the boy meets one girl
 四物園亞はがとん、と音を立てて蔵の扉を開けた。深閑、というのか閑散、というのか、いつも通り静まり返って埃臭い蔵の匂いが漂ってくる。園亞はこの匂いが嫌いではなかった。古いものが発する匂いと静かな世界の匂いが混じってできる重みのある空気は、父親が一度家に招いたコックが作るフレンチのように重みのある味わいがある。
 こういうことを言うと友達から「園亞はお嬢さまだもんねー」とからかわれてしまうのだが、園亞としては不本意だ。園亞は別にお嬢さまなんてもののつもりはない。それは家は旧い名家だそうだしいくつも土地を持っているし両親は会社をいっぱい経営しているし自宅はやたら広い古い日本家屋だが、園亞の一ヶ月の小遣いは五千円だし別にお嬢さま学校に通っているわけでもないしお茶やお花みたいな習い事だってやってない。ちょっと親が金持ちなだけのごく普通の中学三年生だ。
 確かに家に蔵があるのはちょっと珍しいかな、と思うが。この中には古物の類がどっさり山積していた。刀やら鏡やら鎧兜やら、ゲームの武器防具のような古物がなぜか多い。出すところに出せば美術館に納められるようなものもあるそうだが、両親はものを寄贈するのが嫌いだし、金には困っていないし、別にあっても困らないし、で放っておいてある。
 園亞としては嬉しい。園亞はこの蔵の一番奥の、一番きれいな古物が並べてあるところの空気が好きなのだ。一日一度はあの空気を嗅がないと落ち着かない。
 埃っぽい空気の中を歩き、奥へと進む。少しずつあの空気が肌に伝わってくる。園亞の体の隅々まで行き渡り潤してくれるような、それでいてずんっと体の骨の部分を圧するような、強く清いなにかを感じる空気。
 ふと、あれ? と思った。なにか、普段と違う匂いがする。
 今まで嗅いだことのない、不思議な匂いだ。でもすごくいい匂い。蕩けるように甘いのに、すごく瑞々しい匂い。思わずごくりと唾を飲み込んで、匂いのする奥への階段を登った。
「……っくそ。この中に逃げてきたはずなのに。どこに消えたんだ、あいつ」
 男の子の声だ。クラスメイトと比べても特に変わったことのない普通の少年の声。けれど園亞にはひどくそそられるものに聞こえた。
「……わかってるよっ、んなこと! 俺だって計画的に襲ってきた奴をそのまま逃がす気はないっての!」
 もはやたまらない気分になって園亞は階段を駆けた。いい匂い、たまらない匂い。それがこの先から匂ってくる。
「……だけど、ここってすごいな。なんていうか、すごく、力を感じるっていうか。刀とかいっぱい並んでるけど、みんな……すごい圧倒される……!」
 たんっ、と音を立てて階段を登りきると、予想していたものよりずっと整った顔立ちの少年が立っていた。その少年はこちらを振り向き腰に差した刀に見えるものの柄を握ってこちらを睨んでいたが、園亞が駆け寄っていくと慌てたように手を振る。
「い、いやっこれは違うんだ! 俺は泥棒とかじゃなくてなんというかその、そうあれだ通りすがりの賞金稼ぎで……!」
 園亞はその言葉を聞いていなかった。バスケ部でも相当だと評判の自慢の脚力で床を蹴り、その振っている手に――
 がぶりっ。
「……いってえぇぇぇっ!」

「あははー、ごめんねー。だってあんまりいい匂いがしたもんだからー」
 できるだけ警戒を削ごうとにこにこ笑顔で言ったが、少年は仏頂面でこちらを見るだけで答えてくれない。むぅっと頬を膨らませたが、その手にくっきり歯型がついているのを見るとさすがに強気には出れない。我に返ってもぎ離されるまで、園亞はずっと少年の手にかぶりついていたのだから。
「え、えーとね、普段はこんなことないんだよ? ていうか私人間食べないし! たまーにいい匂いのする人の匂いかいだり舐めたりすることはあっても」
「あるのかよ!?」
「え? 君はないの?」
「…………」
 少年はひどく困惑した顔で園亞を見る。そういう顔をするとちょっと子供っぽくて可愛い。仏頂面はひどく板についていて大人っぽかったけれど。
「えーと、それでね、あーそうだこれ聞かなきゃ。君は誰で、どうして私の家の蔵にいるの?」
「………う」
 少年は言葉に詰まり、あからさまにうろたえた顔で言い訳を探し始めた。
「そ、それは、その、なんていうか」
「泥棒さん? そりゃうちの蔵には高いものもあるらしいけど」
「そうじゃない! だから、俺はその、えっとあれだ、正義のヒーロー(予定)の賞金稼ぎで……!」
「賞金稼ぎ? ってあの、西部劇とかに出てくる?」
 目をぱちくりさせる。現代日本で賞金稼ぎ? というか、正義のヒーロー?
