売られた姉妹
横尾茂明:作

■ 売られて2

あれから二人の間には気まずい空気が流れていた…昨夜もオジサンが持ってきた服の取り合いで口喧嘩をしたところであった…。

襖越しに夕紀が小声で…「雅美遅いよ! 晩ご飯、台所に置いてあるから食べなさい」
「それから明日…静岡駅で9時にオジサンと待ち合わせだから…」
「雅美、寝坊したら黙っておいていくから」
「私…お風呂に行ってくるからね…」
と冷ややかに言った…。

その冷たい言いぐさを聞いて…お姉ちゃんどうしたの…と雅美は思う…。
あんなに優しかったお姉ちゃん…最近は私を見る目が冷たく光っているような気がして怖かった…またそれにもまして東京に売られていくという現実が雅美の胸を押しつぶしていた…今は正直姉に縋りたい想いだったのに…。

(私がしたことって…そんなにお姉ちゃんを傷つけたの……)
姉の変化…自分が何故か素直になれないこと…またオジサンの取り合い…それら諸々の想いが錯綜し雅美の頭は混乱していた。
(どうして…どうしてこんなに涙が出るの…)


次の朝…二人は静岡駅の新幹線改札口近くに立っていた…。
時計は八時40分を指しており…まだオジサンは来ていない。

改札を通る殆どの人々は姉妹の方を見て、少し驚いたような顔で通り過ぎていく…。
先程から姉妹も何となくそれに気づいてはいたが…原因は分からなかった…。

そんな折り…二人連れの男が通りかかり、姉妹を見て「おっ」という顔で近づいてきた。

男の一人が不躾に「静岡でサイン会でも有るんですか」と聞いてきた…。
姉妹は何のことか分からず「ハイ?」と問う…。
言った男が夕紀をまじまじと見て「…あっ、ごめんなさい間違えました…女優の長澤さんとばかり思いまして…我々はカメラマンなんですが今日はこちらで撮影会が有りましてね」

「しかし…素人の方達とはねー…いや本当に驚きました…」

二人の男は再度姉妹をしげしげと見、感嘆顔で頭を下げ…振り返りながら惜しそうな顔で出口に消えた。

姉妹はようやく理解した…佐伯があつらえたトレンドファションに身を包み、濃いめにメークをした自分たちが女優の誰かに似ているということを…。

二人は嬉しい気分に揺れる…今までこんなに着飾ったことはなく…ましてやこんな大人っぽいメークも初めての経験だった、周囲の人々全員が二人を見て驚く顔はあの風呂屋でじろじろ見つめる嫉妬顔のおばさん達と同一と感じ…暫しの優越感に浸る姉妹だった。

先程来より佐伯は人混みに紛れ、姉妹を遠くから観察していた…。
(やっぱり思った通り…あの二人はすげーや…しかしクラブ純のチイママに服を選んでもらったのは正解だったよなー)

確かに遠目から見ても…姉妹にはオーラが掛かったように目映く華やいで見えた…その気品と愛らしさは下手なタレントなど足下にも及ばないと感じさせるものを持っていた…。

(この姉妹をみたら藤井のオヤジ…きっと腰を抜かすぜ…クククッ)

昼前に三人は東京駅に着いた、姉妹は東京が初めてのせいか…きょろきょろと辺りを物珍しく眺め、はしゃぎ顔で足早に歩く。

北口側に出て、地下を通って新丸ビルに入る…姉妹は依然とはしゃぎながら各階のショップに見とれ今度はゆっくりとジグザグに歩く…佐伯はイライラするがここは我慢とばかり渋面を隠して姉妹の後に従う…。
5階のフロアーにようやくたどり着いたとき、時計を見たらもう12時を回っていた…。

「お前ら…何が食べたい?」と姉妹に聞く…佐伯は初めから回答は求めてはいなかったが…案の定…オジサンのいいものでと回答、イタメシにするかと独り言の様に言い…イタリアンレストランに入る、それはただ人が並んでいなかっただけの理由であるが…。

姉妹にとってイタリヤ料理と言えば出てくるものはスパゲティとばかり思っていたところ…予想があまりにも外れ、見たこともない豪華な料理に目を丸くした。

佐伯は意地悪く、イタリヤ料理を食べるときはこれを飲みながら食べるもんだぞと言いながら二人のグラスにキャンティワインを注いだ。

二人はそんなものかと疑いもせずグラスを飲み干す…会計を済ませ店を出るときには二人とも足下がおぼつかず佐伯は逆に後悔する…。

3階の窓側のフロアーで小一時間ほどソファーに座って酔いを覚ます。
その間にも通り過ぎる若者達が姉妹の方を好奇な目で見て通り過ぎる…中には近づこうとして隣りに座るやくざな風貌の佐伯に気付き…慌てて通り過ぎて行った。

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