体罰
ドロップアウター:作

■ 2

 この日の出来事は、何事もなければ、単にいくつものエピソードの中の一つとして、私の記憶に残るはずだったのです。
 何事も、なければ・・・。
  

 記録ノートを忘れたことに気付いた後、しばらく呆然としていました。そのうち、私は「あっ!」と思って、もう一度リュックの中を調べました。
 動作をやめると、ため息が出てきました。
「そんな・・・」
 私が忘れたのは、記録ノートだけではありませんでした。茶道の二冊のテキスト、各自で管理するように言われているちょっとした小道具。部活動に必要なものを、私は全て忘れてしまっていたのです。
「ウソ・・・やだ・・・もう・・・」
 私は机に顔を伏せました。
 本当に泣きたいです。でも、周りにクラスの子が何人もいるので、泣くわけにはいきません。私は、涙がこぼれ落ちそうになるのを必死でこらえました。


 私は、ようやく顔を上げました。
 このまま落ち込んでいても、どうしようもありません。
 私は、覚悟を決めようとしていました。
(もう・・・仕方ないよね・・・悪いのは・・・悪いのは・・・あたし・・・なんだし・・・)
 今回のことは、私の方にはっきりと落ち度があります。忘れ物には、言い訳のしようがありません。うっかり準備するのを忘れてしまった、それだけのことなのです。
(怖い・・・怖いよぉ・・・でも・・・これじゃあ何をされても・・・仕方・・・ないよね・・・)
 これから自分の身に何が起こるかを考えると、とても怖いです。でも、どんな罰を科されることになったとしても、原因は全て、私にあるのです。それだけは、認めなければなりません。
 私は教室を出て、深呼吸しました。
(先生に・・・何を言われても・・・何をされても・・・耐えるしか・・・ないよね・・・服・・・脱がされても・・・恥ずかしいけど・・・我慢・・・しよう)


 私は、廊下を歩き始めました。
 行き先は、職員室です。
(先生に謝りに行こう)
 私はそう決めていました。
 茶道部では、必要なものを持ってくるのを忘れるというのは、本当に大変なことです。体罰は関係なく、周りに迷惑をかけることになると思います。だから、自分にできるだけの反省を示さなくては、と思ったのです。
 でも、やっぱり怖いです。歩幅が自然と小さくなってしまっています。胸がドキドキして、少し息苦しい感じがします。
 廊下の角を曲がると、すぐに職員室の扉が見えました。
 途端に、足がすくみました。
(どうしよう・・・やっぱり・・・怖いよ・・・)
 私は両手で胸元を強く押さえました。胸がますますドキドキして、少し痛むような感じがしたのです。
 何とか自分を落ち着かせて、私は一歩一歩進んでいきました。
 ようやく扉の前に辿り着いて、私は扉に手をかけました。
(がんばれ・・・がんばれ・・・)
 私は、自分にそう言い聞かせました。
 そして、扉を思い切り左に引きました。
 私は、ビクッとしました。
 扉を開けた瞬間、先生方の視線が一斉にこっちに向けられたのです。それがまるで、私を睨んでいるように感じました。
「失礼・・・します」
 私の声は、少し震えていました。

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