染められる…
黒鉄:作

■ 1

「差出人が書いてない…誰からなんだろ?」
 部活動から帰ってきて、夕刊を取り出そうといつものようにポストを開けた由香は、自分宛になっている白い封筒を手にして、少し戸惑ったように眉をひそめた。

 初夏の太陽は、夕刻前とはいえまだ十分強く、むっとした熱気のこもる家に入ると、急いで自分の部屋に上がり、エアコンをかける。共働きの両親はまだ帰ってくる時刻ではなく、しばらくは由香ひとりきりだ。
「今日も暑かったなぁ。ふう…。」
 白い半袖のセーラー服と濃紺色のひだスカートを脱ぐと、きちんとハンガーにかけて壁につるす。真面目な性格そのままに、下着姿になった14歳の由香は、そのままシャワーを浴びに浴室に行き、軽く汗を流した。
「ああ、さっぱりした。お母さんは水道代がかかるってうるさいけど、やっぱり汗を流すと気持ちいい。」

 着替えの白いTシャツと短パン姿で再び部屋に戻ってきた由香の目に、さきほど机の上に置いたあの差出人不明の封筒が飛び込んできた。誰からの手紙だろう…? またさきほどの疑問が心に湧いてくるが、開けて見ればすぐにわかるのよね、と思い、ベッドに腰をかけて封筒を開く。中には、びっしりと活字が書かれた上質紙が数枚入っていた。なにこれ…? と思いながら、活字を目で追っていく。そこに書かれていたのは、由香自身のプロフィール。駒田第3中学校2年3組川原由香、14歳、住所、電話番号…そしてその後には…
「い、いやあっ!」
 思わず嫌悪の声を上げて、持っていた紙を床にばらまいてしまう。ちらっと見たその写真、文章と共に印刷されていたそれは、由香自身が体操服を着て、大きく股を開いていた。下半身にはショーツしかはいておらず、股間の盛り上がりが卑猥に強調されるように写されていた。
「な、なんで? 私、こんないやらしいポーズして、写真に写ったことなんてないのに?」

 アイコラという言葉すら知らない由香。自分のいやらしい写真に赤面して、混乱した頭であれこれ考えると、それが本物ではなく、どうやら誰かが合成したものだということは、すぐに察しがついた。床に落ちたその写真を、落ち着きを取り戻そうと息を整えながらもう一度よく見てみる。にっこりと笑った自分の顔…どこかで盗撮されたらしいその愛らしい笑顔と、いやらしく両足を大きく開いた下半身はまったくそぐわないものではあるが、合成としては悔しいほど上手くできており、知らない者がそれを見れば、本当にこの少女がとったポーズだと思われても、おかしくない出来映えだ。
「ひどい…誰が…誰がこんな物を…。」
 じっとその写真を見つめるうちに、恥ずかしさが消えていくと同時に、怒りがこみ上げてくる。勝手に自分の写真を使って、こんないかがわしい写真を作って…。真面目で潔癖な性格の由香には、決して許せないことだ。警察に通報して…と思いかけたところで、残りの手紙にたくさん打たれている活字が目に入ってきた。あとの紙には一体何が書かれているんだろう? 通報するなら、ちゃんとそれを知っておかないと…。

 唇をかみしめながら、さっき放り出した手紙を、もう一度手に取る。そして、写真に続く文章を読み出した。1分と立たないうちに、その文章を読む由香の顔がみるみるうちに真っ赤になっていき、手紙を持った手は小さく震えてきた。

 くっきりとした活字で書かれた文章…その内容は、まだ中学2年生の由香が、毎日自分を慰めている様子を、赤裸々に綴ったものだった。欲求不満のはけ口を、自らの肉体に求めて悶える少女…オナニー、という言葉は友人とのエッチな話から、偶然知ったものの、まだその経験など全くない由香にとって、そこに描かれた淫らな自分、悦楽をむさぼるように求める少女の姿など、理解不可能な描写でしかなかった。しかし、何度も読むのを止めようと思いながらも、なぜかそこから目を離すことが、できなくなっていく自分も同時に感じていた。

 これは警察に通報した時に、きちんと説明するために必要なの…そんなもの読まなくてもいい、という考えがちらっと頭をかすめるたびに、そう合理化してさらに深く読み進めていく自分自身に疑問を覚えながらも、その描写を更に読み進めていく。そこには、由香がまるで知らない行為…自らの体から快楽を得るという、これまでの自分にとっては罪であり、異常な行為としか思えないことが、詳細に描写されていた。