 しまったという顔をする少年に、園亞は目を輝かせた。
「すごいね!」
「―――は」
「賞金稼ぎってことは犯罪者倒すんだよね! 正義のヒーロー(予定)ってことは法で裁けぬ悪い奴とかもやっつけるんでしょ? 日本政府のとくむきかんとかから情報やお金もらったりしてるんだ、すっごーい! やっぱり私の知らないところで裏の世界は動いてたんだ!」
「………あの」
「うんうん、すごいよ! すごいよ君! カッコいい! その刀で悪い奴をばっさばっさと斬って捨ててるんでしょ?」
「いや、斬って捨てるというほどのとこまではいかないけど……」
「あ、そうだよね日本はほーちこっかだもんね。捕まえて警察に、あ違うか裏の組織に突き出すんだよね!」
「いやそういうわけでも……ううう。……煌〜、この子どう説得すりゃいいんだよ〜」
「? 君誰と話してるの?」
「い、いや、なんでも! と、とにかく俺は仕事があるから……」
「私の家に協力を求めに来たんだ!」
「……はい?」
「うんうん、ぜんりょーな市民としてめいっぱい協力するよ! 犯罪者が目の前にいるのに放っておけないもん! なんでも言って、私できる限り協力するから! あ、それとも新隊員とかパートナーの募集? 正義のヒーローには脇役の女の子がつきものだもんね!」
「い、いやだからー!」
「あ、言い忘れてた! 私四物園亞っていうんだ。あなたは?」
 にこっと笑いかけると、少年は困りきっていた顔を少し赤らめて、ぼそっと答えた。
「閃。草薙閃」
「うわー、カッコいい名前! でもちょっと派手だね」
「……四物園亞だって相当だと思うけど」
 少しムッとしたような顔で言う閃に、園亞は笑った。
「あー、そうかもね! 私は気に入ってるけど派手かも! 閃くんも自分の名前気に入ってるの?」
 首を傾げると閃はまた顔を赤らめて答える。
「……まぁ、それなりに」
「そうなんだぁ、嬉しいな。私たち派手好き名前同志だね!」
「いやそれは誤解を招く言い方なんじゃ……ってわかってるよ煌っ言われなくても! え、出てくるって……バカバカ無理言うなこんなところで、そりゃ俺じゃこの子うまく追い払えないけど、う、でもだけどー!」
「? 閃くんどうしたの、パントマイムの練習?」
「いやそうじゃなくて………。悪い、四物。少し目を閉じててくれるかな」
「えーっ、園亞でいいよー。苗字で呼ばれるとお父さんかお母さんか私かわからないじゃない」
「……園亞。少し目を閉じててくれるか?」
「いいよー」
 言われて素直に目を閉じると、少し呆気にとられたような沈黙があってから、気を取り直したように「いいって言うまで絶対開けないでくれよ!」と叫ぶ。うんもちろんー、と答えるとしばしごそごそと服を着替える時のような音がして、それから大人の男の深みのある美声が響いた。
「――おい、小娘」
「なに? 知らない人」
 そう答えてから、園亞は慌てた。
「わっわっ、この状況で知らない人ってことは犯罪者? 殺人鬼? 痴漢? 変態? ストーカー? やだやだ怖いよう」
「……おい小娘。人の話聞け。つか俺の顔を見ろ」
「え、だって閃くんがいいって言うまで目開けちゃダメって」
「律儀な奴だな。閃」
「うん……。園亞、もういいよ」
 言われて園亞はぱっちりと目を開ける。そしてとたん仰天した。
 そこにはおそろしく美しい男が立っていた。身長は二mほどもあるだろう。すらりと長く伸びた足と腕は逞しいのに驚くほど均整が取れてごついという印象が微塵もなく、腰周りもがっしりとしているのに頭の小ささと背の高さとでこちらを圧倒するほど黄金比的なバランスを保つ。
 なにより園亞を驚かせたのはその顔立ちだ。短く切った髪、彫りの深い顔立ち――そんな形容をすること自体この顔への冒涜に思える。
