうだけど高校生男子の頭の中がえっちな事で一杯なのは自然だと思うし、みんな有名大学を目指してガリ勉しているような学校でも、えっちな話は一番盛り上がるのだ。何しろ女の子と付き合って高校生活をエンジョイしよう、なんて学校ではないので、ハッキリ言ってみんな溜まっているのだ。たぶん始めは誰かがわざと話をでっち上げたんだと思うが、噂が噂を呼んで、今では僕達の「ハナコさん」はとんでもないえっちな妖怪にされていた。

 うちの学校の制服のセーラー服を着ているが、だらしなく着崩していて、胸元が大きく空き、パンツの見えそうな超ミニをはいているらしい。実際には男以上に真面目な子ばかりのうちの高校の女子に、そんな嬉しい格好をしている子なんか居やしない。そしてイマドキの女子高生はパンツが見えないように黒いのをはいてるのだが、「ハナコ」さんは普通に白いパンツをはいていて、頼めばパンチラを見せてくれると言う。それだけではない。手や口でしてくれたり、本番までしてくれる事がある、と言うのだから、完全に僕達の妄想が産んだ作り話であるのは間違いない。だけどやっぱり、作り話だと思ってもそういうえっちな話は僕達にとっては貴重なもので、いつも大いに盛り上がるのだ。

 「ハナ子さん」が出現するのは、学校内の隅の運動部の部室が並んでいる辺りにある、廃校舎のトイレだ。廃校舎と言っても、この春新築の校舎が建ったばかりで、まだそのトイレは使えない事はないのだ。もちろん普段使う事はないが、部活で遅くなった時など面倒なので使ってしまうわけだ。使われていない校舎なので夜は真っ暗で、たいていみんなで連れションするのだが、ある時1人で入ってしまったら、「ハナコ」さんが現れた、と言うのがこの噂の発端だ。僕は部活には入っていないし、夜そのトイレを使った事もないけど、さぞかし不気味だろうと思う。が、それ以来肝試しみたいにチャレンジする勇者が現れ始め、どんどんこの噂が大きくなって、今や「ハナコさん」は男子なら知らない者のいない、大スターなのである。

 そしてこのえっちな「ハナコさん」話はどんどん盛り上がり、とうとう僕と仲の良いコウイチ君、マサル君の3人は「ハナコさん」が本当にいるのかどうか確かめに行ってみようという事になった。が、これまでの噂話によると、彼女は廃校舎1階の男子トイレに、夜真っ暗な時1人で入った時に限って現れるらしいのだ。

「1人じゃないとダメだぞ。」
「どうする?」
「それに真っ暗じゃハナコが出てもわからないんじゃないか?」

 等々と話し合った結果、じゃんけんで負けた者が代表になって1人でトイレに入り、後の2人は懐中電灯を隠して離れた場所で見張り、「ハナコさん」が現れたら明かりを付けて捕まえよう、という話になった。なぜ「捕まえる」なんて話まで発展したかと言えば……やっぱり「ハナコさん」がえっちな事をしてくれるらしい、というトンデモな噂が広まっていたからだ。もちろん本気で信じてたわけじゃないが、僕も含めて、もしかしたらミニスカセーラー服で現れる「ハナコさん」がパンツでも見せてくれるのではないか? と言うえっちな期待があった事を告白しておこう。妖怪にそんな期待をしてしまうのも情けないが、毎日難しい勉強に苦しんでいる進学校の男子はどうしても溜まってしまうのである。



「え〜っっ!!
 マジかよ〜」

 そしてじゃんけんで代表に選ばれてしまったのは何と僕だった。何を隠そう、僕は昔からこういうお化けなんかが大の苦手で、全く気乗りはしなかったけど仕方ない。あまり関係ないけどクラス一の秀才で東大を目指しているコウイチ君と、体が大きくて力持ちのマサル君が一緒だし、僕も勇気を出して実行日に決まった夏休み直前の金曜の夜、3人で問題の廃校舎へと向かったのだった。

 陽の長い季節なので夜9時は過ぎていただろうか。進学補習授業が終わってしばらく、僕達はしばらく陽が完全に沈むのを待った。僕達の高校は部活をやらない生徒は遅くまで進学補習を受けるのが普通で、8時9時になっても校舎で勉強している生徒がたくさんいる。田舎なので大きな予備校や塾がなく、みんな学校で勉強するのが習慣なのだ。都会ではないらしいけど、学校に補習科なんてのまであり、これは浪人した人を集めて先生が講義をしてくれる、学校内の予備校みたいな制度だ。この補習科の人達はずいぶんと遅くまで勉強しているみたいだ。

 しかし僕達が目指す廃校舎は、そういう遅くまで明かりの付いている新校舎などとは離れて、校内では最も裏寂れた場所にある。運動部の部室が並んでいる所だけど、そこだって着替えるだけの場所だからそれほど明るくはない。明るい所を過ぎてどんどん暗く不気味になっていく学校内を懐中電灯の明かりを頼りに進んでいく僕達は、まるで秘境探検隊みたいな気分になっていた。そしてようやく輪郭がぼんやりと現れた廃校舎は、見るからに薄気味悪くお化けでも出そうな雰囲気だった。さらにここで「ハナコさん」に会うために、懐中電灯を消してしまったのでますますオカルトなムードが漂った。

「お、おい、トイレって、校舎に入ってすぐだよな?」と僕。
「そうだよ。
 だから部活の連中が使ってるわけだから。」と冷静なコウイチ君。
「頼んだぞ。
 しっかり見張っててやるからな。」と用心棒のような体格のマサル君。

 うう。見張ってるより、僕と替わってよ〜。

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