2005.03.27.

診察室
03
ドロップアウター



■ 2

 処置室に移動して、私はまず玲さんを椅子に座らせてから、血液検査の準備を始めました。血液検査は、新任である私が行うことになっていたのです。
 玲さんの肘を採血台にのせ、二の腕をゴムでしばってから、注射針を刺す箇所をアルコールを含んだ脱脂綿で拭きました。
 心なしか、玲さんは落ち着きがないように見えました。処置室に移動してから、なんだかぼんやりとして、目線が宙に泳いでいます。今は体をバスタオルで覆ってはいるけれど、これからのことを思うと、やっぱり怖いのかなって思いました。
 私は、ただ淡々と、自分に与えられた職務をこなすしかありませんでした。注射針を玲さんの皮膚に刺して、採取した血液を容器に移しました。
 私は玲さんに脱脂綿を渡して、「しばらくもんでいてね」と指示しました。
 玲さんは脱脂綿を注射の痕にあてがいながら、うつむいて何かを考えているようでした。
「あの・・・」
 不意に玲さんが話しかけてきたので、私は一瞬ドキッとしました。
「なぁに?」
「あの・・・診察の時って・・・」
「うん」
「パンツ・・・脱ぐんですよね・・・」
 玲さんの不安が伝わってきました。気丈にふるまってはいても、女性として辛いものは辛いのです。まして、まだ15歳の女の子なんですから。
「はい、そうやって検査します」
 何だか、私まで緊張してしまっていました。
「あの・・・どれくらい時間かかるんですか?」
「そんなに長くはかからないよ・・・長くても、五分くらいかな」
「そうですか・・・」
 玲さんの思いつめた表情を見て、私は思わず聞いてしまいました。
「やっぱり、怖い?」
「・・・はい、とっても怖いです」
 玲さんは、震えた声で答えました。
 私は、胸が詰まりそうでした。
「でも・・・」
「でも、なぁに?」
「やっぱり・・・自分のためだから・・・我慢しなきゃ・・・ダメですよね・・・」
 私に、というよりは、自分に言い聞かせているような感じでした。
「それに、女の先生に診てもらえるから、ちょっとは良かったです」
 玲さんはそう言って、かすかに笑いました。
 私は、結局何も言えませんでした。
 その時、野田さんが顔を出して、私にこっちに来るようにと目配せをしました。
 私が野田さんのそばに行くと、私の耳元である指示をささやきました。
 私はため息をついて、玲さんのそばに行きました。そして、野田さんに指示されたことを、そのまま玲さんに伝えました。
「これから検査をするから、バスタオルを取って、それから・・・パンツも脱いで」
 罪悪感を懸命に振り払って、私は言いました。


 玲さんに私がパンツを脱ぐようにと指示したのとほぼ同時に、先生と野田さんが処置室の中に入って来ました。
 玲さんの顔は、明らかに青ざめています。足を見ると、膝が急にがくがくと震え出していました。
 それでも無言のまま立ち上がって、すぐにバスタオルを取りました。
 もう胸は隠しませんでした。どうせさっき見られているのだから、今さら隠しても変わらないと思ったのでしょうか。
 でも、さすがにパンツを脱ぐことはかなりの抵抗があるようでした。下半身を見られることは、胸よりもずっと恥ずかしいと思います。それに、さっきブラジャーを取った時は私しかいなかったけれど、今は三人の大人に囲まれて、だいぶ圧迫感を感じているはずなのです。
 かわいそうに、玲さんはパンツをつかんでははためらい、つかんではためらうという動作を繰り返していました。
「女の人しかいないんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
 野田さんが叱るように言いました。
「検査を受けるのは自分のためなんだから、それぐらい我慢しなきゃ」
 そんな言い方しなくてもいいのに、と私は思いました。
 でも、玲さんはか細い声で「はい、すみません」と謝りました。
「ちゃんとがんばって検査受けられるわね?」
「はい・・・がんばります」
 玲さんは悲しそうな顔で、そう言いました。
 そして・・・両手でパンツのゴムの部分をぐっとつかんで、一気に膝元まで下ろしたのです。
 玲さんは、あらわになった下半身を左手で隠すようにして、右手でパンツを足元から抜き取りました。
「パンツは預かっておこうね」
 野田さんは玲さんのパンツを受け取ると、他の衣服と一緒にカゴの中に入れました。
 玲さんは両手でアソコを覆って立ち尽くしていました。寒いのか、腕や太ももに鳥肌が立っています。そのくせ、頬は真っ赤に染まっていました。よっぽど辛いのでしょう。目を赤く腫らして、今にも泣き出してしまいそうでした。
 そんな玲さんの姿に、私は胸が痛みました。


