「……速水くんはどこへ行ったんですか?」 原と森が帰り、全員で捜査の方針を話し合っていた時。善行はふと、速水がいないことに気づいた。 普通なら気づくのが当たり前なのだろうが、速水の隠行術の能力は驚異的だ。こちらに微塵も気配を感じさせないまま気づかせないまま、席を外したり部屋に侵入したりすることができる。 それは善行も知っていたので、驚くこともなく舞に聞いたのだが。舞はあっさりこう言った。 「知らん」 「……あなたも知らないということは……またスタンドプレーですか」 善行はため息をつく。これまでも何度も速水の思いつきとしか思えない行動には悩まされていたのだ。 「案ずるな。奴は気まぐれだが、無能ではない。ほどなく手がかりを持って戻ってくることであろう」 「……それは疑っていませんが。こちらとしては放っておくわけにもいかないのですよ」 善行は苦笑すると若宮の方を向いた。 「速水くんを探してきてください」 「あ、それなら俺が行きます!」 滝川はぴょい、とソファから飛び降りた。もう学校は卒業しているというのにひどく子供っぽい仕草だ。 「俺、捜査のこととかよくわかんないし。どーせ暇だから、探してきますよ」 にこにこと無邪気に笑う滝川に、善行はため息をついた。この子は自分が速水陣営、すなわちこちらと道を違える人間だということを自覚しているのだろうか。 「……若宮。彼を連れて、速水くんを探しに行ってきてください」 若宮だけよりは連れて帰れる可能性が増すだろう。 「速水速水。速水はどっこかなー」 歌うように言いながら滝川が邸内をうろつく。そのあとから若宮がついていった。 滝川は(速水に日ごろいぢめられているせいか)速水の気配を察知するのがうまい。いつでも察知できるというわけではないにしろ、消えた速水を探し出すには自分より向いていることを若宮はわかっていたのだ。 ふんふん鼻歌を歌いつつ歩く滝川に、ふと、若宮は訊ねてみた。 「滝川。お前さん、なんで速水のところで働いてるんだ?」 「へ?」 滝川はきょとんとする。 「給金がいくらか知らんが、ああも理不尽ないじめを受けるぐらいなら別の仕事を探したりとかせんのか? 速水のところで働くのにどんな魅力があるんだ?」 「えー……魅力って……そーいうこと言われると困るけど……」 滝川は困ったような顔で首を傾げた。 「えーと……速水って、そんな悪い奴じゃないぜ? 意地悪だし、ムカつくこといっぱいあるけど……」 「嘘つけ」 きっぱり言われて滝川は目を白黒させる。 「い、いや、俺としては別に嘘じゃないんだけど……」 「普通に考えて極悪人だと思うが」 「え、いや、そりゃちょっとは悪い奴かもしれないけど、普通に一緒にいる分には別に……うまいメシ作ってくれるし、洗濯してくれるし、洗濯物タンスに入れろとかケチなこと言わないで全部面倒見てくれるし……」 「おい。ちょっと待て」 若宮は思わずがっしと滝川の肩をつかんだ。 「お前速水に面倒見られてるのか? いやというか、一緒に暮らしてるのか?」 「? うん。舞は通いだけど俺は住み込みだよ」 「住み込みの助手って……というかだな、なんで一緒に暮らしてるんだお前ら」 「え? 速水が『君は放っておくとろくなことをしないから、雇い主である僕が監視してあげるよ。殺しはしないから安心して』って言ったから」 「………お前な………もう少し考えて人生送った方がいいんじゃないか?」 「えー? 俺考えてるよ! 速水に誘われた時、速水意地悪だけど作ってくれるメシうまいからまぁいいかって冷静に判断したもん!」 「だからお前な……」 「あ」 「どうした」 滝川が急に鼻をうごめかした。 「速水のにおいがする」 「………はぁ?」 