2008.06.26.

清めの時間
02
ドロップアウター



■ 2

 午前中の授業が終わると、担任の先生が、1年生の女子は昼休み時間のうちに体操服に着替えて、玄関の靴箱の前に集まるようにと言いました。
 昼休み時間になって、わたしは体操服に着替えました。いつもは体育館の更衣室でクラスの子達と一緒に着替えるけれど、この時は一人になって、トイレで着替えました。
 恵美ちゃんがわたしのことを心配していたので、顔を合わせるのがつらかったのです。
 玄関に行くと、もうほとんどの生徒が集まっていました。この学校は各学年二クラスしかないので、1年生の女子はせいぜい三十人程度しかいません。
 わたしと同じクラスで、わりと仲の良い子達は、わたしを見ると少しびっくりしたような顔をしました。一人の子に、「玲ちゃん、来たんだ」と言われました。本来は参加する義務のないわたしがここに来たことが意外だったのかもしれません。
 押し黙っている子が多いので、重苦しい雰囲気でした。笑っている子もいるけれど、どこか無理をしているように見えました。これから自分達が何をされるのか、みんなよく分かっているのです。

 午後の授業が始まる五分前くらいになって、養護の先生と、わたし達のA組、それからB組の担任の先生がやって来ました。
「全員そろっているわね? そろそろ時間だから、出発の準備を始めるわよ」
 養護の先生が呼びかけました。
 急に、胸の鼓動が速くなってきて、わたしは息が苦しくなりました。
 ああ、もう逃げられないんだ。これからつらいことに、耐えなきゃいけないんだ。怖い、怖いけど、わたし、がんばらなきゃ。耐えるんだって、自分でそう決めたんだから……。
 胸元に両手を当てて鼓動を落ち着かせながら、わたしは自分にそう言い聞かせました。

   ※

 体操服姿の少女達の集団が、二列になって舗装されていない砂利道を歩いている。半袖の白いシャツが学校を出た時から降り始めた雨に濡れて、生徒達の下着がうっすらと透けてしまってた。
 少女達の多くは歩きづらそうだ。痛そうに顔をしかめている者もいる。当然だろう。女子生徒達は、学校を出る時に靴と靴下を取らされて、素足で砂利道を歩かされているのだから。
 素足で目的地に行かなければならないのも、儀式の決まりらしい。足の痛みに耐えることが、死んだ娘への供養になるそうだ。だが、そんな胡散臭い由来などどうでもいい。私はただ、少女達が苦しむ顔を見たいだけなのだから。
 私はなぜか、特に年下の同性に対してそんな欲望を抱いてしまう。少女が痛めつけられ、辱められ、もだえ苦しむ。そんな痛々しい姿こそが、少女の最も美しい姿だと思うのだ。
 そう、私はサディストだ。私はもはや、狂ってしまっているのだ。もちろん、この奇妙な風習に接するようになってから。当然のように少女達を辱め、苦痛を与えるこの風習と関わりを持つようになってから、私は理性の蓋をこじあけられて、心の奥底に閉じ込めていた欲望を解き放ってしまったのだ。
 あの少女は、まだそのことを知らない。
 養護教諭の私は、引率者として少女達を先導していた。あの少女は、玲は、列の後方にいる。時折振り返りながら様子をうかがってみると、玲は視線を斜め下に傾けて、唇をきゅっとかたく結んでいた。
 その姿は、どこか痛々しかった。これから自分が受ける辱めと苦痛の大きさを十分に理解した上で、それでも耐えるべく覚悟を決めようとしているのだろう。
 ふふっ、やっぱりあの子、私の期待どおりすごくいい子ね。
 私はますます楽しみになってきた。この少女に、辱めと苦痛を与えることが。

   ※

 周囲を見渡してみると、わたし達が歩かされている砂利道の右側に山の斜面があって、崖のようになっていました。左側は、少し遠いところに住宅がぽつん、ぽつんとあるだけで、あとはただ雑草が伸び放題の原っぱでした。
 学校を出てから、五分くらい過ぎたでしょうか。養護の先生が、砂利道の左手の空き地に入るように先導したのです。
 少しほっとしました。砂利道は小石がたくさん転がっていて、足が痛かったのです。
 雨が、少し強くなってきています。体操服の白いシャツが濡れて、ブラジャーが透けてしまっていました。恥ずかしい……そう思ったけれど、すぐに思い直しました。