 美しい。百万遍言っても言い足りないほどに。テレビで見る芸能人など彼に比べれば塵芥も同然だ。大きすぎず小さすぎない切れ長の瞳も高すぎず低すぎないすっと鼻筋の通った鼻も完璧という言葉すら不足に思えるほど驚異的な造形美を誇る肉感的な唇も、すべてが神が全精力を傾けて造った至高の芸術品のように輝いている。
 いやむしろ彼自身が神。人ならざる超越者。そう呼ぶにふさわしい超絶的な美しい青年に園亞は数瞬見惚れ、それから指を差して叫んだ。
「すごい、こんなにきれいな変態さん初めて見た!」
「あぁ!? 変態から離れろ小娘、その首もぐぞ!」
 美しい顔を怒りで歪め手を振り上げる美青年に、園亞は怯えてしゃがみこんだ。
「きゃあっごめんなさいっ、でもでもこんなに唐突にどこからともなく現れるなんて変態さんとしか思えなくって」
「そーか小娘、いい度胸だそんなに殺されたいか」
「やめろ煌の馬鹿っ、この子は人間だぞ! 穏便に説得するって言ったじゃないかっ」
「あぁ?」
 ぎろり、と閃を睨む煌と呼ばれた美青年。閃も一歩も退かず見返す。わー、閃くんカッコいいなー、と園亞は思わず見惚れた。
 煌はしばし閃を睨み、肩をすくめた。
「わぁったよ」
 そしてくるりとこちらを向き、じろりとこちらを睨んで(その所作もすでにひどく美しいのが困る)言う。
「おい小娘。園亞とかいったな。俺らははぐれ管を探してる」
「くだ?」
 煌は美しく光る瞳でこちらをのぞきこみ、言った。
「管狐。妖怪だ」
「煌!」
「いーじゃねーかよ。これが一番手っ取り早いぜ」
「そういう問題じゃっ」
 怒鳴る閃をあしらいながら、煌はこちらを見た。園亞はきょん、と首を傾げて訊ねる。
「くだぎつねって、どういう形してるの?」
「え……」
「長っ細い体してる狐。見ようによっちゃ鼠っぽく見えるかもな」
「あー、それなら、さっき見たかも」
「えぇ!?」
「どこでだ」
「え? えっとえっと、どこでだっけ? どっかで、うんどっかで確かに見たと思うんだけどー。確かさっきだったと思うんだけど、家の中でだっけ? うーん確か……うーんとー」
「使えねぇな。覚えてねぇのかよ」
「煌! そういう言い方やめろ」
「あ、そうだ!」
「思い出したのか!?」
「小学校の頃の友達に管って名前の人いたよ! 確かお父さんがすごく狐顔だった!」
 園亞としては会心の思いで告げた言葉は、見事に昭和なズッコケと超絶美男子の冷たい視線で迎えられた。

「ふーん、閃くんと煌さんはよーかい相手の賞金稼ぎをしてるんだー」
「……まぁ」
「えっとつまり、日本政府は裏の世界でひそかに悪いよーかいに懸賞金を懸けてて? 閃くんたちはそーいうのを狩って生活してるんだねー」
「うん、まぁ」
「で、よーかいって、なに?」
『……………………』
 微妙に重いような気がする沈黙に、園亞はわたわたと慌てて二人の顔を見比べた。
「えと、なになに? 知ってなくちゃまずいこと?」
「一般的にはどうだか知らないけど……」
「その年の日本人で妖怪のよの字も知らねーってのは相当のもの知らずだっつーのは確かだ」
「うぐ」
 園亞は口ごもった。確かに自分が同級生たちに比べてものを知らないのは自覚している。
 閃は少し困ったように園亞を見て、小さくため息をついて言った。
「わかった。じゃあ、詳しく説明するよ」
「ほんとっ? してしてっ!」
「現金に騒ぎやがってこの小娘」
「煌。……園亞。君は生命ってものがどうやって生まれるか、知ってるか?」
「え? んっと、お父さんとお母さんが……」
「確かに、それは普通に人間の常識とされている行為だ。だけど、本当はそれだけじゃ生命は生まれないんだよ。生命の根源は、どんな観測手段にも引っかからない特殊な力。気とかオドとかオルゴンエネルギーとか言われる、生命エネルギーなんだ。それを生物の意思が引き寄せ、肉体という鋳型に流し込むことで生命は生まれるんだ」
