女子能力開発研究所
二次元世界の調教師:作

■ 3

――しまった。かなり時間がたってしまったな……

 彩美を風呂の中に放置して、すでに1時間以上経過していた。俺が慌てて浴室に戻ると、彩美はやはり物音1つたてず浴槽に浸かっており、何の変化もない。下手すると明日の朝まで一晩中でもじっとしているのではなかろうか。俺はこんな無気力で生気の感じられない状態に陥って一向に出口の見えないわが娘の行末を案じ、一縷の望みを抱いて和田さんの家を訪問する決意を固めていた。 

「失礼します。父がいつもお世話になっております」

 数日後さっそく訪れてみた和田さんが暮らすマンションで、茶菓子を運びそう礼儀正しく三つ指を突いて挨拶するブレザーの制服姿の少女を見て、俺はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。

――これ、本当に奈津子さんなのか……

 和田さんから話を聞いてはいたが、どこからどう見ても良い所のお嬢さんみたいな奈津子さんは、パツキンのヤンキー娘と同一人物とはとても思えない。それに小学校時からよく知っている、明るく活発で人見知りしない奈津子さんとも違う。

「こんにちは。あの……なっちゃん、でいいのかな?」
「はい。もちろんそう呼んで頂いて結構です」

 和田さんとは家族ぐるみの付き合いをしており、お互いの娘が道を踏み外してしまう前は、よく見知った仲である。奈津子さんは皆からなっちゃんと呼ばれる人気者で、俺もそう呼ばせてもらっていた。あんまり美人ではないが、陽に焼けてコロコロと良く笑う奈津子さんは、内向的で人見知りする彩美とはまるで正反対だ。だが今俺の目の前で妙に羞ずかしそうに頬を染め、落ち着いた口調で話す奈津子さんは、とても大人びてドキッとするほどの色気さえ感じさせる。そんな奈津子さんを見たことなどない俺の方が情けないことにドギマギしてしまい、じっと黙って彼女に見とれてしまう始末だった。

「いかがですか、田中さん」
「はい……正直言って驚きました」

 和田さんがゆっくりとそう言う口調は誇らしげと言うより心底嬉しそうだった。そしてバカみたいに呆然としている俺に向かって、突然完璧なお嬢様に変身した感じの奈津子さんが、聞いたこともない言葉使いで話し掛けて来る。

「そうだろうと思いますわ。私は研究所の方がたのおかげで、生まれ変わらせて頂いたんです。ところで、おじさまの方はお変わりございませんでしょうか?」

 俺は「なっちゃん」に「彩美ちゃんパパ」と呼ばれていたので、「おじさま」などと呼ばれて一寸参ってしまった。そして困ったことに、彼女に対して覚えるゾクゾクするような胸騒ぎがますます強まり、何と股間が張り切って来てしまったのである。娘の彩美に続き奈津子さんにまで欲情してしまうとは、我ながら俺の女好きも呆れたものだ。もっとも奈津子さんに対して「女」を感じたことは、これまでに一度もない。

「あ、いや、相変わらずですよ」
「彩美さんは……」
「これ奈津子」
「これは大変失礼致しました。ご無礼をお許し下さいませ」

 もちろん奈津子さんも彩美が引きこもって学校に行ってないことを知っている。だが余計な詮索をするなと和田さんに注意された奈津子さんに深々と頭を下げられて、こちらの方が申し訳ない気持ちになった。

「あ、いや、いいんですよ。彩美は相変わらず部屋にこもっています」
「それはおじさまも大変ご心配なことでしょう」
「はあ……恐れ入ります」

 一体どういう教育を受けたらここまで成長するのだろうか。奈津子さんの言葉は同級生を心配する高校生と言うより、立派な大人の発言だった。俺は少し混乱して来て、娘の同級生に対して恐縮し頭を下げてしまった。

「お父様、ぜひおじさまに研究所を紹介してあげて下さい」
「そ、そうだね……あの、差し出がましいようですが、奈津子もこう申しておりますし……」

 何と言うことだ。父親を含む大の大人2人を前にして、更生したばかりの高校生である奈津子さんが、完全に話の主導権を握っていた。奈津子さんと和田さんの話によると、その施設の正式名称は「女子能力開発研究所」。社会に出る前にドロップアウトしてしまった少女を教育し立ち直らせるためのものだと言う。要するに奈津子さんや彩美のような少女が対象だ。

「効果のほどは奈津子をご覧になればおわかりでしょう」
「そうですね……」

 和田さんにダメ押しのようにそう言われた俺はもちろん頷くよりなかった。こんな立派に更生されるのなら、日本中の不良娘をとっつかまえて、その「研究所」に入所させれば良いと思ったくらいだ。

「ただ、彩美は引きこもりですし……」
「心配ありませんわ、おじさま。研究所は引きこもりの方もたくさん預かっておられました。恐らくどんな女性でも、前非を悔いてあるべき姿に戻して頂けるものと、私は確信しております」

――一体、どこからその自信が来るんだ……

 まるで「研究所」のスポークスマンみたいなしゃべりになって来た奈津子さんに、俺は逆に疑念を抱いてしまう。ところが俺が質問すると、奈津子さんは不自然なくらい羞ずかしそうに目を伏せ口ごもってしまったのである。

「研究所ではどんなことをするのですか?」
「それは……絶対に口外してはならないことになっておりますので……」

 急に詰まってしまった娘を助けるかのように、和田さんが口を挟んだ。

「あの、もし興味がおありでしたら、事前に施設を見学すれば良いですから」
「わかりました」

 俺は奈津子さんがかわいそうになってアッサリそう言ったのだが、この後驚天動地の事態が待ちかまえていたのである。和田さんが、急に人見知りの羞ずかしがり屋になったような奈津子さんに言った。

「奈津子、研究所の内部は口外出来ないけど、お前がどんな素晴らしい女性になったのか、田中さんに教えて差し上げなさい」
「おじさまに……はい、承知致しました」
「田中さん。とても驚かれると思いますが、よろしいでしょうか?」

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