 どうせ、この後、全部見られてしまうんだから…………。

 空き地に入ると、生徒はA組、B組一緒に、横に十人ずつ、縦三列に並ばされました。背の低いわたしは、一番前の列に体育座りさせられました。
 何だかクラスの集合写真を撮る時みたい、そう思ったら、わたし達A組担任の男の先生が、本当にカメラを用意していました。最近ほとんど見かけない、すぐその場で写真が現像できるタイプのカメラでした。
 何で写真なんか撮るんだろう。そう思っていると、隣にいた同じクラスの美佐という子が「写真を撮るのは、あたし達に直接災いが降りかからないように、写真に死んだ娘の祟りを引き受けてもらうようにするためだって。昔は清めを受ける子をかたどった人形を作ったらしいんだけど、手間がかかるから」と教えてくれました。
「……じゃあ、撮るよ。みんなこっち見て」
 先生は、シャッターを三回切りました。笑ったり、ポーズを取ったりする生徒は一人もいませんでした。
 わたしは、担任の先生がシャッターを切り終わった時、下着が透けた格好を撮られてしまったことが気になっていました。
 でもそのすぐ後、わたしはそんな些細なことを気にしていたことを、後悔しました。
 養護の先生が言いました。
「みんな、まだその場から動かないで。これから、最初の儀式を始めるわよ」
 養護の先生が言いました。
 最初の儀式? 儀式は、山に入って泉の前でやるんじゃなかったの?

「脱ぎなさい」

 わたしは一瞬、先生の言葉が理解できませんでした。
「その場で、体操服のシャツと短パンを脱いで、ブラジャーをしてる子はブラも取って」
 養護の先生の指示で、周りの子が言われたとおりに服を脱ぎ始めたので、わたしはようやく何を言われたのか理解できました。
 えっ、もう……脱ぐの? まだ山の中に入ってもいないのに、こんな外で……そんなの、そんなの…………。
 激しく動揺しそうになりました。深呼吸をして、何とか落ち着こうとしました。
 わたしのばか、これぐらいで……これぐらいで動揺しちゃだめじゃない。これから、これからもっと、恥ずかしいことされるんだから。逃げることなんて、もうできないんだから…………。

 そう言い聞かせて、わたしは……雨に濡れたシャツの裾に両手の指をかけて、思い切り引き上げました。

   ※

「脱ぎなさい」
 私は、威圧を込めた言い方で女子生徒達に命じた。
「その場で体操服のシャツと短パンを脱いで。ブラジャーをしてる子はブラも取って」
 発育途中で羞恥心の強い思春期の少女達にとって、人前で、しかも異性もいる中で裸になるということは、かなりの屈辱のはずである。
 だが思いのほか、女子生徒達の多くはすぐに衣服を脱ぎ始めた。小学校の時から同じ経験をさせられているからか、脱ぐこと自体にはさほど抵抗を感じないらしい。数人の生徒はなかなか脱ごうとしなかったが、それでも周囲に促されて衣服に手をかけると、あとはさっさと脱いでいった。
 この子達、なかなか強いのね。そんなことを思いながら少女達の様子を眺めていると、一人、まだ衣服に手をかけずにいる生徒の姿が目に留まった。
 あの少女、玲だった。
 玲は、立ったまま落ち着きなく周囲をきょろきょろと見回していた。頬がほんのりと赤く染まっている。単に恥ずかしいだけでなく、今の状況をまだよくつかめていないらしい。
 周囲の生徒達は、玲の様子を気にかけながらも、誰も声をかけようとしない。どんな言葉をかけたら良いのか、見当がつかないのだろう。
 もう、ほとんどの女子生徒が衣服を脱ぎ終えて、ショーツ1枚だけの姿になっていた。玲はまだ、シャツの一枚も脱いでいない。ただ、自分を何とか落ちつかせようとしているのか、胸元を両手で押さえて深呼吸を繰り返していた。少し土に汚れた膝がかたかた震えている。
 私は、女子生徒達に顔を見られないようにうつむいて、ほくそ笑んだ。
 ふふっ、そうそう。そういう反応を待っていたのよ……。
 動揺を隠しきれない哀れな少女に、私は一歩、一歩と近づいていった。そして、それこそ有無を言わせない言い方で命じて、強制的に衣服を脱がせるつもりだった。
 だが、私が声をかけようとしたその時、玲は、体操服のシャツの裾に両手の指をかけて、一気に引き上げたのだ。
 袖口から両腕を抜き取って、上半身ブラジャー一枚の姿になった玲は、ふと顔を上げて、私と目線を合わせてきた。
 次の瞬間、私は思わず面食らってしまった。

 玲は、私の目を見て、微笑んだのだ。さっきまで動揺して表情をこわばらせていた少女が、ふっと目元を緩めて、笑ったのだ。しかも、自分を動揺させる言葉を発した私に対して。

