体罰
ドロップアウター:作

■ 5

 ホームルームが終わってから、私は荷物をまとめ始めました。
「早苗、部活一緒に行こう!」
 いつの間にか、蒼井さんが私のそばに来ていました。
「うん・・・」
 私は、すぐに顔を上げることができませんでした。今顔を上げたら、私が憂うつな気分になっていることが、蒼井さんに分かってしまいます。憂うつなのがばれて、その理由を聞かれたら、何て答えたらいいのか分かりません。
「ごめんね・・・」
 私は何とか笑顔を作りました。
「あたし、ちょっと家庭科の先生に呼ばれてるから・・・家庭科室に・・・行かなきゃいけないの」
「そうなんだ。だったらあたしも一緒に・・・」
「ううん・・・すぐ終わるみたいだし・・・すぐ行けるから・・・蒼井さん先に行ってて」
 蒼井さんは少し怪訝そうな顔をしたのですが、「うん、分かった」とうなずいて教室を出て行きました。
 嘘をついてまで一人で部活動に行くことにしたのに、蒼井さんがいなくなると、急に心細くなりました。
 私は無言のまま、教科書やノートをリュックに詰め込みました。手が、少しだけ震えています。
 準備がすむと、私はリュックを背負って教室を出ました。
 恐怖も不安も全部、胸の奥底に無理やりに押し込んで・・・。


 茶道部は、空き教室に畳を敷き詰めた部屋で活動しています。部員は、一年生が私も入れて六人、二年生が九人の計十五人です。三年生は九月ですでに引退しています。
 廊下を上履きで歩くコツコツという自分の足音が、いつもより耳に響きました。部室へと向かう一歩一歩は、私が辛い体験をする場所に確実に近づいているということを思うと、とても怖くなりました。
 部室に入ると、私以外の部員はすでにみんな来ていて、準備を始めていました。
「こんにちは・・・遅くなりました」
 いつものようにあいさつをすると、「こんにちは」の返事が、いつものようにあちこちから返ってきます。
 私はリュックを置いて、上履きを脱いで畳の上に上がりました。
 いつものように、他の部員と一緒に部活動の準備をしました。もっとも、私がいつもの表情だったかは自信がありません。
 堀江先輩も当然いたのですが、なるべく目を合わせないようにしました。
 やがて、部活動の準備が全て整った、その時でした。
 部室のドアが開いて、佐伯先生が入ってきたのです。
 その瞬間、私は胸元が急にずきんと痛みました。
(いよいよ・・・なんだ・・・)
 罰が与えられる時は、もうすぐそこまで迫っていました。
(覚悟・・・しなきゃ・・・)
 私達はきちんと並んで、気をつけの姿勢で「こんにちは。よろしくお願いします」と一斉にあいさつをしました。
「こんにちは」
 佐伯先生はそう言うと・・・私の方を、ジロリと睨みました。
 そして、静かに口を開いたのです。
「蓮沼さん・・・前の方に来なさい」
 その瞬間、私はつばをごくんと飲みました。そして、全員の視線が集まる中、ゆっくりと前の方に進み出たのです。


「他のみんなは、腰を下ろしなさい」
 佐伯先生は、無表情のままで言いました。
「蓮沼さん、どうして呼ばれたか、分かってるわね?」
「・・・はい」
 心臓が「ドクン、ドクン」と鳴っているのが聞こえるような気がしました。
「どうして呼ばれたのか、他のみんなにも説明しなさい」
「・・・はい」
 とても息苦しくて、声を出すのがやっとでした。
 部員のみんながいる方を振り返って、私は、何とか声を絞り出しました。
「あたしは・・・あたしは・・・部活動に必要なものを・・・テキストも、ノートも、小道具セットも全部・・・忘れてきてしまったんです・・・」
 部員達の間からざわめきが起こりました。
 みんなの方を見ているのはすごく辛かったです。でも我慢して、顔を上げるようにしました。
「皆さんに・・・迷惑をかけてしまって・・・本当に・・・本当にすみませんでした!」
 私は深く頭を下げて詫びました。
 頭を下げてから、私はなかなか顔を上げることができませんでした。少しでもみんなの顔が見えなくなって、ほっとしてしまったのです。
「蓮沼さん、顔を上げなさい」
「はい・・・」
 先生に言われて、私はようやく頭を上げました。
「自分がしたこと、心から反省しているわね?」
「はい」
「これから、どんな罰でも、受ける覚悟はできているわね」
「・・・はい」
 少し声がかすれたけれど、私はきっぱりと返事しました。
 佐伯先生はかすかに笑みを浮かべて、言いました。
「それじゃあ、早速これから罰を受けてもらいます」
 その時私はもう一度、つばをごくんと飲みました。

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