優等生の秘密
アサト:作

■ 1

 仲原貢太は私立進学校の2年生で、特進クラスに所属していた。だが、貢太自身に有名大学へ進学する意志はなかった。ただ、親の意向で無理矢理特進クラスに入れられたのである。そのため、週に一回行われる実力テストの成績は、いつもクラスで最下位だった。
 教師達からは、このままでは特進クラスから、普通クラスに変わってもらわざるをえない、とまで言われてしまったが、貢太はそれでもいいと考えていた。普通クラスにいる友人達は、一応受験勉強はしているものの、常に鞭で打たれているような特進クラスから比べたら天国だった。
(あー、マジで今回0点取ってみようかなぁ……)
 貢太は、本気でそんな事を考えながら、名前しか書いていないテスト用紙と、ホワイトボードの上に掛けられている時計とを交互に見つめていた。テストが始まってから、既に25分が経過している。30分経過すれば、問題を解き終わっていたなら退室してもかまわない決まりだ。
(今回、どっちが早く出るかな……)
 貢太が目をやったのは、クラスで常に1位と2位を争っている二人、真田京介と、辻野聡子だった。どちらも整った顔立ちで、異性からの人気を集める存在ではあったが、口数は少なく、常にクールな態度を貫いているため、近寄りがたい存在であった。
 二人はいつも、問題を解くスピードが早く、いつも30分経過すると同時に席を立っていた。開始10分で全ての問題を解き終えるという噂さえ流れていた。最初の方は1分ほど差がついていたのだが、最近は二人の席を立つタイミングはほぼ同時になってきている。
 1年の時の最初のテストで、あまりにも早く、そして正確に解答してしまったため、二人とも教師から、カンニングをしているのではないかという疑いをかけられたほどだった。だが二人は、教師数人に囲まれた状況で行われた再テストで、見事にその疑いを晴らしたのだ。

「30分経過。」
 試験監督の教師が言った直後、二人が立ち上がった。
(同時か……)
 貢太は立ち上がった二人を見た。どちらの表情も少し悔しそうだ。
(もしかして、競い合ってんのか?)
 表向きには二人とも、自分以外の人間に興味も関心もなさそうだ。だが、さっきの表情を見るかぎり、二人はどうやらお互いをライバル視しているようだ。
(ま、どうでもいいか。)
 貢太は二人のことなど忘れて、再び白紙のテスト用紙に目をやった。問題が解けないわけではない。真面目に取り組みさえすれば、貢太もクラスで上位に入る実力があった。だが、これ以上特進クラスに居続けたい理由はない。自分がいくら嫌だと言っても、特進クラスに入らなければいけないとヒステリックに怒鳴り続けた母親も、成績を理由に普通クラスへ移動させられるとなれば文句は言えまい。
(けど、さすがに0点はまずいよな……基礎も何も分かってないと、普通クラスにも入れてもらえないかもなぁ……)
 貢太はしぶしぶテスト用紙に記入を始めた。半分ほど書き終えたところで、テスト終了を告げるチャイムが鳴った。

「仲原、ちょっといいか?」
 放課後、帰りの支度をしていた貢太を、担任の梶原が呼び止めた。定年までもうあと数年という年齢ではあるが、すらりとした長身で、若い頃はなかなかハンサムだったのではないか、という顔立ちで、女子生徒や女性教師、そして保護者からも人気のある教師である。
「何ですか?」
「進路のことで、ちょっと相談がある。生徒指導室にきてくれないか?」
「……わかりました。」
 貢太はしぶしぶ承諾し、教科書類を詰め込んだデイパックを背負った。

 生徒指導室は狭く、窓が少ないため、明かりをつけないと昼でも薄暗い部屋だった。幽霊が出るだとか、昔、若い男性教師に女子生徒が連れ込まれて乱暴されたなどと、あらぬ噂が立つのも妙に納得ができる部屋だ。補導された経験のある者は、警察の取調室とタメをはる狭さと言っていた。
「仲原、本当は、特進クラス辞めたいんじゃないのか?」
「……そんなことは……ない、です。」
 なんで、分かるんだろう。その言葉を飲み込んで、曖昧に返事をする。辞めたいと担任に話した事が母親にばれれば、家にいる間中、あの耳障りな怒鳴り声を聞く羽目になる。父親は、いつも無関心だから助けてなどくれない。母親を怒らせるなと、苛立った態度でソファにもたれかかっているだけだ。

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