 その後は、流れるような動作だった。短パンを下ろして両足から抜き取り、ブラジャーもほとんどためらうことなく背中に両手を回してホックを外し、肩ひもを下げて取り去った。
 少女の華奢な白い裸身が露わになった。意外にも乳房の膨らみは豊かで、形の良い胸だった。何か運動でもしているのだろうか、腹部や尻に余計な脂肪はついておらず、引きしまっている。未成熟ではあるが、美しい体だった。
 やはり恥ずかしいのか、頬がほんのりと赤く染まって、さっきと同じく膝が震えている。
 それでも、玲は、もう一度、玲は私と目線を合わせて微笑んだのだ。まるで、「わたしは大丈夫です。心配しないで下さい」とでも言いたげに。
 悲しい微笑みだった。私には、それは「これからどんなことにも耐え抜いてみせる」という悲壮な決意の表れのように思えた。
 それは、痛々しいけれど、美しい姿だった。

   ※

 体操服のシャツを脱ぎ去った時、むき出しになった肩に雨が落ちてきて、どきっとしました。雨のひんやりとした感触に、ああ今人前で服を脱いでいるんだ、みんなに自分の体を見られてしまうんだ、そんな実感がわいてきて、顔がほてってきました。
 ふと顔を上げると、養護の先生が近くに寄ってきていて、何か言いたそうな顔をしてわたしを見ていました。
 もしかして、やめさせようとしているのかな。わたしには、これ以上の参加は無理だって言いに来たのかな。
 やっぱり、逃げたい。こんなこと、もう終わりにしたい。この時、初めてそう思いました。
 だって、だって……恥ずかしいんです。この頃、胸が急に大きくなってきて、中学に入学する直前に買ってもらったブラジャーが、少しきゅうくつになっていました。生理の時は胸が張って、痛くなります。
 自分の体の変化に、わたしは戸惑っていました。だから今は、自分の体を人に見られたくないんです。異性にはもちろん、同性であっても……友達にも、母にも。なのに、こんなに人がいっぱいいるところで脱がなきゃいけないなんて……。
 だから……そうです。ただ一言、「やっぱり無理です、ごめんなさい」と言えばいいんです。明日からみんなに口をきいてもらえなくなるけれど、あきらめてそっちを選べば、こんな屈辱的なことからは逃げられるんです。

 でもその後、わたしは、さっきまで思っていたことと正反対の行動を取っていました。

 わたしは養護の先生に目を合わせて、なぜか、笑ってみせていました。

 いつの間にか、さっきまであんなに強かった羞恥心が消えていました。ほとんどためらうこともなく、わたしは短パンを脱ぎ、ブラジャーを取りました。
 そして、もう一度、わたしは養護の先生に笑ってみせました。
 大丈夫です、心配しないで下さい。わたしは、どんなにつらくても、最後まで耐えてみせます。そう伝えるつもりで……。

 よかったのかな、これで。後悔なんかしたり、しないのかな……。

 パンツ1枚だけの格好になった後、周りの女子がするのを真似て、わたしは脱いだ衣服を軽くたたんで体の左側に置いて、腰を曲げて、下着が土で汚れないように膝立ちの姿勢になりました。
 もう、ほとんど裸です。胸も、お腹も、白いパンツも、全部見られてしまっています。だから……やっぱり、すごく恥ずかしいです。
 すぐ手前で、わたし達のクラス担任の鈴木先生が、さっきと同じようにカメラを用意しようとしていました。
 ああ、また撮られるんだ。こんな、こんな恥ずかしい格好……。
 わたしは、とっさに右腕だけで胸を隠しました。そしたら、さっき写真を撮る理由を教えてくれた美佐という子に、肩をちょんちょんと指で軽くつつかれました。
「隠さないで。体育の時みたいに、気をつけをして」
 美佐に言われて周りを見ると、みんな両腕を体の横につけて気をつけの姿勢になっていたので、わたしも同じようにしました。
「そろそろ、いいかな」
 わたしが気をつけの姿勢になるのを待っていたように、鈴木先生がカメラを構えました。
 みんなを待たせてしまったことに気づいて、わたしは申し訳ない気持ちになりました。先生が、先にみんなに「気をつけをしなさい」って言ってくれればいいのに……一瞬そう思ったけれど、すぐ思い直しました。男の先生が、女の子に「胸を見せなさい」っていうようなこと、言えるわけありません。
「じゃあ……撮るよ」
 そう言って、先生はさっきと同じように、三度続けてシャッターを切りました。
 先生の声は、震えていました。まだ二十代半ばくらいの若い男の先生なので、わたしは正直、女の子が目の前で裸になっていたら、いやらしい気分になったりするんだろうなって疑っていました。でも、先生の顔はむしろ苦しそうでした。
 優しい人なんです。四月の初め、先生は、この町に越してきたばかりだったわたしを気にかけて、よく声をかけてくれました。その頃はまだ友達もできてなかったので、とてもうれしかったのを覚えています。先生はそういう人だから、今こうやって生徒につらい思いをさせてしまっているということに、すごく苦しんでいるのかもしれません。
 でも……どうせなら、もっとわたし達のことを助けて欲しかったな。
 まだこの風習のことをよく分かっていないわたしは、そんな勝手なことを思っていました。



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