狂った果実
二次元世界の調教師:作

■ 1

 その日翔太はやはり登校しなかった。

「ちょっと! やり過ぎなんじゃないの?」

 香奈子が、翔太の机の上にわざとらしく飾られた花を見て、俺に向かって口を尖らせる。

――よく言うわ、この女。オメエが一番翔太の包茎チンポをバカにして、最後はケリまで入れやがったくせに……

 翔太は香奈子にホレてたから、相当精神的ダメージが大きかったに違いない。だから、学校に来られなくなったんだ。それなのに……俺は、まるでクラスのいじめっ子男子をたしなめる、真面目で美形の学級委員みたいな彼女の猫かぶりを見て、女は怖い、と心に刻み付けていた。

「俺じゃねえよ」
「まっくんじゃなかったら、誰があんな悪ふざけをするのよ!」
「アイツアイツ」

 俺が教えてやると、香奈子はヘラヘラ笑いを浮かべている、お調子者のデブまで文句を言いに行った。

「よっち! ああ言うのはやめてよ!」
「いーじゃん、ピッタリだぜ」

 すると香奈子は一応ヒソヒソ話風によっちに言ってたけど、声がでかいので俺にも聞こえた。でも翔太がひどいいじめに遭っていることは、クラスでは公然の事実だから誰に聞かれたって、どうってことはないのだ。

「アッコTに知られたら、何かと面倒でしょ!」

 アッコT(ティー)と言うのは、クラス担任だ。新任の若い女の先生だから、皆結構ナメて掛かっている。翔太のいじめにも勘付いてるか知れないが、さすがに公然と刺激はしない方が懸命だろう。今のままなら、いくらでもいじめ放題に近い状態なのだから。

 この見た目は天使、中身は小悪魔と言うクラス一のカワイコちゃんにたしなめられたよっちは、しょーがねえな、と頭をかきながら花瓶を取り除いた。すると、俺たちのいじめを見て見ぬフリをしているその他大勢の連中にも、ホッと安堵の雰囲気が漂う。いじめが先生に発覚して面倒なことに巻き込まれるのはまっぴらごめん、という気分がアリアリで、俺は心の中で毒突いた。

――オメエらみたいなのが一番タチが悪いんだぞ……

 先頭に立って翔太をいじめている俺が言うのも気が引けるが、いじめに無関心な連中は加担しているのに等しい。俺たちいじめグループは男女ともごく普通の面々で、決して皆に恐がられる不良などではないのだ。あんなに露骨にいじめてるんだから、1人くらい翔太をかばって俺たちに注意の1つもすれば良いだろう。

――腐ってるよな、このクラス……

 翔太は昔から常にいじめの対象とされていたようで、小学校でも中学校でも長く休んでいたことがあると聞く。かわいそうだが、いじめられても仕方のない男だと思う。いつもむっつりと押し黙って、友達を作ろうと言う気がないようだ。背が低く肥満体で、動作はトロい。そのくせ頭は良くて、成績がトップクラスだと言うのも皆の不興を買う一因だ。が、何と言っても翔太がいじめの格好の標的になってしまうのは、コイツが何をされても決して抵抗せず、されるがままになっているからだ。これは致命傷だろう。

 何の抵抗もしない人間をいじめて面白いのか、って? そんなキレイ事を言うやつが俺は大嫌いだ。面白いに決まってるじゃないか。小さな頃虫を集めて羽をむしったり体を千切ったり、残虐な行為を加えて遊ばなかったか?人間は無抵抗な生命を弄んでやりたいという、邪悪な本能を持っているのだと思う。だから翔太はいじめられるのだ。

「お早う」

 よっちが花を片付け終わった頃を見計らったかのように、その声が聞こえて俺は少しギョッとした。翔太だ! もちろん誰1人その挨拶に答えようという人間はいない。翔太に挨拶することで、いじめの火の粉が自分に降りかかって来ることを恐れているのか? そんなのは言い訳だ。俺たちはいじめられるべくしていじめられる翔太に手を出しているだけで、他の連中までいじめようなどとはちっとも思っていやしない。みんな心の奥底では翔太をシカトして楽しんでいるのに決まっている。

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