 玲さんは先生に指示されて、ベッドの上に仰向けになりました。
 横になった時はまだアソコを手で隠していたのですが、野田さんに「両手はおなかの上に置いて」と言われて、ためらいながらも指示に従いました。
 私も何かしなきゃいけないと思ったのですが、野田さんに「北原はまだ慣れてないから、今は見てなさい」と言われて、玲さんのそばに寄ることさえできませんでした。
 玲さんは早生まれということもあるのか、15歳の年齢のわりには、少し体つきが幼い印象を受けました。乳房もそんなに大きくないし、恥毛もさほど生えそろっていません。
「膝を立てて・・・足をできるだけ開いて」
 野田さんは、玲さんにとって屈辱的な指示を、淡々とした口調で出しています。
「は・・・い・・・」
 玲さんは顔を真っ赤にしてとても辛そうなのですが、それでも唇をかみしめて、懸命に羞恥心をこらえています。
「ちょっとごめんね・・・」
 先生はそう言うと、ゴム手袋をはめた右手の親指と人差し指を、性器のワレメの両側にそっとあてがいました。
「あっ・・・!」
 玲さんは、声を上げてしまいました。
 顔を見てみると、とうとう玲さんは泣き出していました。今まで、自分の性器を人に触られたことなんてなかったでしょう。相当ショックだったと思います。
 野田さんはすかさず、おなかの上で組んでいる玲さんの両手をぐっと押さえつけました。
「痛くないようにするから、心配しないで」
 先生はそう言って、性器のワレメをぐっと広げました。
 玲さんは涙を流しながら、それでも歯をくいしばって懸命に耐えています。
 先生は、玲さんのアソコを脱脂綿で消毒してから、中を覗き込みました。
「見たところそんなに異常はないみたいね」
 先生は言いました。
「色もキレイだし・・・」
 玲さんは、無言のままでした。体が震えているようです。
「島本さん、生理用品は何を使っているの?」
「・・・ナプキンだけです」
 搾り出すような声で、玲さんは答えました。
「そう。タンポンは使わないの?」
「最近使ってみたんですけど・・・あの・・・その後・・・気分が・・・悪くなって・・・」
 性器を触られて動揺しているせいか、言葉が途切れ途切れになっていました。
「どんなふうに?」
「あの・・・吐き気が・・・気持ち悪くて・・・」
「吐いたの?」
「はい・・・」
「最近って、いつのこと?」
「四月の・・・最初の・・・方です・・・」
「そっかぁ・・・それが何か関係あるかもね・・・ちょっとごめんね」
「あっ・・・!」
 玲さんはまた声を上げました。
 先生が何をしたのかは見えませんでしたが、たぶん、クリトリスの部分を押したんだと思います。
「性器の部分に異常はないみたいね・・・押したらちゃんと液も出てくるし・・・」
「いや・・・」
 玲さんはとうとう泣き声を出しました。
「大丈夫?」
 玲さんは答えません。体を震わせて、唇をきゅっとかんでいます。
「何か変なこと考えてるの? 自分はおかしいんじゃないかって」
 先生は遠まわしに言いましたが、玲さんには伝わったみたいです。
 玲さんは、泣きながら言いました。
「あたし・・・あたし・・・やらしい子・・・」
「気にすることないのよ」
 先生は慰めるように言って、玲さんの性器から手を離しました。
「誰だって大事なトコ触られたらびっくりするから、声出したくらいで誰も島本さんがやらしい子だなんて思わないわよ。それに、健康な女性なら、触って液が出てくるのは当たり前なんだから。そうじゃなかったら、その方がおかしいことなのよ」
 玲さんはしゃくり上げながら、先生の言葉にうなずいていました。
 私はとにかく、玲さんの診察が終わってほっとしました。辛かっただろうけど、先生がうまくフォローしてくれたから、この経験をそんなに引きずることはないだろうなって思ったのです。
 でも、ほっとしたのも束の間でした。
 先輩の野田さんが私のところに来て、また耳元でささやいたのです。
「導尿の準備をするから、手伝って」
 私は、思わず息を呑みました。



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