優等生の秘密
アサト:作

■ 52

 それから程無くして、聡子は退学の手続きをした。京介は今まで通り学校へ通い、学年末のテストでもやはり一位を取り、最後の学年へ悠々と進級した。
そして、月日は流れた。最初こそ近所からの好奇の目に曝されはしたが、聡子は母親や京介の支えでそれを乗り切り、平穏に暮らしていた。悪阻もさほどひどくはなく、お腹の子も順調に育っていた。
 そんなある日、聡子は他人の目を避けるかのように出かける京介の姿を目にしてしまった。不審に思った聡子は、悟られないようにその後をつけた。商店街の入り組んだ路地を進み、京介が向かったのは、数年前に潰れて空き家になっている商店だった。
 軋むドアを開けて中に入った京介は、しっかりとそのドアを閉めた。聡子はドアを開けたらばれると思い、店の裏手に回り、京介の様子が探れる場所がないか探した。
「……今、受験勉強で忙しいんだ。呼び出すタイミングも考えてくれないか?」
 ふいに、京介の声が聞こえた。聡子は慌てて身を隠し、耳を済ませた。
「まだそんな偉そうなことを口にできるとはねぇ……自分の立場、分かってんのか?」
 聡子はその声に、身を強張らせた。忘れるはずもない、その声は、俊樹の声だったのだ。
(なんで、京介がアイツと……?)
 レイプされた時の恐怖が、聡子の身体を小刻みに震わせていた。その震えで、京介達に見つかってしまうのではないかと、聡子は気が気ではなかった。
「……望みどおり、退学させてやっただろう? それに、しばらく遊ぶ金も渡した。」
「退学の件は感謝してるよ。でもなぁ、お金足りなくなったんだよねぇ……」
 わざと粘着質な口調で、俊樹は京介に言い寄った。京介が、小さくため息をついたのが聞こえた。
「ばらしちゃっていいのかなぁ? お前が、自分の親と聡子ちゃんの親が再婚するのを止めるために、聡子ちゃん妊娠させて、自分の嫁さんにしたって事。」
 俊樹の言葉に、聡子は自分の耳を疑った。
「さらに、それ隠すために、俺と貢太に聡子ちゃんをレイプさせて、隠れ蓑もばっちり確保したんだっけ?」
 その言葉に、聡子は自分の中にある京介への愛情が、急速に冷めていくのを感じていた。
「あれ、いつだったっけ? あぁ、そうそう、俺が乱交パーティー覗いちゃった時か。夕方、いきなり俺を呼び出して、『来週の勉強会で聡子を犯せ』だっけ? あれマジでびびったぜ?」
(……嘘……嘘よね? 京介……?)
 聡子はさっきから黙ったままの京介が喋るのを待った。
「親同士が再婚して、聡子が義理の妹になるなんて、耐えれなかったからな。」
 淡々とした口調で京介は言って、またため息をついた。その言葉に、聡子は京介に対する想いの全てが、音を立てて崩れ去っていくのを感じていた。
「んで、そればらしちゃっていいの? 学校とか、聡子ちゃんとかに……」
「……まるでハイエナだな。」
 京介は舌打ちをしながらも、俊樹に金を渡したようだった。
「そうそう、こうこなくっちゃ。感謝してるぜ? 優等生さん。」
 上機嫌な俊樹の声が聞こえてきた。

「そうか……それで、俊樹、最近金回りが……」
 貢太は、驚きと、京介に対する怒りで自分の腕が微かに震えているのを感じていた。その手に、聡子がそっと自分の手を重ねる。
「……そうよ。私達には隠してるつもりみたいだけどね。」
 聡子はそう言って、小さくため息をついた。あれ以来、聡子は京介の前で平静を装って生活していた。幸い、京介は聡子の変化に気付いておらず、受験に向けて勉強を続けていた。
「……でも、なんで真田は、俊樹に対して『退学させてやった』なんて言ったんだ? そんなの、まるで先生みたいな言い方じゃないか。」
「あら、貴方知らなかったの?」
 貢太の言葉に、聡子は目を丸くした。貢太は聡子が驚いている理由が分からず、首を傾げた。
「京介のお祖父さんは、理事長なのよ。」
「な……っ!?」
「京介は、理事長から直々に、次の理事長に指名されているわ。」
 貢太は、自分の中でばらばらになっていたパズルのピースが、かっちりと合わさるような感覚を覚えていた。
「そうか、だから、休日に自由に学校の施設を使えたのか……」
「そう。そして、学校の評価を上げるために、学校にとって不要な人間を切り捨てたのよ。」
 聡子の言葉に、貢太は強い衝撃を受けた。自分が学校にとって不要だったと言う事実に、愕然とした。そんな貢太の様子を察したのか、聡子はゆっくりと口を開いた。
「貴方は、違うの。貴方は、京介にとって目障りだったから、巻き込まれてしまったのよ……」
「どういう、事だ……?」
 困惑する貢太に、聡子は再び、ゆっくりと話し始めた。

「理事長は、ここ数年、特進クラスでの成績の低迷と、普通クラスの荒れ様に悩んでいたの。」
「それは、なんとなく知ってる。理事長だけじゃなくて、先生たちも気にしてたし……」
 貢太はそこまで言って、自分がその一員だったことを思い出し、すこし恥ずかしさを覚えた。
「それで、京介は手始めに、貴方の成績を上げることを思いついた。」
 聡子はそう言って、貢太の顔をじっと見つめた。貢太は、思わず頬を赤らめてしまう。
「でも、予定外の事が起こったわ。」
「……俺の成績が、あいつの予想以上に上がったって事か?」
 聡子は無言で頷いた。その表情はとても暗く、今にも泣き出してしまいそうなものだった。
「……それで、自分の目の前で辻野を抱かれるのが嫌で……」
「だったら良かったんだけど、違うわ。もしそうだったら、私を貴方達に襲わせたりしてないでしょう?」
 聡子の言う通りだった。現に、俊樹は京介の命令を受けて、貢太に聡子を襲うように持ち掛けたのだ。
「京介はね……自分が一位の座から引き摺り下ろされるかもしれないって、恐怖を覚えたのよ。」
「それだけ……なのか? たったそれだけで、俺達を利用して……!?」
 かっとなり、声を荒げる貢太に、聡子は悲しげに頷いた。貢太は信じられなかった。たったそれだけのために、京介の掌の上で踊らされていたと言う事が、この上なく屈辱だった。
「だから、私は、京介に復讐したいの。」
 聡子の冷たい声に、貢太は熱くなった頭が一瞬で冷めてしまった。それだけ、その声には怒りが篭っていたのだ。
「でも、貴方が協力できないって言うなら、私は復讐を諦めるわ。」
「辻野……」
 思いつめた表情の聡子に、貢太は協力できないなど言える筈もなかった。貢太自身、京介にコケにされたまま終わりたくないというのが本音だった。
「勿論協力する。でも、生半可なやり方じゃ、あいつに感づかれる。」
「当然分かってるわ。私を誰だと思っているの?」
 聡子の表情に、かつての妖艶さと冷たさが戻っていた。その自信に満ちた表情に、貢太はついつい安心してしまう。
「たっぷり時間をかけて、京介を追い詰めましょう。」
 聡子はそう言って、貢太に口付けをした。それが合図であったかのように貢太は聡子を抱きしめると、彼女をベッドに運び、横たわらせた。

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