「? ? ?」
 閃の説明によると、こういうことらしい。どんなものであれ生命にはその根源になるエネルギーがある。普段宙に漂っていてまったく方向性を持たないそのエネルギーは、意志――想いに反応して生命を創る。親となる存在の『子供が元気に生まれてほしい』という想いや『子孫を残したい』という無意識の繁殖欲に反応し、胎児や種の段階にある新たな命の鋳型に流れ込むのだ、そうだ。
「だけど、違う生まれ方をする生命がまれに存在する。なにもないところや、本来なら生命を持たないはずの無機物に人間や動植物の『想い』が作用して生命が吹き込まれ生まれたもの。それが、妖怪」
「えーと……つまり、よーかいっていうのは普通じゃない命っていうこと?」
「うん。妖怪っていうのは基本的に人間の想像力が作り出したものがほとんどだ。人は恐怖心をはじめとする強い想いに想像力で形を与えることができる。桃太郎の鬼とか狸に化かされた話とかくらいは君も知ってるだろ。新しいところではトイレの花子さんみたいな学校の怪談とか。そういう風に、闇の中に在るものをこうなんじゃないかああなんじゃないかって想像力を駆使して考えて、想いを形作ったもの。それが、妖怪」
「はぁ……えっとじゃあ、桃太郎の鬼とか化ける狸とかトイレの花子さんとかが、ホントにいる……ってこと?」
「ああ」
「ま、とりあえずはそんくらいの理解でいいか」
「うわぁ……じゃあ、ウチの学校にも花子さんいるんだ! うわーこわっ、えっと赤って答えたら鎌持った足のない人がビデオから出てきちゃうんだっけ!? こわっ!」
「なんかいろいろ混じってんな」
「……そういう心配はあまりしないでいいと思う。怪談が妖怪を生むっていうのは確かだけど、怪談のある場所に常に妖怪が生まれるってわけじゃない。噂話が広まって、何千何万何十万って人がその存在を恐怖したり想像したりして、それらの想いが集合して偶然生命エネルギーが吹き込まれて、ようやく妖怪は生まれるんだ。まぁ、場合によっちゃたった一人の想いでもエネルギーがうまく作用して生まれることもあるらしいから怪談を実際に試してみるなんてことはしない方がいいとは思うけど、そういうことはまずめったにない」
「へー、そうなんだぁ。……で、閃くんはそういう妖怪の中で悪い奴をばったばったと倒してるんだね?」
「うん、まぁ……ばったばったってほど簡単じゃないけど。なんでも三十年くらい前の世紀末に妖怪たちの大戦争があって、それから妖怪が生まれやすくなってるとかで、政府にも妖怪の存在が知られるようになって。悪い妖怪や人間の常識をよく知らない妖怪が起こすトラブルを放置するわけにいかなくなってきたんだって。それで、それまで人間の味方をしてくれる妖怪に対処を任せきりだった悪い妖怪たちに対抗するため、対妖怪の組織を作って悪質な妖怪を退治してくれた者に賞金を出すようになったんだってさ」
「へぇー」
「つっても、そーいう妖怪を倒してんのは今まで通りほとんど妖怪だけどな」
「え……そうなの?」
 閃はわずかに苦笑した。
「ああ。普通の妖怪は人間じゃ歯が立たないくらい強いんだ。皮膚は鉄みたいに固いし、人間じゃ考えられないくらいタフだし、怪力や術で人間なら当たれば即死ぐらいの攻撃を繰り出してくるし。若い妖怪ならともかく、ある程度年経た妖怪は軍の一小隊がかりでも対抗できるかどうか。もちろん妖怪にもいろんなタイプがあるから、戦う力は人間並みっていうのもけっこういるけど」
「そうなんだー。じゃあ閃くんたちはすごいんだね! 人間なのにたった二人で妖怪に立ち向かうなんて!」
