2009.05.09.

歯  型
01
田蛇bTack



■ 1

≪第一話≫

「私の右胸には、今も消えない歯型がある」

修学旅行は二週間後まで迫っていた。憧れのJ女子学園高校に入学して以来、ずっと楽しみにしていたはずの修学旅行。
けれど、どうしてもイヤなものがある。それは、集団風呂……。

女子は、男子たちと違って、露骨に体の部位を比べたりとかはしない。
けれどもすばやい視線でほかの女生徒の体を見るのだ。

胸が発達している子、少し太っている子、足の長い子…
とにかく、お風呂からあがった時点で、一緒にはいっていた人全員の体を見切れていない人のほうがすくないんじゃないかと思う。
それぐらい、女子はほかの女子のカラダに敏感なのだ。

そんな中で、私の体に異変を感じない人なんて、いないだろう。
私は、お風呂をあがった瞬間、噂の絶好の餌食になるに決まっている。
ひそひそ、ひそひそ…。

いやだな…。

…なぜ、胸に歯型があるかって?
それは、親友にも言えない。昔、インターネットサイトでだけ少し話したことあるけれど、こんなにはっきりと一部始終を話すのは、これを見ているみなさんが最初です。

…あれは、私が小学校5年生の時でした。日付もしっかり覚えています。
9月27日。心地よい秋風の吹く夕方のことでした。
その日はなかなかバスが来なくて、通っていた水泳教室から自宅へ疲れた体をひきずって歩いていました。
途中で通るのは、高い草がぼうぼうに生えた空き地。いつも通りなれているのに、その日に限って違和感があって、やがて不気味な足跡がうしろからついてきた。

ざっ…ざっ…ざ

あまりに不気味だったので振り返りたくなかった。でも、怖い…。
おそるおそる振り返ると、その瞬間に、黒い塊が飛びかかってきた。

ザァーーッ!!
草がなぎたおされる音と一緒に、私は空を見た。
地面にたたきつけられ、痛む頭を起こし、そこに見えたのは、私の上に乗っている、超がつきそうなほどの大型犬だった。

長く赤い舌をだらりとたらし、よだれが私のお気に入りのワンピースを汚している。私は声をあげようと肺いっぱいに息を吸い込んだ。
が、叫ぶ前に、犬は私のワンピースを食い破りだした。まだブラジャーなんてものをつけていなかった私は、一瞬でパンツ一枚の状態になった。

抵抗するに抵抗できない。抵抗すれば頭を噛み砕かれそうだった。
私は声も出さず冷たい涙をとどめなく流し、されるがままにされた。

少し広げてあった無防備な足の間を犬の足が割り込む。私が全身を震わせていると、犬は私の股間に舌を這わせた。
「あう…!!!!!」
今のがなにかわからなかったが、とにかく体に電気ショックを与えられたような刺激だった。電気ショックの後はどんどん体が熱をおびはじめる。
不思議な感覚に酔ったのもつかの間、今度は脳天に雷が落ちたような痛みが走った。

…何かが入っている。熱い…痛い…苦しい。。
自分の小麦色に焼けた肌に垂れ続ける冷たい唾液。
あの時に見上げた空はにくらしいほど美しかった。

パァーン!!!

やがて響いた銃声に超大型犬は驚いたのか、私の上から消えた。
残された私の顔は泥と涙でぐちゃぐちゃになっていたと思う。
破れてしまったワンピースを懸命に体にまとわりつかせて、その日は泣く泣く家に帰った。


≪第二話≫

「さーやーか!! 何よ、ぼけっとしちゃって」
親友の里奈の声ではたと気づいた。
そうだ、今、修学旅行の班行動の予定を決めていたんだよね。

「ハ、ハウステンボスとか行きたい…かな?」
あわてて隠したけれど、二年間ずっと一緒にいる里奈はすぐに見破ってきた。

「さては、ヒロ君のこと、考えてたなぁ!」
「ちょっと…ちがっ!!!」

ヒロ君は、中学時代の同級生。ずっと好きだったけれど、片思いのままそれぞれ違う高校に行ってしまった。
きっと私も男女共学の高校に通っていたら、今頃新しい恋をして、ヒロ君のことなんて忘れていたに違いないのだけど。

「はぁ、さやかはいいなぁ…私も恋したいなぁ…」
…ここは女子高。恋をするきっかけなんて、ほとんどないに等しかった。

「ちょっとぉ、誰? ヒロ君って…。今度の修学旅行の夜、その話、楽しみにしているからね!」
同じ班の他の友達が急に騒ぎたて、なんだか複雑な気分になった。

あぁ…。お風呂さえなければ修学旅行めっちゃ楽しみなのになぁ…。

「さやかー!」
大きなボストンバックを抱えて里奈が走ってきた。

「飛行機まで時間あるからおみやげ屋さん見ない?」
「え? 羽田で買う必要ないじゃん!」
相変わらず明るくボケている里奈に救われた。羽田のおみやげもなかなかいいものがたくさんあった。

「人形焼きなんて、東京人誰も食べないのに、なんでおみやげとして売られてるんだろうね」
「だって京都の人だって八つ橋ばっかり食べてるわけじゃないでしょ」
「うーん、そんなもんかぁ…」

「おーいさやかー、里奈―、集合時間だよー」
あっという間に飛行機は離陸した。横浜と東京が一緒に見える。雲を抜けるとそこには富士山だけがどっしりと構えていた。
さっきまでおおはしゃぎだった里奈は、すやすやねむってしまっている。私はそんな里奈とはうらはらに、眠ることなんてできやしなかった。

お風呂のことが頭から離れない。
お風呂からあがって、もし誰かが私のカラダについて耳打ちをしていたら……。

来てほしくないと切望する時間というものはすぐにやってくる。
修学旅行一日目はあっという間にお風呂の時間になった。

「さやかー、お風呂入ろうよ!」
「あ、、、え、、、」
「どうしたの?」

困った。絶対に入りたくない。
頭を一瞬でフル回転させた私は、苦し紛れな言い訳を思いついた。

「せ、生理なんだ、しかも一日目で…量もかなり多くてさ…」

こんな言い訳で、修学旅行5日間切り抜けられるはずがない。
第一、 生理の者が風呂に入る時間帯というものは一番最後に設けられている。
仮に今日はいらないことが許されたとしても、明日は…明後日は……。

「そっか、残念だなぁ…さやかのナイスバディー楽しみにしてたのに。」
まったく。里奈はハッキリものをいう。私は笑顔で頬をふくらませた。

「みた!? 佐々木さんの白い肌! 胸も丸くってさ…触らせてもらっちゃったよ」
「いやーうちのクラスの裸グランプリやったら彼女が一番だね」
「おい! おっさんか!!!」

同じ部屋の子たちが帰ってくると、予想通り、裸の品評会が始まった。
さすが女子校。胸の触りあいもアリみたい…。この子たちがもし私の右胸の歯形をみたら、きっと遠慮なく興味津々で聞いてくるだろう。
「ねぇ、その歯型、どうしたの?!」
って…。

「あぁー、気持ちよかった。さやか明日大丈夫そうなら一緒にはいろうね!」
「ったく、里奈ったらお風呂で泳ぎだすんだよ。びっくりしたぁ」

里奈が最後に帰ってきて、いよいよお楽しみの夜が始まった。



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