「……滝川機、スキュラを撃破!」 瀬戸口は神経をレーダーマップと情報スクリーンの上に等分に集中させながら叫んだ。複数の情報を同時に処理するのはオペレーターの必需能力だ。誰もが持っているというわけではないが。 滝川機を示すレーダーマップ上の三角形がまたも一瞬消えたかと思うと大きく右側に移動した。たちまちのうちに移動先の近くにいた幻獣たちが斬り倒されたことがマップと情報スクリーン両方から伝わってきて、瀬戸口は再び叫ぶ。 「滝川機、ミノタウロスを撃破! キメラを撃破!」 慌てたように次々と幻獣が滝川機に照準を合わせてくる。だが滝川機は全ての幻獣が照準を合わせたのを見計らったように幻獣が撃ってくる前にすうっと機体を移動させ、間合いを外すと同時に移動先にいた幻獣を突き殺す。 「滝川機、ゴルゴーンを撃破!」 ―――圧倒的だった。 滝川は舞うように軽やかな動きで次々と幻獣を殺していった。ゴルゴーンもスキュラもミノタウロスも、全て一撃で斬り倒していく。技術も体力も桁違い。まだ調整も充分でない機体で美しく戦うその姿は、まさに強烈の一言だった。 だが、それよりもさらに凄まじいのはその動きだ。滝川は――これまでに一発も、幻獣に攻撃させていない。 避けるのではない。攻撃させないのだ。まるで相手の攻撃範囲と撃つタイミングがわかっているかのように、幻獣が撃つよりも早く移動し、攻撃するだけの余裕を与えない。 しかもその動きがそのまま攻撃に繋がっているのだ。動いた先にいた幻獣は一刀の元に倒され、一体、また一体とみるみるうちに数を減らしていく。 完璧だった。決められた型をなぞっているように滝川の動きは完成されていて、他のものが入り込めるような隙がなかった。あの特攻壬生屋が圧倒されてしまって動くこともできない。予備機体がまだ届いていない上にパイロットが足りず出撃できていない三番機がいたとしても、まともに敵を倒すこともできなかっただろう。 今までの滝川の動きとは、明らかに、違う。 (………やはり、あいつは、ついに突き抜けた≠フか?) 瀬戸口は戦況を報告しながら考えた。 あの動き。力。容赦のなさ。かつての自分と同じ――人でないものになってしまった、ということなのだろうか。自分がもしかして、と思ったように、大きな流れに飲み込まれて。 そうだとしたら――自分はどうすればいいのだろう? 見守ることだけを自分に課してここまで来た。それ以上は厳重に避けてきた。それ以外自分はしたくないと――できないと思っていたからだ。 だが。こうして目の前でまざまざと人だった友人が人でないものに変わっていくところを見せつけられると――悲しく、辛く、切なく―― どうしようもなくやるせなかった。 「滝川機、ミノタウロスを撃破!」 また一体、幻獣が消滅する。滝川の――人でないものの手によって。 ――その日の戦闘は、増援があったにもかかわらず、三十分足らずで終了した。 滝川機三十一機撃破、という未曾有の戦果だけを残して。 瀬戸口はハンガー前から少し離れた場所で滝川を待っていた。正直、まだ滝川に対しどう接するべきなのか決めかねていたのだが、それでも――戦いの後に一言かけるくらいはしてもいい――すべきなのではないかと思ったからだ。 さして待つこともなく、騒々しいハンガーから滝川が一人歩み出てきた。少し顔を俯けて、すたすたと早足で歩いていく滝川に、迷いつつも小走りに近づいて抱きつこうとする。 「た〜きがわっ!」 「……師匠」 滝川はごく自然に抱きつかれながら体を回転させて瀬戸口の鳩尾に肘を叩き込もうとして、寸前でやめた。瀬戸口は内心ひやりとしながらも、気づいていないふりをして抱きついたまま軽い調子で話しかける。 「どうしたしけた面して。そんな顔じゃ幸運の女神さまにそっぽ向かれちまうぜ。野郎はさようならってのが俺の基本姿勢だが、今なら特別にこのメンター瀬戸口が相談に乗ってやってもいいぞ。二股かけるコツから三角関係解消の方法まで何でもござれだ」 「…………」 滝川は無言でうつむき加減のまま瀬戸口の顔を見上げている。瀬戸口は「ん?」というように優しく微笑みながら滝川を見返した。 しばし抱きついたまま視線を交わし、滝川はふいににこっと微笑んだ。 「…………?」 瀬戸口は違和感を覚え、内心眉を寄せた。その微笑みは、滝川が今までに見せたどの微笑みとも違っていて、ひどく透明で、微笑んでいるのにひどく―― 哀しそうだった。 滝川はその微笑みを浮かべたまま言った。 「師匠は、優しいな」 「……優しくない男は女性に愛される資格はないってのが俺の持論でね。俺を誰だと思ってるんだ、愛の伝道師だぜ?」 内心訝りながらもにっこり笑ってみせると、滝川は微笑んだままするりと腕の中から抜け出す。 「でも、俺にそんなに優しくする必要ないんだよ。俺、そんな資格ないもん」 「優しくされるのに資格なんかいらないだろ?」 軽い調子のまま言うと、滝川の顔が一瞬わずかに揺れて、すぐまた微笑む。 「……そうかな。俺、優しくされる価値があるなんて、自分のこと思えないよ」 そう言って滝川は校舎の方へ駆け出してしまった。 「……………」 (奇妙な奴だ) 「……お前か」 いつの間にか、ブータがすぐ隣で滝川の方を見つめていた。瀬戸口は立ちながら話すのも妙に思えて、その場に座り込み訊ねる。 「あいつのどこが奇妙だって?」 (お前もわかっておるだろう。あの少年は尋常ならざる力を備えておるというのに、そうであるものが持っているはずのものを持っておらぬ。代わりに何か別のものを持っておる。キッド、それはもしかするとお前に通じるものかも知れぬな) 「俺に、ねぇ」 瀬戸口は空を見上げた。そろそろ星がぽつぽつと出始めている。 「お前、どう思う。あいつが『最も新しい伝説』なのか?」 (……………) しばし間があってから、答えが返ってきた。 (わからぬ) 「わからぬ、ねえ」 (あの少年は――なにか、そういうものが見るところとは別のものを見ておるような気がする) 「……それは、確かにな」 (キッド。気づいておったか?) 「何がだよ」 (あの少年の瞳だ。紫。お前と同じ色だ。よきゆめとあしきゆめの中間の色だ) 「………そうだな………」 ブータは目を細めて、じっと瀬戸口を見やる。 (あの少年は、心のうちによきゆめとあしきゆめ、双方を抱いている。だからわしもあの者がよきひとのゆめだと言い切ることができぬ。あの者は何処へ行くのか――それが見えてこぬ) 軽く顔を撫でて、続ける。 (お前はあの少年に道を示す気はないのか? キッド。わしはあの少年がお前と同じ道を辿るところなぞ見たくはないぞ) 「……俺じゃ、無理だよ。いや、違うな……」 瀬戸口はまた空を振り仰ぎ、半ば独り言を言うように言った。 「俺はあいつの存在のために苦しんだ人を知っている。現在進行形で苦しんでいる人もな。だから――今度はあいつに、あいつを≠ナもいいんだが――救ってほしいんだ。手前勝手な考えだが――そうじゃなきゃ、あいつらが寂しいと思う。横からちょっとアドバイスするくらいはやるが――我儘なこだわりとわかっていても、あいつらは自分たち同士で助けあってほしいんだ」 (……お前も年寄りくさくなってきたな) 「ほっとけ」 |