「う……」
 わずかに顔を赤らめて口ごもる閃。どうしたんだろうと首を傾げると、煌がにやにやと補足する。
「今んとここいつはまともに妖怪倒したこといっぺんもねーよ。ヤバいとこは全部俺がやってんだ」
「えぇ!? 煌さんってすごい人だったんだ!」
「人じゃねぇよ」
「え?」
 閃が小さくため息をつきながら言った。
「こいつ、妖怪なんだ。それも、死ぬほど強い」
「えーっ!? だってどこから見ても人間……そりゃ普通じゃ考えられないくらいにきれいだけど!」
「今じゃほとんどの妖怪は人間に化ける力を持ってんだよ。そうやって人間の間に混じって暮らしてる。人間の味方をする妖怪が人間を害する妖怪を倒すのにゃ、主義がどうこう以前に自分たちの身の安全を確保するため、ってのもでかいんだぜ。ま、俺はそんなんどーでもいいけど」
「はぁー……」
 園亞は深々と息をついた。自分の常識にないことを次々と言われ、頭の中が少しぐるぐるしている。
「そーいうわけで俺らは襲ってきた奴を倒そうとしてる。さっき襲ってきた奴はこの屋敷ん中に入ってったから、中に入って探してた。理解できたか、嬢ちゃん?」
「うん、たぶんー」
「そういうわけだから、さっき言ったみたいな奴とか、見かけない人間とかそういうのいなかったか? って聞いたんだ、さっき」
「うーん、そっかー」
 園亞は腕を組んで考え込んだ。悪い人、じゃなくて妖怪を捕まえるというのなら協力したいとは思うのだが。
「でも、私別に知らない人も鼠みたいな狐も見なかったけどな? そのくだっていうの、うちの中に入ってきたんだよね?」
「うん。道で突然襲ってきて、撃退したらこの家の中に逃げた。目的は俺だろうから、また襲ってくるとは思うんだけど、たぶんまた搦め手で攻めてくるだろうからできるだけ早く倒したくて」
「? なんで閃くんが目的、ってあっそーか! 閃くんは正義のヒーローな賞金稼ぎなんだもんね! 敵襲ってくるよね!」
「……それは」
「まーカッコ予定がつくけどな。予定は未定ともいうし」
「う、うっさいな!」
「あははー。……そっか、じゃあ私がこの家の中案内するよ! 生まれた時からここに住んでるから、隠れる場所とか超詳しいし!」
 園亞としては名案のつもりだったのだが、閃は絶句して勢いよく首を振った。
「駄目だっ! なに言ってるんだよ、相手は悪い妖怪なんだぞ、巻き添えを食らったらどうするんだよ!?」
「え、大丈夫だよ、私けっこう足速いし! 危なくなったら逃げられるし!」
「そういう段階の話じゃない、戦いなんだ。不意を討たれることもあるし向こうだって命懸けなんだからどんな卑怯な手だって使う。人質を取ることもあるし精神を操作して盾に使われることもある。どころか攻撃妖術の流れ弾食らっただけで人間はあっさり死ぬんだぞ!? そんな危ない目に遭いたいっていうのか!?」
 園亞は目をぱちくりさせた。閃の言葉について考えた。
 それからじっと閃を見て訊ねた。
「閃くんは?」
「え?」
「閃くんは、そんな危ない目に、いつも遭ってるの?」
 閃は数瞬言葉に詰まった。それから顔を赤くし、わずかに目を逸らしながら、「俺は、煌がいてくれるから……」とぽつんと言う。
「でも、閃くんも戦うんでしょ」
「うん……そりゃ」
「危ないのに、戦うんでしょ?」
「……うん」
 今度は真正面からこちらを見てうなずく。
「なんで?」
 こちらも真正面から閃を見て訊ねると、閃は顔を赤くしながらも、真剣な面持ちでじっとこちらを見つめ答えた。
「それが俺の決めた道だから」
「………カッコいい」
「は?」
「カッコいい……すっごくカッコいいよ、閃くん!」
 園亞は目をキラキラ輝かせながらがっしと閃の手をつかんだ。
