あやつりの首輪
二次元世界の調教師:作

■ 1

 アタシ、高校2年生の福永満里奈は何とラブレターをもらってしまった。けさ靴を靴箱に入れようとしたら手紙が入ってたのだ。イマドキこんな古典的な告白なんて流行んないし、まさかと思いながら結構マジでどきどきしながらトイレに入ってその手紙を開くと……なんとそのまさかだったのだ。

 その手紙によれば同級生の男子らしい。いつもアタシの事を見てて、好きで好きでたまらない、とか何とか羞ずかしくなるような事がいっぱい書いてあった。そして気持ちを伝えたいから、放課後1人で会いに来てくれ、と体育館の裏に呼び出されてしまった。これ、本当だろうか? 誰かにかつがれてて、ノコノコ会いに行ったら大笑いされるんじゃなかろうか? でも、その、あまり上手じゃない筆跡の「ラブレター」はすごく必死さが伝わって来て、私の胸に伝わるものがあった。それにアタシは現在付き合ってる彼氏もいないので、だまされるのも覚悟の上で行ってみる事にしたのだった。

「あ、あの、僕、福永さんのこと……」

 え、何、マジで〜っ!? バカ正直に言われた時間に1人で体育館の裏に行ってみたアタシは、そんな風にどもっているアイツ、谷口貫太を見て信じられない気持ちになり、次の瞬間笑ってしまっていた。と言っても他のオツムの弱い子みたいなギャハハ笑いではない。クールビューティーで通っているアタシはきっと男子にはとても魅力的に映るであろう事を意識した、あまり感情を露わにせず小首を傾けるような格好でクスリと笑ってみせたのだ。コイツにそんな事を意識したって仕方ないのだけど。

「これ君が書いたの?
 面白いじゃない。」
「福永さん!
 ぼ、僕の気持ちを聞いて下さい!」
「もう二度とこんな冗談はやめにしてね。」

 アタシはその場で持っていたラブレターを破り捨ててやろうかと思ったけど、最大限の慈悲を示して放り投げて寄越すだけにしてやった。そして何やらさらにモゴモゴとしゃべっている、見るのもけがらわしいアイツにはもう一瞥もくれずに後ろを振り向き去ることにした。ずいぶんひどい仕打ちみたいだけど、その場を見た人なら誰もがアタシの態度に納得するに違いない。何しろ貫太はブヨブヨに肥え太った、あだ名もそのまま「百貫デブ」で、サイテーサイアクの男なのだ。冬でもだらだら汗をかいてる気色悪いヤツで、近寄られるだけでも吐き気がするので、とりわけ女子からは忌み嫌われてるのだ。

 ホント2年生でコイツと同じクラスになった時は、女の子達は皆露骨に眉をしかめて大きな不幸を嘆いたものだ。正直言ってコイツと同じ空気を吸うだけでもおぞましくて悪寒が走る。コイツからラブレターをもらってしまったなんて、アタシの人生の汚点だ。かく言うアタシは、ルックスには結構自信がある。貫太と身長は同じくらいだと思うが、体重は半分以下だろう。コイツとアタシを見比べたら、あまりの落差に同じ生物とは信じられないくらいなのだ。一体何を考えて貫太は、絶対に自分と釣り合うはずのないアタシにラブレターなんぞを送って寄越したのか。うう、コイツと口を交わしただけでも、何だか穢れてしまった気がして慄えが来てしまった。早く記憶から消し去らなければ。

「福永さんっっ!!」
「きゃーっっ!!」

 背を向けて去ろうとした次の瞬間、何と貫太は後ろからブヨブヨの大きな両手を首に掛けて来て、アタシは何が起こったのかパニックに陥り、クールビューティーらしからぬ大きな悲鳴を上げていた。すると貫太は百貫デブとは思えない素早さを見せて脱兎のごとく走って逃げて行き、アタシの悲鳴に何事かと人が集まって来た時には、もう姿も形もなくなっていた。

 まるでレイプされた少女のような気持ちだった。アタシは貫太からラブレターをもらっただけでも大変な屈辱なのに、わずかながらカラダに、首にアイツの手を触れられた事を誰にも言う気になれなかった。世の中には人に知られるだけでも我慢の出来ない事故があるのだ。そう、これは事故だ。それにレイプされたのとはわけが違う。なぜかアイツに首を触られた、というだけだ。一体どうして首を?

 アタシは一刻も早く貫太の手のおぞましい感触の残るカラダから、アイツの穢れを祓いたいという一心で脇目もふらず家に帰った。ああ、嫌だ。アイツの汗が首に付いてしまったような気がして、何度も首をぶるぶる振ってみる。別にけがをしたわけでも、何かが付いてるわけでもないのだけど……シャワーで徹底的に洗い清めて、アイツの痕跡を消し去ってしまおう。アタシはまだこの時全く気付いていなかった。何も付いてないはずの首に、アイツがとんでもない「もの」を付けてしまった事を。

 アタシがいつもより早く帰って来たので、晩ご飯の支度を始めていたママは少しビックリしていた。まだ40手前のママは、とても若々しくてアタシの目から見てもほれぼれするような美人だ。ママは国際線のフライトアテンダントをしていて、バリバリの商社マンだったパパに見初められて結婚し、1人娘のアタシを産んで今は専業主婦をやっている。この不況のご時世、働かないで暮らせる専業主婦こそが真のセレブなのだそうだ。アタシもママに憧れてフライトアテンダントを目指している。

 アタシが今日は疲れて汗をかいたから先にシャワーを浴びさせて欲しい、とママに言って自分の部屋に入り、ブレザーの制服を掛けて着替えを準備していた時だった。まるで測ったようなタイミングでケイタイの呼び出し。誰からかわからない時の着信音で、こんな時に一体誰よ! と毒突きたい気持ちでケイタイに出た次の瞬間、アタシはショックで凍り付いていた。

「もしもし福永さん?
 そろそろ家に着きましたか?」

 それは聞き間違えるはずもない、醜い百貫デブの声だった。何でコイツがアタシのケイタイの番号を知っているのだ? それにまるでアタシが家に帰るのを待ち構えていたかのような口ぶり。「ストーカー」というおぞましい言葉が頭に浮かび、アタシのショックは次第に怒りに変わっていった。

「何よアンタ、いい加減にしなさいよ!」
「あ、ちょっと待って、切らないで!
 僕、君の首に『あやつりの首輪』ってのを付けちゃったから……」

 パタン!

 アタシは怒りにまかせて壊してしまうようなおバカなまねをしないよう、クールビューティーらしく努めて冷静に、しかしきっぱりとケイタイを閉じた。何が「あやつりの首輪」だ。一応首を調べてみたが、もちろんそんなものが付いてるわけはない。あいつ、死ぬほどキモいだけじゃなくて、頭の方もイカれてるんじゃないのか? どうやって調べたのか知らないが、すぐにケイタイの番号を変えなくては。そこまで考えた時、アタシの首に「異変」が起こった。

 ええっ!?

 そこに何もないのに、確かに何かがアタシの首にじんわりと圧力を加えて来たのだ。うう、何だか息苦しくなって来た。それは信じがたい事に、アイツの言った「首輪」がゆっくりとアタシの首を締め付けて来るような恐ろしい感触だ。ま、まさか……アタシのアイツに対する怒りに、もう1つ「恐怖」という感覚が芽生え始めた頃、再びケイタイの呼び出しが。今やハッキリと目に見えない何かに首を絞めつけられているという恐怖の感覚にさらされていたアタシは、いつも間にかじっとりと汗をかきワナワナ慄える手でケイタイを取った。

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