2008.07.03.

清めの時間
03
ドロップアウター



■ 3

 写真撮影の後、わたし達は鈴木先生に、空き地の中央に移動して、クラスごとに輪になって座るように指示されました。
 わたしもみんなと一緒に移動しようと、立ち上がってみると、急に立ったせいか立ちくらみがして、よろめいてしまいました。しばらく左手で頭を押さえていると、乳房を無防備にさらしてしまっていることに気づいて、慌てて両腕を組んで隠しました。
 そうだ、服も持っていかなきゃ。そう思って、背中を曲げて左手を伸ばして、衣服を拾い上げました。
「あっ」
 でも、右腕を胸に押し当てた不自由な姿勢だったので、つかみ損ねて、シャツにくるんでいた短パンとブラジャーを地面に落としてしまいました。すぐ拾わなきゃって思ったけれど、まだ少し頭がくらくらするので、わたしはその場にしゃがみ込んで、頭を両手で押さえました。少し寒気がします。風邪を引きかけているのかもしれません。
「はい、北本さん」
 顔を上げると、写真撮影の時に隣にいた美佐が、わたしの短パンとブラジャーを拾い上げてくれていました。
「ありが…とう……」
「ううん。大丈夫? 気分でも悪いの?」
「平気。ちょっと立ちくらみが、しただけ……」
 気遣ってくれたんだと分かってうれしかったけれど、自分の下着を触られてしまったんだと思うと、気恥ずかしくてついうつむいてしまいました。
「どう、立てる?」
「う、うん……大丈夫」
 美佐に体を支えてもらって、わたしは立ち上がりました。裸の肩を抱かれたような格好になって、また少しどきっとしました。

 わたしは、美佐と並んで歩きました。クラスは同じだけど、今まで話したことがなかったので、ちょっと不思議な気分でした。美佐は、とても大人びた雰囲気のある子で、普段はちょっと話しかけづらかったのです。こうして一緒に歩いている今も、わたしは少し緊張してしまっていました。
「あのね、北本さん」
「なに? 美佐…さん」
 恵美ちゃんとかみたいに、気軽にちゃんづけでは呼べませんでした。
「美佐でいいよ。あのね、北本さんのパンツ、ブラとお揃いなんだね」
「う、うん……」
 いきなり下着のことを言われたので、少しうろたえてしまいました。
「純白の下着、まだ新しいでしょ。よく似合ってるよ、かわいい」
「そう…かな?」
「うん、北本さん真面目だから。白い下着って、真面目な子にはよく似合うから」
「ありが…とう……」
 下着をほめられるなんて初めてで、うれしいというよりも照れくさくて、またうつむいてしまいました。
「そういう仕種も北本さんらしくて、すごくかわいい。真面目で恥じらいがあって。いいなぁ、あたしも北本さんみたいな女の子になりたかった」
「やだ、恥ずかしいよ……それより、美佐さん」
「美佐でいいって」
「あっうん。美佐って、胸とか隠さなくて平気なの?」
 美佐は、胸はわたしよりもずって大きくて、もうほとんど大人の体でした。普通、美佐のように発育の早い子は、余計に人に体を見られることを嫌がるものです。なのに、美佐はわたしや他の子のように胸を隠そうとは、全然しないのです。
「それ、よく言われる。堂々としすぎだって」
 美佐はぺろっと舌を出しました。
「あたしこの行事に小学校の時から参加してるから、見られるの慣れちゃってるんだよね。男子とかがいたら話は別なんだけど、ほとんど女の子しかいないんだし、そんなに恥ずかしがることもないかなって」
 わたしは、小さくため息をつきました。
「そうなんだ。じゃあわたしみたいに、恥ずかしがる方が変なのかな」
「まさか、そんなことないよ。あたしが不感症なだけ。むしろ素敵だと思うよ。ちゃんと恥ずかしがることができるって」
「ありがとう。でも、ちゃんと恥ずかしがるって、なんか変な言い方だね」
 わたしは、少し笑ってみせました。