「すっごくカッコいい……今の閃くんの言葉、胸がキューってなった! 輝いてるよ閃くん、閃くんはホントにヒーローだよ!」
「あ、あの園亞、手放して……」
「私にも手伝わせて」
「は?」
「私も閃くんのお手伝いがしたい! 頑張ってる閃くん、放っておけないもん! 私正義のヒーローの助手になる! ヒロインじゃなくてもマスコットキャラとかでもいいから、ちょっとでも閃くんの手伝いしたい!」
 めいっぱい瞳を真剣にきらめかせ、閃の瞳をのぞきこむ。閃はうぐっと気圧されるように身を退いたが、すぐに勢いよく首を振った。
「駄目だったら駄目だ! これは遊びじゃないんだぞ、本当に命がかかってるんだ、興味本位で首を突っ込むようなことじゃ」
「命がかかってるんだったらよけい閃くんたちのこと放っておけない! 私にだってなんかできることあると思うもん!」
「普通の人間がどうこうできる段階の話じゃないんだよ! はっきり言うと、その」
 一瞬言葉に詰まるも、厳しい顔で言い放つ。
「足手まといなんだ」
「う……」
 そこまではっきり言われると自分が超人でもなんでもないという自覚がある園亞は反論できない。だがすぐ勢いを回復して詰め寄った。一度言い出したことに対する諦めの悪さには友人の間でも定評があるのだ。
「じゃあ、道案内! 家の中の案内だけさせて! この中広くてややこしいし、初めての人だったら絶対迷うよ?」
「う……」
「戦いになったらすぐ隠れてるから! 逃げ足には自信があるって言ったでしょ? 私だってそのくらいできるんだから!」
「……だけど」
「いいんじゃねぇか、閃」
「煌っ!?」
 きっと煌を睨む閃だが、煌は平然とした顔で飄々と肩をすくめてみせた。
「道案内が必要なのは本当だしな。お前方向音痴だし。それは俺がいるからなんとかなるとしても、これだけの屋敷だ、使用人も多いだろ。そいつらと会った時にこいつが一緒なら言い訳できるんじゃねぇか?」
「だけど……危ないだろ」
「襲ってきた妖怪を長時間放っとく方がよっぽど危ない。それに第一、俺を誰だと思ってる? あんな木っ端妖怪目の前にでてくりゃ一秒で瞬殺してやるさ」
「…………」
「お願いだよ、閃くん。私、閃くんの手伝いがしたい」
 じっと閃を見る園亞に、閃は顔をしかめてしばし考えていたが、やがて「わかったよ」と息を吐いた。
「やったぁっ!」
 思わず飛び跳ねる園亞。「ったく、単純な女だな」という煌の言葉も、「煌!」とぎろりと煌を睨みながら言った閃の言葉も耳に入らなかった。

「こっちが離れで、こっちが池。その周りに松の木がいっぱいあるんだよ。こっちの道は砂利道でね、車庫に続いてるの」
 案内しながら園亞はきょろきょろと周囲を見回した。少しでも早く妖怪を見つけなければならない。
 閃も注意深く周囲の様子を窺っている。その顔は真剣だ。煌は飄々とした顔つきだが、視線は鋭く周囲を見回している。
「とりあえず、車庫の方から行くね」
「……車庫、ね」
「あれ?」
 園亞は目をぱちくりとさせた。
「どうしたんだ?」
「神崎さんがいないなって。あ、神崎さんっていうのはうちの運転手さんなんだけど。いっつも車庫の周りで車磨いてるんだけどな」
「え……」
「おい、閃」
「うん」
 閃はうなずいて腰に差した刀(本物の日本刀なのだと聞いた)に手をかけた。え、なに、と思っているうちに車庫から車、BMWが飛び出してきた。
「え、え、えぇえっ!?」
 神崎が運転しているのか、と見てみた園亞は仰天した。運転席に誰も乗っていない。誰も運転してはいないのに車が動いてこちらに相当な速さで向かってくる。
 これはもしかして、あれではないだろうか。さっき閃たちに説明してもらった妖怪の、えっとなんていったっけ、く、く、そうだくだのよう……なんだっけ?