 国語の学力も抜群の由香にとって、それを読むことは、その行為を指南されているに等しくもあった。友人と多少エッチな会話をすることはあっても、女子中学生が同性同士でオナニーについての詳しい話をすることなど、あり得ない。普通なら知り得ないその行為のやり方が、事細かに書かれてあるその文章を読み進めるにつれ、由香自身の頭に、自然と自らがオナニーをしている様子が頭に浮かんでくる。しかも、女性器についても、女である由香ですらよく見たことのない構造まで、微に入り細をうがって克明に描写されているとあって、単に文章を読んでいるだけなのに、由香は自分が実際にオナニーをしているような気にまでさせられてくるのを感じた。私は、今、この手紙の差出人に、オナニーをさせられている…。
「はあぁぁ……えっ? や、やだ…。」
 思わずはき出した吐息が、自分自身の耳にやけに艶っぽく聞こえて、由香は思わずつぶやいた。エアコンの効いた部屋に座っているのに、体が熱っぽく気怠く感じられる。Tシャツの下の胸の膨らみ…同級生と比べても遜色ないその大きさは、中学に入る前から膨らみ始め、最近はとみに女らしさを増してきたように、自分でも感じている。学校にいても、男子達の視線が時折、自分達女子の胸に注がれているのを意識するようになってきたし、水泳の授業の時なんか、スクール水着を着た女子が横で泳いでいると、露骨にその胸をじっと見つめる男子までいたりする。

 その胸の先端にある、普段はあるかないかのように埋没している感じの乳首が、文章の中の自分では堅くしこってその存在をアピールしている…本当に私でもそうなるの? これまでそういう経験など全くなかった由香にとって、それは信じがたいことであると同時に、本当にそうなるの? という好奇心が心に湧き上がってくるのを、止めることができないでいた。確かめてみたい…と思うでもないような無意識のうちに、由香の手が震えながら、ゆっくりと自らの胸の膨らみの先へと滑っていく。こんなこと駄目…理性がそう訴えかける。でも、誰もいないし…私がこんなことしてるなんて、誰にもわからないし…今だけ、今だけだから…二度とこんなことしないんだから…。

 Tシャツの中に滑り込んだ自分の右手が、飾りのないシンプルなデザインのブラのカップの下の縁に這い寄り、それを押し上げて中へと入っていく。普段自分の体なんて、お風呂に入って洗う時、いつも触ってるんだし、これは単に確かめるだけ…。
「ん、んっ…か、堅くなってる…嘘…。」
 自らの胸の先端が指先に当たった瞬間、軽く痺れるような感覚がそこから走るのを感じ、由香の口から意識しない声が漏れた。そして、その指に感じられる乳首が、いつものあるかないかのかすかな膨らみではなく、まるで自分をかたくなに主張しているように、立ち上がっているのを感じると、恥ずかしい! という思いが急激に由香の頬を真っ赤に染めた。私…乳首を立たせてる…小説と同じだ…いやらしい…!

 自らの体の反応が信じられないが、それが事実であるというのは、自分の指の感覚が確かに語っている。潔癖なはずの自分が、やけにいやらしく、汚れた存在であるかのように感じられて、思わず唇を噛んだ。

 踏み込んではいけないタブーの世界…自分にとって未知の世界への扉を開くスイッチに指が触れたかのように、そのまましばらく固まってしまった由香は、やがて深く息を吐きながら、下着から、そしてTシャツから手を引き抜いた。指先に残る自らの乳首の感触…まだ信じられないような気持ちでいながらも、それを目でも確かめてみたいと思う気持ちが、むくむくと頭をもたげてくる。頭をゆっくりと振ると、いつも愛用している姿見の鏡が目に入る。

 ごくり、と唾を飲み込むと、手を白いTシャツのふちにかけ、ゆっくりとそれをめくり上げて脱いでいく。さっきシャワーを浴びた後も鏡で見た、いつもの自分…白いブラをつけたその姿が、今はやけにいやらしく思えてくる。震える手を背中に回し、ホックを外すと、それまで下着で締め付けられていた胸が、Tシャツの下で一瞬震えながら、ブラのカップからこぼれ出る。肩にぴったりとかかっていた白くて細いストラップも緩み、それを肩からずらすと、左右の手を引き抜いていく。ブラを外すなんて、毎日着替えの時にしてることじゃないの…全然いやらしくも何ともないんだから…。

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