淫蝶
二次元世界の調教師:作

■ 3

 私が校長先生とこんな関係になってしまったのは、この青蝶女学院に教員として再就職してからのことです。下の子が小学校を卒業するのを機に、私はやめていた仕事を再開しようと働き口を探していました。公立高校の数学教師をしている主人は身を粉にして働いていますが、正直な話そんなにお給料は多くありません。これからかさんで来るであろう娘2人の教育費や、結婚の準備金などを考えると、いくらお金があっても足りないくらいです。そして主人の知り合いの伝で紹介されたのが、この学校だったのです。

 さっそく校長先生にお会いに行ったのですが、そのお話は私の求める条件にピッタリ、いや考えてもいなかった好待遇だったので私は初めビックリしました。

「実は英語科の先生が、お1人急にこの春結婚退職されることになりまして、英語が堪能な先生を捜しておったのですよ。あなたは外国で過ごしておられたことがおありだとお聞きしました。」
「はい……」

 青蝶女学院はこの辺りでは有名な私学のエリート校で、私はとても緊張していました。

――素敵な方……

 校長先生の第一印象は、進学校の校長らしくとても有能そうで、ロマンスグレーで眼鏡を掛けた知的な風貌は、学校の先生にはないタイプでした。例えば主人はどちらかと言えば世間知らずのお人好しと言う感じですが。眼光が鋭く、落ち着いた渋みのあるバリトンの声と合わせて、私はすぐに校長先生に魅了されていたのです。

「本校は、日本語がまだ達者でない帰国子女や留学生を受け入れています。ぜひあなたのような方に、英語科の主任として働いて頂きたいのです」
「主任ですか……」

 10年以上現場を離れていた私を、いきなり主任に迎えようとおっしゃられて、私は驚き戸惑いました。確かに英語力には自信があります。実は私自身が帰国子女で、商社マンだった父の関係でアメリカで生まれて育ったのですから。ちなみに母はブロンドのアメリカ人でハーフです。

「退職される先生はちょうどあなたのような女性で、他の英語科教員は皆若手なのです。ご無理を申しますが、受けて頂けませんでしょうか? ご家庭のことも考えて勤務条件も斟酌いたしますので」

 その時提示された条件は、お給料も含めて破格のものでした。公立高校勤務の主人に申し訳なく思ってしまった程です。青蝶女学院に通っている生徒は資産家の子女が多く、経営は順風満帆と言う話でした。もうこの時点で私はこのお話をお受けする気になっていたのですが、さらに校長先生の口から聞かれたのは信じられないくらい素敵なお話でした。

「ご主人からお伺いしたのですが、娘さんは高校受験生だそうですね」
「は、はい、その通りですが……」
「うちを受験されるおつもりはありませんか?」
「え!? それはちょっと……」

 長女のまりあは確かに高校入試を控えておりました。私に似て大人しい子ですが、英語はとても良く出来ます。学力的には青蝶にも十分合格出来そうでしたし、本人より中学校の先生やとりわけ主人はこの名門女子高に入学させたがっていたのですが、問題は学費です。私の再就職もまだ決まっておりませんでしたし、公立高校に進学させるつもりでした。ところがそういう事情を正直にお話すると、校長先生は青蝶を受験させなさいとおっしゃったのです。

「うちには特待生制度がありまして、成績に応じて授業料が免除になるのですよ」
「いえ、うちの子はそこまで優秀ではありませんし……」
「英語がとても良くお出来になるそうではありませんか」

 まりあは英語だけはトップクラスだと思いますが、他教科は中の上程度のものです。進学校の青蝶で特待生に掛かるような優等生ではありません。

「特待生入試を受けるだけでも受けさせなさい。あなたが英語科の主任を引き受けて下さるのなら……きっと良い結果が出ると思いますぞ」
「それは……」

――校長先生のお力で、多少成績が足らなくても特待生で合格させようと言うことですか?

 まさかそんなことを口にするわけにはいかず、私が応答に困っていると校長先生はおっしゃいました。

「本人と、ご主人と、よくお話になってください。悪い話ではないと思いますよ。それから、受験料も結構です」
「え、どうしてですか?」
「あなたが主任を引き受けて下さるなら、と言う条件ですがね」

 どんなに考えてもうま過ぎる話だとしか思えませんでした。一応私の就職も含め、主人と相談します、とその場は切り上げたのですが、まりあの青蝶への進学を一番望んでいたのは他ならぬ主人なのですから、本人を説得して受験させることになったのも当然の成り行きでした。

――どうして、こんな素敵なお話が……

 この時私は全く気付いてはおりませんでした。校長先生がなぜ、私と娘のまりあを青蝶に入れたがったのか、を。入試の結果は驚くべきことに、最高ランクの特待生として入学を許可する、というものでした。授業料全額免除と言う夢のようなお話ですが、校長先生の差し金があったことは間違いありません。私は内心穏やかではありませんでしたが、主人もまりあも大喜びでした。こうして私とまりあは2人してこの春から青蝶女学院のお世話になることとなったのです。

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