「園亞っ! 逃げろっ!」
 園亞が呆然と考えている間にも車はこちらへ向かい突っ込んでくる。うわ逃げなくちゃ、と思うがそれよりも早く目の前に閃の真剣な顔が飛び出てきて仰天した。
「こっちだ!」
 ひょい、と抱え上げられて軽々と運ばれる。え、え、と思っているうちにだっと駆け出されすぐに木々の生えているところまで持ってこられた。すごい足だ。
 あ、いい匂い、と園亞は思った。こんなに近くに閃の、蕩けるような匂いがある。
「ここにいろ!」
 叫んで閃は車の方へと走っていく。ぽうっとしていた頭が我に返り、危ない、と叫びかけて固まった。BMWを、真っ赤に燃える巨人が押し戻している。
「おい〜、本気でこれ壊しちゃ駄目なのかよ? 壊せば本体に戻るぜ?」
 巨人が煌の声で喋りだしてぽん、と園亞は手を叩いた。これが煌の妖怪の姿ってやつなのだ。
「駄目だ! そのくらいのならお前なら楽勝で抑えておけるだろ、その間に俺がなんとか本体を」
「憑依したもんに溶け込むタイプだったらどうすんだよ」
「……その時はっ……」
 え、壊すって、車を? それはちょっと困るような、でも閃たちの命には代えられないと思うし、でもなんとか車を壊さずになんとかする方法があるならしてほしいと思ったり――
『できるわよ』
 唐突に、声が頭の中に響いた。
「え、え?」
『できるわよ。あなたなら、なんとか≠キることができる』
 静かで落ち着いた大人の女性の声。だが普通の声ではない。耳で聞いているのではない。心が聞いているのだと自然にわかる。そんな不思議な、いってみれば異様な声なのに、園亞は微塵も警戒心を抱かなかった。
 だって知っている、この声。どこでだかは覚えていない、でも確かに知っている。夢の中で聞いたような、朝目が覚めたら当然のように知っていたような。
『あなたはもうやり方を知っている。少し勇気を出して扉を開ければいいのよ。大丈夫、あなたを縛るものはなにもない』
「………」
『なにより、あなたの力は、今必要とされている』
 その言葉に、なぜかふぅっと体の力が抜けた。
 じっと車を見る。車は運転手のいないままエンジンをフル回転させて煌を轢き殺そうとしていた。
 それはよくないことだから、止めなくちゃ。
 ぼうっとした頭の中で自分の芯に近い部分がぽわんと、ごく単純に思い、頭の中で、あるいは心の中で、またあるいは魂の中で、ごく軽い操作≠行った。
 とたん、車の動きが止まった。
「え?」
 閃が驚いたような声を上げる。煌は肩をすくめながら、ほとんどウイリーしかけていた車をどっすんと地面に下ろす。
 車の上に一匹の小さな狐か鼠かよくわからない細長い動物が転がっていた。人間の姿に戻った煌は(燃える巨人の姿になったのに服が破れも燃えもしていないのを見てあれ? と思った)、ひょいとそれを持ち上げる。
「こいつだな?」
「うん、間違いない……でも、なんで? こいつ……寝てる?」
「みたいだな。手間が省けたじゃねぇか、軽く絞め落として本部持ってこうぜ、生け捕りにしたなら高く買い取ってくれるだろ」
「…………」
 どうにも納得がいかない、というように難しい顔をしている閃に、園亞は走り寄った。なんだか心臓が不思議なくらいドキドキしている。
「閃くん!」
「園亞……怪我とか、ないよな?」
「うん、大丈夫、助けてくれてありがと、カッコよかった……あのね、私。その妖怪ね、出てきたのね、私なの」
「……は?」
 意味がわからない、というように眉をひそめる閃に、園亞は必死に説明する。なんだか頭も体もひどく興奮していて口がうまく回らない。
