染められる…
黒鉄:作

■ 2

 ふらり、と揺れる体を起こしてベッドから立ち上がり、姿見の前へと歩み寄っていく由香。両手で胸を隠すようにしながら鏡の前に立つと、上半身裸になった自分が映っているのが見える。頬を赤く染め、自分以外に誰もいないこの部屋で、妙に恥ずかしがって胸を隠している自分…
『一体、私は何で恥ずかしがっているの? 私以外ここには誰もいないのよ。いつもこの部屋で着替えているのに…鏡に自分の体を映すなんて、普通のことなのに……そうよ、こんなこと、別に恥ずかしくもなんともないわ。』
 自分を奮い立たせるようにそう考えると、思い切って手を胸から放していく。しばらくためらった後、伏せた視線を鏡に向けると、上半身裸になった自分が、鏡の向こうから見つめ返しているのが見える。まっすぐな黒髪を後ろでひとつに束ねている様子…切れ長の涼しげな瞳…ほっそりとしたスリムな体…しみ一つ無い滑らかな白い素肌…そして、最近豊かさを更に増してきた胸の膨らみ……
 そして、その膨らみの先端に息づく、小さく薄いピンク色の乳輪の中央に、充血して赤みを増した乳首がツンと突き立つように飛び出しているのを見て、思わず羞恥の悲鳴を上げそうになった口を手で抑えながらも、視線をそこからしばらく離すことができないでいた。いやらしく乳首を立たせた自分…あんな蔑むべき文を読んで、こんな反応をする自分がどうしても許せず、また、信じられないでもいた。
「こんな…違う、こんなの本当の私じゃない…違う、違うわ!」

 思わずうわずった声で口走ったその時、リビングで電話の鳴る音が聞こえてきた。慌てて自分の部屋から走ってでると、廊下を挟んで少し離れたリビングへとその格好のまま駆けていった由香は、受話器を取った。
「も、もしもし、川原ですけど、どちら様でしょうか?」
 耳に押し当てた受話器から、少しして男の声が聞こえてきた。全く聞き覚えのない低い声だ。
「もしもし、川原由香さんだね? どうだい、俺の送った作品、気に入ってくれたかな?」
「え?あ、あの…何のことでしょうか? 作品って……。」
 当惑したような声で答えた瞬間、由香の頭に閃いた…この電話の男が、あの忌まわしい封筒を送ってきた張本人だ! 私に無断で勝手に写真を合成して…そして、汚らわしい文章で私を辱めた男…そう思いながらも、由香の頭には別の言葉も同時に浮かんできた。私を頭の中でオナニーさせた男…。

「今日、君宛に届いた封書の中に入っていた作品さ。ちゃんと見てくれたんだろう?」
「あなたが何をおっしゃっているのか、さっぱりわかりません。確かに私宛に、差出人のない封書が届いてましたけど、まだ中は確かめていません。それに、あなたみたいな誰かわからない人から届いたということがわかったら、なおさらそれを確認する気にもなりませんから。」
 由香は、相手につけいる隙を与えまいと、いつもの強い自制心で落ち着いた声を出そうと努めながら、先ほどまで自分を悩ませていたあの作品を、全く知らないということで通そうとした。そう、相手には私があれを見た事なんて、わかりっこないんだわ。あんなもの、なかったことにしておけば…。
「ふうん、そうなんだ。でもさ、さっきから君がしていたこと、ちゃんと窓から見えていたんだよ。いつもは真面目な君でも、興奮すれば結構大胆になれるんだなあって、感心していたところさ。あんなことをする前に、ちゃんと窓のカーテンを閉めておくべきだったね?」
 くっくっと喉の奥で笑いを漏らす男の声が耳元で聞こえると、由香の顔から血の気が引いていく。う、うそ…カーテンはちゃんと閉めていたはずなのに…すき間から、私のしていたことが見えていた…? こんな…上半身裸の姿まで男の人に見られたの…?。ぐるぐると不安が頭を渦巻き、それまで強いて出していた冷静な口調を保つことなど、もはやできなくなってしまう。ぶるぶる震える手で受話器を握りしめ、何も言えなくなって黙り込んだ由香の耳元で、その男は語りかけてくる。
「おや、黙っちゃったね。さっきまでの強気なお嬢ちゃんはどこへ行ったんだい? 優等生の君には、あの作品は刺激が強すぎたかな? じゃあ、嘘をついたのがばれたってわかったら、これからはもっと素直になってもらおうか。今どんな格好をしているのか、正直に言ってご覧?」

 見られた…私のこんな姿を…あんな下劣なものを読んで、上半身裸で鏡の前に立ち、乳首の立っているのを確認してしまった私の姿を…そういう思いが頭を何度も何度も巡る。駄目だ…誤魔化しても無駄なんだ…目の前が真っ暗になりそうな絶望感に押しつぶされそうになりながら、小さな掠れた声をかろうじて絞り出す由香。
「私…私の今の姿は…上半身には……なにもつけていません…下は…ショートパンツを…はいています。」
 やっとの思いでそれだけを口にした由香に、男から更なる要求が容赦なく突きつけられる。
「うん、よく言えたね。じゃあ、そんな格好でさっきまで君が何をしていたのか、言葉にして説明してもらえるかな?」
「そ、そんな…お願いです、許して下さい。私が何をしていたのか、カーテンのすき間から見ていて知っているんでしょう? それなのに、何故私にそんなことを言わせたいんですか…?」

