優等生の秘密
アサト:作

■ 46

 聡子の姿が見えなくなってから、貢太と夏美はしばらくその場にたたずんでいた。このまま何事も無かったかのように自分の家に入ってしまえば、もう本当に以前のような関係に戻る足がかりさえ失ってしまうような、そんな感覚が二人を包んでいた。
「ねぇ……」
「なぁ……」
 二人は同時に口を開いた。その事が妙に可笑しく、二人は思わず笑い出してしまった。そうして、しばらく笑っているうちに、夏美が口を開いた。
「あぁもう、貢太から先に言って。」
「あぁ、分かったよ。」
 貢太はそう言って、小さくため息を一つついた。
「俺、大検受けて、大学受験する事にしたよ。」
 貢太は真っ直ぐに夏美を見つめて言った。久しく見る事のなかった、貢太の真剣な表情に、夏美の胸は高鳴っていた。
「それ、本当?」
「あぁ。いつまでも、こんなところで立ち止まってるわけにはいかないって思ったから。」
 貢太はそう言って、にっこりと微笑んだ。その笑顔に、夏美は涙が溢れ出しそうになるのを必死で抑えていた。
「夏美……あの時、ひどいことして、ごめん。」
 貢太のこの一言で、夏美が必死で堪えていたものがあふれ出した。
「バカ……!」
 ぽろぽろと涙をこぼしながら自分の胸に寄りかかる夏美に、貢太は困惑していた。また、何かまずいことを言ってしまったのだろうか。そう思うとどうしていいか分からず、ただ泣きじゃくる夏美の肩をそっと抱くことしか出来なかった。

 そのまま外で泣き続けるわけにもいかず、夏美は涙を流しながらも貢太を自室へと招き入れていた。それでもしばらく涙は止まらず、貢太は所在無く立ち尽くしてしまっていた。
「ごめん、ごめんね……」
「な、なんで夏美が謝るんだよ……」
 ようやく涙が止まった夏美に、貢太はそっと寄り添った。夏美はそれが嬉しくて、貢太の肩に頭を預け、甘えるような仕草を見せた。
「……貢太が、前向きに頑張ろうとしてるのが、嬉しくて……涙出ちゃった。」
「夏美……」
 あれだけひどい事をしたにもかかわらず、自分の事を気に掛けてくれていた夏美を、貢太はたまらなく愛しく感じていた。夏美の肩を抱く手に、思わず力が篭る。夏美は嬉しそうな表情で貢太を見つめていたが、ふいにその表情が曇った。
「ねぇ、大学受験するって決めたのは、やっぱり、聡子さんと会って何か話したから?」
 その問いに、貢太の表情も強張った。
「……あぁ。けど、まだ、詳しいことは話せない。」
「そっか……」
 再び暗い雰囲気が二人を包む。だが、貢太がすぐに口を開いた。
「でも、夏美が高校卒業したら、必ず話す。約束する。」
 貢太はそう言って、自分の小指を夏美の方に差し出した。そのあまりにも幼くて、古典的な方法に、夏美は思わず顔をほころばせてしまう。
「分かった。」
 そして、夏美は差し出された小指に自分の小指を絡めた。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