体罰
ドロップアウター:作
■ 3
「何か用?」
手前の席に座っていた教頭先生が、私に声をかけました。
「はい。あの・・・佐伯先生にお話しがあって来ました」
「あ、そう。佐伯先生なら、奥の方にいるから」
「はい。ありがとうございます」
私は教頭先生に礼を言って、それから先生の座っているところへ向かいました。
私達茶道部の顧問は、佐伯絹代先生といいます。年齢は二十代後半とまだ若い先生なのですが、実は生徒指導も担当していて、とても怖い先生として生徒からは恐れられています。
佐伯先生は、入り口から見て奥側の席で、書類をチェックしていました。きれいな女性なのですが、紺一色の地味な服装が、近寄りがたい雰囲気をかもし出しているようです。
「佐伯先生・・・」
「蓮沼さん!」
私が言うより先に、佐伯先生が口を開きました。
「はい!」
私はビクッとしました。
「あなた、さっきの教頭先生へのお辞儀の仕方は何? 少し頭を下げただけじゃない。あんなのお辞儀って言わないわ。礼儀作法は普段の生活から心がけるようにっていつも言っているでしょう!」
「はい、すみませんでした・・・」
私はすっかり気圧されてしまいました。
「・・・で、何の用?」
「はい・・・実は・・・あの・・・」
ここまで来て、私はためらってしまいました。息苦しさが、さっきよりも増している気がします。声が、なかなか出てこないのです。
「一体何なの? はっきり言いなさい!」
「はい・・・あの・・・すみませんでした・・・」
「何が?」
私は、とうとう覚悟を決めました。
「ごめんなさい・・・あたし・・・部活に必要なもの、全部忘れてきてしまったんです!」
一度言い始めると、あとは勢いに任せて全部吐き出すことができました。
「本当に・・・すみませんでした」
私は、佐伯先生に深く頭を下げました。
佐伯先生は、しばらく何も言いませんでした。ただ黙って、私をじっと見つめているのです。
その沈黙が、私には余計に怖かったです。
やがて、佐伯先生は静かに口を開きました。
「・・・廊下で話をするから、先に出て待っていなさい」
「はい・・・」
私はもう一度先生に頭を下げて、きびすを返しました。
私が廊下に出ると、佐伯先生はすぐに後からついてきました。
「で・・・具体的に何を忘れたのか、ちゃんと言いなさい」
佐伯先生は淡々とした口調で言いました。
この頃になると、私も変な緊張が抜けていました。もう、どうにでもなれ、というような感じでした。
「はい。記録ノート、テキスト二冊、それから小道具の箱・・・です」
「あらら・・・本当に全部忘れちゃったの・・・」
先生はくすっと笑いました。
でも、それは一瞬のことでした。先生はすぐに、怖い顔になりました。
「あなた、一体どういうつもり? 必要なものを全部忘れてくるなんて、やる気がないっていうことかしら?」
「いいえ・・・そんなことはありません・・・」
「じゃあ、どうして忘れ物なんかするの!」
私は、前の晩のことを思い出しました。確か宿題が多く出されていて、それを終わらせるのに夜中までかかってしまったのです。終わった頃には本当にくたくたで、いつもは寝る前に準備をすませるけれど、その日に限って、準備もせずに寝てしまったのです。
朝起きるといつもより寝坊していました。だから、すごく慌てて準備しました。たぶん、それが忘れ物の原因だと思います。
でも、私はそれを言おうとは思いませんでした。言ったところで、罰が軽くなるとも思えません。それなら言い訳せずに、きちんと自分のあやまちを反省したかったのです。
「黙ってないで、何とか言ったらどうなの?」
佐伯先生は少し苛立っているようでした。
「先生の・・・おっしゃる通りです」
私はようやく口を開きました。
「私は、茶道への心構えが足りなかったんだと思います。だから、忘れ物なんてバカなこと、してしまったんだと思います」
私の言葉が意外だったのか、今度は佐伯先生が黙っていました。
しばらくして、佐伯先生は言いました。
「あなたなりに、反省はできているようね。でも、それで罰が軽くなるって思わないで。忘れ物をするというのは、本当に大変なことなんだから。覚悟、しなさい」
「・・・はい」
無意識のうちに、私は胸元に手をやっていました。
そして、佐伯先生は、私が一番恐れていた言葉を、冷淡な口調で言いました。
「あなたには、恥ずかしい思いをしてもらうから。それと、痛い思いもね・・・あなたも罰をするのは見てきているから、私の言葉の意味、分かるわよね?」
先生はそう言って、私を睨みつけました。
「は・・・はい」
私は素直に言いました。
「よろしくお願いします」
その言葉は、脱衣罰を受けることを自ら認める、ということを意味していました。
「ふっ、殊勝なお言葉だこと・・・具体的にどんなふうに罰を行うかはその時に言うから、それまで心の準備をしておきなさい」
佐伯先生はそう言い残して、職員室に引っ込みました。
一人取り残された私は、呆然と立ちつくしていました。
(やっぱり・・・受けることになるんだ・・・脱衣罰・・・)
私は、逃れることのできない運命を悟ったような気分でした。
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