 自分で説明するなんて、そんなことできるわけない…あのいやらしい作品を読んで、乳首を立たせてしまったのを、自分の目で確かめてみた、なんて…。由香は必死の思いで受話器の向こうにいる、身元不明の男に懇願した。
「わかってないなあ、お嬢ちゃんは。俺が知っていることをあえてその口で言わせたいんだよ。その可愛い声でね。ほら、ちゃんと言わないと、さっきカーテンのすき間から撮った君のその姿を、どこかのサイトに投稿してもいいんだよ?」
 自分の姿を投稿、と言われて、がっくりと肩を落とす由香。こんな格好を晒されて、もしそれが自分を知っている人の目に入ったら…。
「わ、私は…あ、あなたの作品を読んで…ち…乳首が…立ってしまったのを…鏡で確かめて…いました…うっ…ううっ…。」

「うん、いい感じだ。じゃあ、今君が言ったことを、聞かせてあげようかな」
 そう言った男の声に続いて、由香自身の情けない声が受話器から流れてくる。
[私…私の今の姿は………乳首が…立ってしまったのを…鏡で確かめて……]
 とても鮮明に受話器から流れ出る自分の声を聞きながら、由香は自らが更に深い蟻地獄へとはまってしまっていくのを感じていた。こんな告白を…録音されるなんて……潤んだ瞳から、涙が一粒、また一粒と頬を伝い落ちていく。
「どう、ちゃんと録音されてただろう、君のショッキングな告白が。それじゃ次の告白といこうか。鏡で確かめて、それからどうしたの?」
「次って…もうそれ以上は私、何も……」

 それ以上言うことなど、もう何もない。あなたもちゃんと見ていたんだから、そんなことわかるでしょう? と思った瞬間、由香は思わず、あっ! と声をあげてしまった。男の策略にまんまとはまってしまったということに、たった今気づいたのだ。この男は、カーテンの隙間から私を見ていたわけじゃないんだ、私を欺していただけなんだ、と。さっきまでの男の言葉をひとつずつ思い返してみても、何一つとして、由香が実際に何をしていたのか、どんな状態なのかを語った言葉はなかった…。
「どうやらようやく気づいたようだね、お嬢ちゃん。そう、俺は君の家の中を覗いたりなんてしてないさ。君が勝手にそう思い込むように、口先だけの話を語ったら、世間知らずの君は完全に俺の話を信じてくれたってわけだ。まあ、まだ14歳なんだから無理もないけどね。でも、おかげで君の素敵な告白がちゃんと録音できたよ」
 軽い口調でぺらぺらと語る男…その声を聞きながら、欺された怒りと憤りが由香の中で爆発し、受話器に向かってきつい口調で叫んだ。
「この…この人でなし! 私が中学生だからって、馬鹿にしていたんですか! 人の心を弄んで、一体何が楽しいんですかっ!」

 わなわなと怒りに体を震わせる由香。しかし、その燃えさかる怒りも、男の次の言葉を聞くと、冷水を浴びせられたように、一瞬でおさまってしまう。
「人でなしねえ。確かに俺はお嬢ちゃんを弄んでいるけど、その人でなしの作った作品を読んで乳首を立たせたのはお嬢ちゃん自身だろう? 本当に真面目な女子中学生なら、あんな作品、一目見ただけでゴミ箱へ捨てて終わりだよね? つまり、いつもは真面目ちゃんの振りをしているけど、本当はエッチでいやらしい女の子なわけだよ、君は。嘘だと思うんなら、さっきの録音、もう一度聞かせてあげようか?」
 男のその言葉に反論することもできず、由香はただ唇を引き結んで、黙ってしまうしかなかった。自分の隙のせいで、とんでもない告白をしてしまったのは、もはや消しようのない事実なのだから。
「へへ、また黙っちゃったね。それにしても、俺の作品にそんなに感じてくれてたってわかって嬉しいよ。どうせオナニーもまだろくに知らないんだろう? これから色んな事をたっぷりと経験させてあげるから、楽しみにしておきなよ。次回までに、俺の送ったオナニーレッスンを参考にして、ちゃんとオナニーを練習しておくんだよ?」
「な、何を……そんなこと…するわけないし、する義理もないわっ!」
「うんうん、そうやって無駄な抵抗をするのがまた可愛いね。でも、俺にはこれがあるんだぜ? 今晩、君のご両親が帰ってきたら聞かせてあげようか? 可愛い娘の、恥ずかしい告白をさ」

 自分に対してオナニーを練習しておけ、という要求を簡単に言ってのける男に対し、せめてもの抵抗を試みた由香だが、憤慨したその抗議の声の直後に、自らのあの告白をまたも受話器を通して聞かされ、しかも親にそれを聞かせるぞ、と言われると、もう男に逆らう気持ちも完全に潰されてしまった。
「ほら、ちゃんと俺に約束しろよ。川原由香は、これから毎晩、あなたの作品を使ってオナニーを練習しておきます、って」
「ひ、ひどい…ぐすっ……か、川原…由香は……これから毎晩…あなたの…作品…ううっ…使って…お、お……オナニーを…練習…しておき…ます……うっ…うっ…」

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