「こっち!」 たたっと小走りで走っていく滝川。以前から小動物じみていると思ってはいたが、と若宮は眉間に指を当てた。匂いとは。 滝川が駆けていったのは遠坂圭吾の部屋だった。当然のことながらそこには縄が張ってあり見張りの警官もいたが、滝川の後ろから若宮が姿を現すとびくん! とした。 「わっ、若宮刑事! ご苦労様ですっ!」 「……なにを慌てている。なにかやましいことがあるのか?」 「いっ、いえっ、そんなっ……」 「若宮さん、この部屋ん中だよ速水」 「……なに? おい、お前。速水を中に入れたのか?」 「は……はいーっ、すいませんーっ! 部外者立ち入り禁止だと言ったのですがっ! 芝村本部長の名を出されては断れずっ……!」 「……まったく。中に入るぞ、いいな?」 「はいーっ!」 手袋をし、靴に袋をかぶせて中に入ってみると、そこには当然のように速水が立っていた。部屋の中をじろじろと眺め回したり、ルーペで細密に調べてみたり。靴の上からちゃんと袋をかぶせてあるから現場は保存しているのだろうが。 滝川が手を振ると、速水はこちらに気づいて微笑んだ。 「やぁ、若宮さん。なにか僕に用?」 「用ってな……これからの捜査方針を話し合おうっていうのにいつの間にかお前がいないから……」 「別に僕がいなくてもいいんじゃない? 舞がいるんだから。彼女は僕の共同経営者だよ、僕の意思を反映してうまくやってくれるさ」 「そういう問題じゃないだろう」 「そうかな。――まぁいいさ、もう調べたいことは大体わかった」 「なに!?」 若宮は仰天した。まさか、また、もう犯人がわかってしまったというのか? 警察を出し抜いて? 「――犯人は誰だ?」 声をひそめて聞くと、速水は笑った。 「なんで僕が犯人を知ってると思うの? 若宮さんってば単純だなぁ」 「……なんだ、冗談か?」 「さてね――そこでなにをしてるんだい、滝川?」 速水が入り口でうろうろしていた滝川に声をかける。滝川はびくんと震えた。 「え、いや、あのさ、俺はただお前がこん中にいるって思ったからなんか手伝うことないかと思ってさ……」 「ふーん。じゃあどうして中に入ってこないの?」 「だ、だって警官のおじさんがお前は子供だから入っちゃ駄目って言うんだもん」 「ふーん……」 速水はにっこりと笑い、すたすたと滝川に歩み寄った。そしてぽんと頭に手を置く。 「は、速水?」 「なんだい?」 ――そして微笑んだままぐぎぎぎぎと猛烈な力で滝川の頭を下に押した。 「……って速水! やめ! 痛い痛い痛いから!」 「君は本当に一回子供に戻ったほうがいいかもしれないねぇ。なんだったら小学校からやり直してみる?」 「やだよーそんなのやだ! なんだかわかんないけど俺が悪かったから許して速水ーっ!」 「わからないの? 本当に? しょうがないなぁ君は本当に。君は一応仮にも僕の助手代理補佐心得見習いぐらいにならしておいてあげないこともないぐらいの人間なんだから、僕が調査に当たる時はすぐやってきて手伝わないと駄目じゃないか」 「なんでだいりとかほさとかがつくんだよーっ! 俺助手だろーっ!?」 「そういうことにしておいてあげないでもなかったんだけどねぇ。君があまりにお馬鹿さんだから、これは少し勉強させないと助手にもなれないかなって思ってね」 「そんなのひどいっていうかごめんなさいごめんなさい、謝るから痛いのやめてくれーっ!」 若宮は見ない振りをして遠坂圭吾の部屋を抜け出した。滝川、こんなことまでされて速水を悪い奴じゃないんだぜと言ってしまえるお前という奴が俺にはわからん、とか思いながら。 大物なんだか単なる馬鹿なんだか、実際判断に困るところではあった。 |