体罰
ドロップアウター:作

■ プロローグ1

 蛇口をひねると、水が勢いよく出てきます。ブラウスの袖が濡れないように気を付けて、私は手を洗いました。
 外は女の子達のおしゃべりでざわめいています。私は、こういう雰囲気が少し苦手です。意識はしていないけれど、それを避けたくてトイレに入ったのかもしれません。
 鏡を見ると、おさげが少し乱れています。たぶん、さっき体育でマット運動をしたせいだと思います。私は一度ゴムを外して、髪を結い直しました。
「きゃっ!」
 その時、急に肩をポンとたたかれて、私はびっくりしました。
「早苗、こんなところにいたんだ」
 振り返ると、私のクラスメイトで、部活動も一緒の蒼井久美さんが、いたずらっぽく笑っていました。
「蒼井さん・・・びっくりした・・・」
「もう・・・また蒼井さんって・・・ちゃんと久美って呼んでっていつも言ってるでしょ」
「うん・・・ごめんね」
 私は苦笑いで返しました。
 私は二ヶ月前、今の中学に転校してきたばかりなのです。私はどちらかというと内気な性格で、クラスに馴染むのはもう少し時間がかかりそうでした。
 蒼井さんは、そんな私をいつも気にかけてくれています。私と違って明るくさっぱりした性格で、少しうらやましく思います。それに、小柄な私と違って背も高くて、運動部に入っていないのがもったいないくらいです。
「早苗一人で何してるの?」
「うん・・・髪を直そうと思って」
「そっかぁ・・・じゃああたしもそうしようっと」
 蒼井さんは隣の洗面台に立って、櫛で髪をとかし始めました。私と違ってショートなので、髪を結い直す必要はありません。さっぱりしてていいなあ、と思いながら、私は蒼井さんの動作を見ていました。
 蒼井さんは髪をとかしながら言いました。
「早苗のおさげってかわいいよね」
「えっ、そうかな・・・」
「うん、すごいかわいい。なんか純朴って感じで、早苗に合ってる」
「そうかな・・・自分ではよく分からないけど・・・でも、ありがとう」
「ふふ・・・早苗もっと素直に喜べばいいのに」
「うん・・・でも、久美もさっぱりしてて爽やかでいいと思うよ」
「そう? 早苗にそう言われるとうれしいな。それに、やっと名前で呼んでくれたね」
 蒼井さんは本当にうれしそうに笑いました。
 私も、憧れている蒼井さんにほめられてうれしいかったです。
 でも、その気持ちは長くは続きませんでした。
 私は蒼井さんと一緒にトイレを出ました。
 蒼井さんはすぐに友達を見つけて、そこに駆け寄っていきました。
 その時、蒼井さんは私にこう言ったのです。
「じゃあ・・・放課後部活がんばろうね」
「・・・うん」
 その時たぶん、私の顔は少し曇っていました。
 蒼井さんと別れてから、私は部活動のこと考えていました。
 そして、とても憂うつな気持ちになりました。

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