ひなまつり夜話
Simon:作

■ ひなまつり夜話1

 椅子に乗ったお父さんが、納戸の奥から桐の箱を引っ張り出しては、下で待ってるあたしにハイって渡してくれる。
 つんとくる、でもそんなに嫌じゃない匂い 手に埃が少しつく
「はい、お母さん」
 すぐ後ろで待ってるお母さんに渡すのが、あたしの仕事
 箱の蓋には古い紙が貼ってあって、あたしには読めないけど、筆で中身が書いてある
 お母さんには読めるみたい 一つずつ確かめながら床に並べてく
「人形はこれで最後 後は大きい箱だから、由紀香はお母さんの方を手伝ってあげてな」
「はぁい」
「あら? あなた、もう一つない?」
「いや……後はぼんぼりとか、そういうのだけだぞ どれか足りないのか?」
「変ねえ 三人官女がもうひとつあるはずなんだけど……あっ」
「おい、それって確か、修理に出すって言ってたやつじゃないか?」
 あっ あたしも思い出した
……去年、しまう時に落っことしちゃったやつだ
「そうだったわ ごめんなさい、すっかり忘れてた どこにやったかしら」
 まったくもう どじなんだから
 でも、お母さん見てると、まあいいやって思っちゃう
「いいさ とりあえず、ある分を並べてみないか そっちは後で探せばいいさ」
「由紀香ちゃん、ごめんね」
「いいよぉ それより、早く箱から出してあげようよ」
 お祖母ちゃんが子供のときからうちにあったお雛さまは、友達の家に飾ってあるのよりずっと素敵で
 だから、早く見たい
「ええと、でも……」
 じゃあ、あたしが出すから、お母さん手伝ってね
 箱を太腿で挟んで押さえながら、蓋をゆっくりと持ち上げる
 きゅ……軋むような音がして 中には、薄いしわしわの紙で包まれた人形――まだ、何なのか分からない
 壊さないように、そっと取り出す
 床に直接置くのがなんだか悪いような気がして、外した蓋の上に
「どれ、最初の一人は誰かな?」
「あたしが見るから、お父さんは待ってて!」
「はいはい」
 まったくもう お父さんもお母さんも子供なんだから
 かさがさ
「わ お雛さまだぁ」
「よかったわねぇ」
 赤と金の着物 髪飾りも、もしかしたらこれ、本物の金なのかも
 模様も凄く細かくて、本物そっくり
 優しそうな、少しだけ笑ってるみたい
「じゃあ 由紀香、飾ってあげて」
「うん」
 お父さんが、台の位置を少し直してくれた
 落としたりしないように、丁寧に
「すぐ、お内裏さま連れてくるから、待っててね……あっ お母さん、あたしがするのっ」















「ご苦労さま 由紀香はもう寝たの?」
「ああ あれだけはしゃいでたからな、疲れたんだろう」
 何だか、去年よりも子供っぽかったような気がするぞ

……う お父さん、ひどい

「去年はまだ、人形の奇麗さが分かるには子供だったんじゃないかしら」
「そうか あれが由紀香が大きくなった証拠なのか」
 ふふっ
「……それで、何が引っかかってるんだ? 結局人形が見つからなかったことか?」
「お義母さまから教わったこと、なんだけど……あなたは聞いてない?」
「いや っていうか、何についてのか分からなければ、答えようがないぞ」
「あのお雛様がっていうわけじゃないんだけど……古い揃いの物は、それが欠けた時には出してはいけないよって」
「初耳だな 母さんは俺にはそんなこと言ってなかったと思うぞ」
「その……わたしがお皿とかよく割っちゃってたから、その時に聞いたの」

……お母さん、どじだもんねぇ……あれ? あたし寝てるはずなのに、どうして聞こえるんだろう

「はぁ まあ、気にすることでもないだろ 縁起が悪いとか言うんだろうけどな」
「それがね 旧いものには魂が宿るから、欠けたものを補おうとするんですって」
「……何だかもっともらしく聞こえるな 明日また探してみよう 応急処置でも直せるなら飾ってやればいいさ」

……うん そうしてあげて やっぱり一人でもいないと、さみしいと思うの


 ええ でも、もうだいじょうぶですわ


……え? 今の、だれ?


 あの子の代わりに、こんなに可愛らしい仲間が加わってくれますから















「……え? 今の、だれ?」
 あ 声、出てる
 あたし寝て……
――キリッ
「あうっ いた」
 体中から、カッターで切られたみたいな痛みが それで頭がはっきりした
 赤い布を敷き詰めた広い……広いの? 遠くが見えないけど、外みたいな広がりは感じない
 パジャマのまま、ばんざいをした形で壁に 細い黒い糸が体中に絡み付いてる
 さっき痛かったの これだ
 ス 目の前に、ぞっとするほど奇麗な女の人
 チリリ 髪飾りが、奇麗な音を この人の笑い方……知ってる気がする
「あの……ここ、どこですか? あたしどうして……」
 どうしよう……この人がしたんだ
 だって、笑ってるよ
 その手が やだっ あたしの胸に

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