内側の世界
天乃大智:作

■ 第5章 別れ5

その時、突然、アパートのアルミサッシのガラスが、爆発した。
ガラスが、大きく内側に撓(たわ)んで粉々に砕け散った。
ガラスの破片が、鋭い凶器となって僕に襲い掛かって来た。
腕を顔の前に挙げ、目を守ろうとした。
その瞬間が、長い時間に感じられた。
三角形のガラスの破片が、僕目指して飛んでくる。
かなり大きな破片も有る。
その時、僕の体が燐光(りんこう)を帯びた。
光は、僕の首に掛かったネックレスの鏡から出ていた。
蛇が鎌首をもたげる様に、鏡の部分が、持ち上がっていた。
その鏡を中心に、球体の輪が広がった。
光の輪であった。
その輪が、僕を包み込む。
ガラスの鋭い破片が、球体の輪に当たって粉々に砕けた。
巨大な悪魔の赤黒い手が、割れた窓から、ぬっと突き出された。
金色の角が、目に焼きついた。
大きな赤い悪魔であった。
人間の二倍の大きさがある。
赤い瞳は、憎悪の炎に燃え、大きく裂けた口からは黄色い牙が、食み出していた。
気付くと、僕はきよしちゃんに、抱きかかえられ、窓を突き破っていた。
母さんの悲鳴が、聞こえた。
母さんは物音に気付き、キッチンから出て来たのである。
僕も、叫び返した。
外に出て、ベランダを見下ろした。
巨大な赤い悪魔が、下半身をベランダに出し、蝙蝠の様な翼を広げている。
同じ位大きな悪魔が、その悪魔の尻尾を掴んでいた。
後ろの悪魔は、黒い肉体をしていた。
三本の角が、少し短い目の金髪オールバックから大きく弧を描いて伸びていた。
牡牛の様な角であった。
額に深い縦皺を刻み、眉を吊り上げている。
白人の様に高い鼻の下には、無精髭が生えている。
右足を前に出し、左足を引いて、全身に力を入れている。
全身の黒い筋肉が、瘤となって盛り上がる。
神木の様な太い腕であった。
岩場から切り出した原石を荒削りに作り上げた、そんな肉体であった。
鋼鉄の鎧をまとった様な筋肉であった。
凄まじい肉厚が、ある。
“気”が、満ち溢れていた。
黒い悪魔が、赤い悪魔の尻尾を、思い切り引っ張る。
木造総二階建てのアパートの二階の軒先に、頭が閊(つか)えそうであった。
轟轟(ごうごう)と雄叫びを上げた。
まるで怪獣であった。
黒い悪魔が、赤い悪魔を引き摺り出した。
赤い悪魔は、片手で母さんを抱えていた。
母さんは、大きく口を開け、絶叫している。
 僕は、力の限り、きよしちゃんの腕を振り払おうとしたが、びくともしなかった。
足をじたばたさせても、全く効果がなかった。
僕は、怒りに支配されていた。
それじゃあ、奥の手だ。
手を重ね合わせて、きよしちゃんに向けた。
掌に気力を貯めて、一気に押し出した。
手が、光り輝いた。
その瞬間、またもや、きよしちゃんは消えた。
そして、掌から光線が迸(ほとばし)り出た。
その光線は、きよしちゃんが居た空間を突き抜けて、遥か彼方へ消え去った。
我ながら吃驚したが、自分が落下し始めて、もっと吃驚した。
頭から真っ直ぐに地面目掛けて落ちて行く。
僕のアパートが、見えた。
赤い悪魔に捕まった母さんが、大きく目を開けているのが見える。
母さんは、激しく両手を振っていた。
何か大声で叫んでいる。
母さんの掌が合わさって、顔を覆い隠す。
僕には、聞えない。
僕は、悲しかった。
無力な自分に、腹が立った。
不思議と恐怖は感じなかった。

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