染められる…
黒鉄:作

■ 5

 それから数日、由香は悶々とした日々を過ごしていた。あの男が何を考えているのか、何を自分にさせようとするのか…解答など出るはずのない質問を、昼となく夜となく、延々と自問自答して過ごしていくうちに、気分もふさぎ、両親からも具合が悪いのか、と聞かれる始末だった。せっかくの楽しいはずの夏休みなのに、由香にとっては生き地獄以外の何物でもなかった。自分のあの告白が、そしてあの行為が全て記録されていると思うと、それが暴露された時の恐ろしさに、震えおののくしかなかったのだ。
 そして、とうとう由香の恐れていた日がやってきた。朝、いつものように机に向かって勉強をしようとしていたその時、机の中にしまっておいたあの携帯が振動するのを感じたのだ。引き出しを開けて、その唸っている機械を取り上げてスイッチを押すと、不安でいっぱいの声で応えた。
「も、もしもし…川原ですが……」
「よお、元気にしてたか? これから俺の言う通りにしな。今日は生まれて初めての素敵な体験をさせてやるぜ。いいか、今から俺の言う通りにするんだ……」

 それから1時間後、由香は制服を着て、駅のホームに立っていた。男の指定した時刻にやってきた電車の、一番後ろの車両に乗り込む。車両には人がほとんど乗っていない。暗い表情のまま、由香は一番後ろの誰もいないボックス席の窓側に座った。そして、電車が発車するのを待ちながら、あの男の言葉を陰鬱とした気分で思い出していた。
「あの路線には有名な痴漢がいてな。学生しか狙わない。しかも、痴漢といえば満員電車が相場なんだが、その男は逆にがら空きの車両に一人で座っている女子学生に狙いをつけるんだ。お前はそいつに痴漢されても、決して逆らっちゃ駄目だ。なあに、そいつは結構紳士的でな、手は出しても、絶対に犯したりはしない。獲物の女子学生を自慢の腕で感じさせるのが楽しい、って変わり種でね。そいつの手口は……」
 ガタン…電車が動き出して数分後、扉の横の席に座っていた中年の男性が立ち上がり、由香の座っているボックス席の横に立った。スポーツ新聞を手に持ち、じっと値踏みするように由香を見つめた男は、がら空きの車内でわざわざ由香の横の席に腰を下ろした。
 この男だ…! いつもの由香なら、こんながら空きの車内で、わざわざ自分の横に座ってくる男など、気持ち悪くてすぐに席を立ち、別の席に移動しただろう。しかし、今日はあの男から、絶対に逃げないでその男の好きにさせろ、逃げたらお前のこれまでの全てを世間に晒してやる、と言われていたので、緊張に強ばった体をやや男から離れるようにずらしただけで、そのまま座っていた。

 由香が席を立たないのを見て、男はスポーツ新聞を大きく広げ、わざと卑猥な写真と記事の載っているページを開き、それを由香にも見えるように傾けた。そして、由香の耳元で小さな声で囁いた。
「お嬢ちゃん、中学生だろう? その半袖セーラー服、すごくいいねえ。ほら、この写真見てみなよ。女の人がいやらしい格好してるねえ。おじさんは、こういうのにすごく興味があるんだよ。お嬢ちゃんはどうかな?」
 その妙にざらざらした感じの声に、鳥肌がたつような嫌悪感を覚えながらも、席を立つことを許されない自分…由香にできるのは、唇を堅く結び、俯いて男の質問になんとか首を弱々しく左右に振るのみであった。
「ふうん、お嬢ちゃんは興味ないんだ? でもね、お嬢ちゃんみたいな真面目そうな子だって、エッチなことされたら、案外体は正直に反応したりするんだよね」
 男はそう言うと、スカートに包まれた由香の太腿に手を置いた。ビクッ…と軽く身を震わせる由香。しかし、それでも少女が逃げようとはしないのを見て、男の手はゆっくりと由香の胸元へと伸びてきた。白いセーラー服の生地の上から、その形と大きさを調べるかのように、男の手が何度も由香の胸の膨らみの上を撫で回す。

 生まれて初めて、他人に胸をまさぐられる…しかも、性欲の対象として。すぐにでもその手を払いのけたい衝動を必死にこらえながら、由香は聞こえるか聞こえないかの声で、その痴漢に対して懇願した。
「お、お願いです…私は、本当はこんなこと大嫌いなんです。でも…でもどうしても事情があってここにいるんです……ち、痴漢は犯罪行為なんですよ? 誰かに見られたら、おじさんは警察につかまるんですよ? だから…止めて下さい…お願い…」
 由香は数ヶ月前に一度、痴漢に遭遇したことがあった。しかし、おしりを撫でた手を感じた途端、すぐに後ろを振り向いて、「痴漢なんて最低な行為ですよ、止めて下さい!」と大きな声で毅然と言ってのけると、後ろにいたサラリーマン風の中年男は、ばつが悪そうにこそこそと逃げ去ってしまった。悪い男には、正しい事をきちんと言った方がいい、いつもそう考えていた由香だからこそ、今こうやって許されざる行為を自分が許してしまっていることに対して、自己嫌悪でいっぱいだった。

「ふうん、そうなんだ。じゃあ、すぐにお嬢ちゃんが警察を呼んだらいいだろう? ほら、今大声を出したら、向こうにいるおじさんが助けに来てくれるんじゃないかな?」
 由香の精一杯の抵抗をせせら笑うように、にやにや笑いながら男は由香の乳房をギュッ! と鷲掴みした。軽い痛みが胸を走り、うっ…と軽い呻きを上げて息を詰める由香。しかし、男が言うように、声をあげるわけにもいかず、顔を真っ赤にして俯くしかなかった。由香が抵抗しないのを見定めると、男はにじり寄って由香の体にぴったりと自分の体を寄り添わせ、可哀想な獲物を本格的に嬲りにかかる。
「大丈夫、おじさんは女の子をいい気持ちにさせてあげるのが好きなんだよ。お嬢ちゃんだって、おじさんの手ですぐに気持ち良くさせてあげるからね。それじゃまず、この邪魔なものをとっぱらっちまおうか」
 男の手が由香のセーラー服の胸当てのスナップを外していく。そして、その清楚な制服のV字に切れ込んだ襟元に指をかけると、くいっと前に引っ張った。そして、大きく空いた隙間から、制服の中に守られている由香の胸元をのぞき込むと、タンクトップの下に身につけた白いブラジャーと、その中に盛り上がっている胸肉とをじっと見つめた。由香は胸をいやらしい男に堂々と覗き見られることに、たまらない恥ずかしさを感じて、体が小刻みに震えてくるのを止めることができないでいた。
「おやおや、そんなに震えちゃって。よっぽど恥ずかしいんだね。でも、こんなのまだ序の口だよ、お嬢ちゃん。これからもっともっとエッチでいやらしいことをされるんだからね」

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