優等生の秘密
アサト:作

■ 45

 貢太が退学になって、半年ほどが過ぎた。夏美は特進クラスの授業にも難なくついていき、貢太と聡子のいなくなった特進クラスで、常に加藤と2位を争っていた。そして、加藤との関係も少しずつではあるが変化してきていた。
「ん……加藤、君……っ!」
 放課後の教室で、加藤に組み敷かれ、夏美は切ない喘ぎ声を上げていた。貢太が聡子を妊娠させてしまった後、一時期は放課後の見回りや、男女交際に関しての教師の目が厳しくなったが、それも今ではすっかり元に戻ってしまっている。
「倉敷……っ!」
 薄いゴム一枚隔てての交わりであったが、二人にはそれで十分だった。加藤の太い腕が夏美の華奢な身体を抱きすくめ、グロテスクな造形を容赦なく、夏美の濡れそぼった蜜壺に押し込む。その度に、襞の一枚一枚を擦り上げられる感覚に、夏美は歓喜の声を上げていた。
「あ、あぁあっ……! わ、私……イッちゃうぅっ……!!」
 加藤の腰に回された、夏美のすらりと伸びた脚が、加藤の身体を抱きしめるかのように押さえつける。そして、次の瞬間、身体を芯から震わせながら、夏美は絶頂に達した。
「あ、あ、あぁああーーーーっ!!!」
「おぉっ……!!」
 その小刻みな収縮に、加藤もまた絶頂に導かれる。激しく脈打つ幹から、樹液が迸る。そのまま力なく夏美に覆いかぶさり、しばらく床の冷たさと、それとは対照的に熱い夏美の身体、そして、お互いの心音を感じる。
「……倉敷。俺は、お前が……」
「お願い、まだ、言わないで……」
 夏美の細い指が、加藤の唇に軽く触れた。そうされると、加藤は何も言えなくなる。困ったように微笑んで夏美を抱きしめた。
「……あんなバカでも、私の初恋で、初めての相手だもん……」
「まだ、吹っ切れないか。」
 加藤は小さくため息をついた。こんな風に、身体を重ねられるようになっても、まだ夏美は貢太を忘れられないでいる。その事実に、加藤は言い尽くせぬほどの敗北感を覚えていた。
「ごめんね……」
「……いや、かまわない。」
 加藤はそう言って、夏美の額に軽く口付けした。自分も同じだ、初めて会った日からずっと、他の女など目に入らなくなっている自分が居る。どんなに他へ目を向けようとしても、そうすればするほど、出来ない自分に気付く。加藤は心の中で呟いて、再び夏美の身体が壊れてしまうほど強く抱きすくめた。

 夕焼け色に染まる道を、加藤と夏美は肩を並べ、ゆっくりと歩いて帰る。以前ならば、考えられないことだった。
「志望校、入れそうか?」
「うん、今のままだったら問題ないって、梶原先生言ってた。」
「そうか。」
 加藤は優しい笑みを顔にたたえると、夏美の髪をくしゃくしゃと撫でた。このところ勉強ばかりで、美容院に行く暇もないのだろう。夏美の髪は以前より少し長くなっていたが、ボーイッシュな中にも女らしさがある髪型になっていて、夏美によく似合っている。
 夕陽に照らされて赤くなっていた夏美の頬が、また一段と赤くなった。
「じゃあ、また明日ね。」
「あぁ。」
 挨拶を交わして、周りに人がいないことを確認すると、二人は軽く口付けを交わした。そして、少し名残惜しそうに見つめ合った後、別々の方向に歩き始めた。加藤と別れて歩く時間は、ほんの5分程度だ。だが、もうじき住宅街に太陽が隠れてしまう。夏美は少しだけ歩調を速めて、家路を急いだ。
 だが、その足は家まで後少しというところで止まった。貢太の家の前に、貢太と、もう一人髪の長い女が一緒に立っていたのだ。あれから、貢太を避けるように生活してきただけに、貢太に気付かれたらどう接していいか分からない。貢太に気付かれる前に、家に入るべきか考えていると、貢太と一緒に居た女がこちらに気付いた。
「あら、お久しぶりね。」
 微笑みながらそう言った女は、聡子だった。パステルカラーのワンピースは、マタニティドレスだろうか。少し目立ってきたお腹に負担をかけないようなデザインになっている。
「聡子、さん……どうして、貢太と一緒に……?」
 動揺で、声が震える。どうして、平気で会えるのだ。自分をレイプして、妊娠させて、自分が進むはずだった未来を断った男と。そんな夏美の動揺を察したのか、ゆっくりと聡子は夏美に近づいてきた。
「彼に、話があったの。だから、会った。それだけよ。」
「話って……」
 夏美の中で、聡子の声が反響する。妊娠させられた女が男にする話といえば、一つぐらいしか夏美には思い当たらなかったのだ。
「安心して。私、彼に責任とってもらおうなんて考えてないわ。」
 そう言って微笑む彼女の表情に、嘘はなかった。
「じゃあ、どうして……」
「まだ、話せない。」
 口を開いたのは貢太だった。気まずいのか、夏美とはなるべく目をあわさないよう、少し俯き加減になっている。
「……そうね。まだ、早いわね。時期が来れば必ず話すわ。貴女も、巻き込んでしまった人間の一人だから。」
 聡子はそう言って、少しだけ俯いた。低い位置まで落ちてきた夕陽が、彼女の顔に鮮やかな陰影をつける。その愁いを帯びた表情に、夏美は思わず息を飲んだ。
「貴女が、無事にあの学校を卒業できたら、その時は全てを話すわ。この子も産まれているし。」
 そう言って、聡子は優しく自分のお腹に触れた。その表情は、聖母を連想させる、慈愛に満ちたものだった。
 そのお腹の中に、貢太の遺伝子を引く子供が。そう思うと、夏美の胸は締め付けられたように苦しくなった。
「……そろそろ、帰らないと。今日、ここで会った事は誰にも言わないで。お願い。」
 聡子はそう言って、夏美の手を軽く握った。その手は、柔らかく、温かかった。その温もりに、夏美は心の苦しさが少し紛らわされたような、そんな不思議な感覚を覚えていた。
「分かったわ。聡子さんにも、事情があるんでしょう? 大丈夫、誰にも話さないから。」
「ありがとう。」
 聡子はそう言って、安堵したように微笑んだ。その笑顔は、今までのイメージとは違う、年相応の輝きを持ったものだった。

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