 美佐と並んで歩いていると、ふいにまた、めまいがして、わたしは肘でシャツを押さえるようにして、両手で自分の顔を覆いました。
「どうしたの北本さん?」
「ちょっと頭が、くらくらして……ごめん」
 またよろめいてしまいそうなので、わたしはその場にしゃがみ込みました。
 美佐は、腰をかがめて、右手でわたしのひたいにそっと触れました。美佐の指先は冷たくて、気持ちがよかったです。
「よかった、熱はないみたい。顔色はよくないけど。ずっと気を張りつめてたから、疲れちゃってるのかも」
「美佐、わたしはいいから先に行って」
 少し顔を上げると、もう他の生徒は、この空き地の中央でクラスごとに輪になって座っていました。
「おーい、北本はどうしたんだ?」
 担任の鈴木先生が駆け寄って来るのが分かりました。心配してくれるのはありがたいけれど、裸でいるのを男の先生に間近で見られるのは嫌だなって思いました。でも、今はみんなに迷惑をかけてしまっているので仕方ありません。
「北本さん、ちょっと疲れて気分が悪いそうです」
 美佐が代わりに答えました。
「だから、しばらくここで休ませたいんですけど」
「そうか……そうだな。元々そろそろ休憩を入れる予定になってるし」
 鈴木先生が言ったとおり、養護の先生が十分間の休憩を告げました。
 美佐は、鈴木先生を睨みつけました。
「それより先生、女の子がこんな格好でいるのに、男の先生が気安く近寄らないで下さい。セクハラですよ」
「あっああ、そうだな。すまん、申し訳ない」
 先生が慌ててその場を離れたので、わたしは少しほっとしました。
「……ありがとう。でも心配して来てくれたのに、ちょっと悪いかな」
「別にいいよ。鈍いんだよねあの先生。悪い人じゃないんだけど……ていうか、北本さんは大丈夫? 木陰にでも移動する?」
「ここでいいよ。空曇ってるからどこでも一緒だし。少し休めば大丈夫だから。それより、この後何するか、教えてくれる?」
「ああ、うん。二つあるよ」
「二つ?」
「一つは、今の輪になって座っている状態で、お祈りするの。それともう一つは、お祓いを受けるの。お祈りの途中で先生のところに一人ずつ呼ばれて」
「お祓い?」
「うん。神社なんかでやるお祓いとはだいぶ違うんだけど……祟りとか、けがれとか、憑き物みたいなやつを体から追い出すの。あれ、嫌なんだよね」
「えっ、何されるの?」
 この行事に慣れている美佐が言うので、わたしは不安になりました。
「うん。ちょっと体を、触られるの」
「触ら…れるの?」
 どきっとして、つい、衣服を胸元に強く押し当ててしまいました。
「うん。胸とかお腹とか、体の弱い部分を指で強く押されるの。そうやって体についた悪いものを追い出すんだけど……結構痛いんだよね。痛くなくても、体を弄くり回されるのは嫌なものだし」
「そんな…こと、されるんだ……」
「うん……あっごめん、脅かしちゃって。あたしも人のこと言えないや、鈍かった」
「ううん、むしろ聞いてよかった」
 わたしはそう答えて、ため息をつきました。
「何も知らないよりは、知ってた方が覚悟もできるから」
「またそんなかまえちゃって。そんなふうに張りつめるから疲れるんだよ。覚悟ってそんな、死刑になる人か、自殺する人じゃないんだから」
 美佐はそう言って、ふっと笑いました。
「でも、北本さんのそういうけなげなところ、あたし好き。守ってあげたくなっちゃう」
「ありがとう。でもわたし、死刑になる人と自殺する人に似てるって、それ、やだな」
 そう言うと、美佐は「それもそうだね」と言って笑いました。
 それから、美佐は、ふっと真顔に戻って言いました。
「あのね北本さん、お願いしたいことがあるんだけど」
「玲でいいよ。なに?」
「うん。あのね、玲…玲ちゃんの……」

「……玲ちゃんの胸、触らせてくれないかな?」
 美佐はそう言って、照れたような笑みを浮かべました。

「いいよ」
 わたしは、あっさりそう答えました。

 胸を触らせて欲しいと美佐に言われた時、不思議と恥ずかしいとか、嫌だっていう気持ちにはならなかったんです。
 美佐にあっさり「いいよ」と答えた時、心の中で、わたしちょっとおかしくなってるのかなって思っていました。いつもなら、こんなこと恥ずかしくてできないのに……やっぱり、「清めの時間」という異常な状況の中に放り込まれて、少しずつ感覚が麻痺してきているのかもしれません。

「うそ、ほんとにいいの?」
 美佐は、大きく目を見開きました。心底驚いたというような表情でした。いつもは大人びて冷静な美佐がそんな顔をするのを、わたしは初めて見ました。
「やだ、そんなに……驚かないでよ」
 美佐のそういう反応を見ていると、何だか急に恥ずかしくなってきて、わたしは胸元のシャツを両手でぐっと強くつかみました。
「だって、玲ちゃんがこんなあっさり許してくれるなんて思わなかったから。むしろ断られると思った。今だって、ずっと胸隠してて恥ずかしそうだし」
「う、うん。ずっと見られっぱなしは嫌……でも、ちょっとくらいならいいかなって」
 目を合わせるのは照れてしまうので、わたしはうつむいて言いました。
「で、でも……どうしてわたしなの? わたしまだ小さいし……美佐の方がわたしのよりずっと大きいし、きれいなのに」
 わたしは、美佐の豊かな乳房にちらっと目をやりました。
 美佐は、「あははっ」と笑い声を上げました。
「玲ちゃんに言われるとうれしいな。でも、あたしは玲ちゃんの体つきが好き。ほら、あたしは見てのとおり成長早いから、玲ちゃんみたいにゆっくり大人の体になっていくのって、すごくうらやましいんだよね」 
 わたしは、美佐の「玲ちゃんの体つきが好き」という言葉にどきっとして、何も言えませんでした。
 美佐は、照れたような笑みを浮かべて話を続けました。
「それにね……ほらさっき、写真撮られる時に玲ちゃんの胸ちらっと見て、かわいいなって思って。おっぱい、きれいな形だし、やわらかそうだし……触ったら気持ち良さそうだなって。もう、誘惑されてる感じ」
「えっ、誘惑なんて……してないよ」
「あははっ。玲ちゃん、そんなマジな顔しないでよ。真面目なんだね……かわいい」
 そう言って、美佐はわたしの肩を、指先でぽんぽんと軽く叩きました。

 ああ、この指の感触……ひんやりとして、優しくて、きもちい……

 ついうっとりしてしまった自分が恥ずかしくなって、わたしはまた、シャツをつかむ両手に力を込めました。
 わたしはこの時、自分が美佐の頼みを聞き入れたもう一つの理由に気づきました。



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