「あのね、声がしてね、知ってた声なんだけど、それが使い方教えてくれてね、ううん使い方は知ってたんだけど、ていうかその声が教えてくれたのかなぁって思うんだけど、私のすごい底の方でね、なにかが動いたっていうか、そしたらホントに妖怪がね」
「……はぁ」
「おい、閃。そろそろ行くぞ。人が集まってきそうな気配だ」
「あ、うん、わかった。……って記憶! 園亞の記憶消さなきゃ!」
「あぁ? んなの無理だっての、んな時間もねーし」
「だからってー!」
「おら、いいから行くぞ。……じゃあな、小娘」
「待てよ、煌! くそっ。……園亞。今日のことは誰にも話さないでくれ。絶対に誰にもだぞ。話したらそれこそ黒服が現れて君を殺すようなことになるかもしれない。くれぐれも」
「閃くん!」
「え、へ?」
 がっし、と園亞はもはや立ち去りかけている閃の手を握って訴えた。
「あのね、私ね。すごくね」
 言いかけて、頭を振る。自分の頭で説明したってあの体験をわかってくれるはずがない、それよりも。
「私がもっと頑張って、いろいろできるようになったら、閃くんと一緒に、正義のヒロインやっていい?」
 頭の中からぽんっと浮かんできた想いを告げると、閃はわずかに目を見開いた。園亞は真剣な顔でそれを見つめ、返事を待つ。
 と、閃は小さく笑んで、首を振った。寂しげな、なにかを諦めたような、そのくせしゃんとした笑みだった。
「俺なんかと一緒にいられるのは、煌しかいないんだよ」
 そしてばっと園亞に背を向けて、足早に駆け去っていった。

 園亞は自分の部屋のベッドに寝転がりながら、ため息をついていた。
 あのあと、集まってきたお手伝いさんたちに事情を説明する気にもなれず、園亞は部屋に引き取った。そしてひたすら考えていた。
 閃のあの言葉はどういう意味だったのだろう。俺なんか、って。一緒にいられるのは煌しかいない、って。
 なんだかとっても寂しそうだった。なのになんていうんだろう、不思議な靭さがあった。鍛えられた鋼のような、それこそ日本刀のような、鋭く硬い覚悟があった。
 連絡先も知らない、どこに住んでいるのかも知らない、知っていることといえば名前と職業だけ。そんな彼のことが気にかかってしょうがない。寂しそうなあの男の子に、なんとか自分の持っている温かいものとか、優しいものとかをわけてあげたいと思った。煌というあの人はとても強い感じがしたけれど、そばにいてくれるのが世界にあの人ただ一人だったらきっと寂しいことになると思った。
 どこに行けば会えるかなんて当てもない。だけど、どうか。自分ができることを増やしたら。あの男の子を助けてあげられるくらいになれたなら。
「また、会えるよね……」
 そう小さく呟いて、すぅっと園亞は寝入った。そうだ、あの時の不思議な感覚と、声と、自分があの妖怪を無力化したのだという確信はなんだったのか考えてない、と頭のどこかでぼうっと思いながら。

 ――すたり、とその美しい猫は枕元に降り立った。
 園亞はすっかり眠っている。軽く尻尾を動かして顔を撫でても、むにゅむにゅ言うだけで目を覚まそうとはしない。
 猫はごろごろと喉を鳴らし、それから小さく笑った=B
「いい子ね、園亞。夢の中ではもう自由自在に使えていたから安心はしていたけれど、起きている時に使えたのは嬉しかったわ。初めての実戦としては、まぁ相手が少しばかり弱すぎたけど、上々の出来ね」
 それから少し首を傾げて考えるようにする。
「けれど、あの二人は驚いたわ……まさか旧き火神≠ニ百夜妖玉≠ェこんなところに来るとはね。東京近辺を根城にしているとは聞いていたけれど……これも月の導きというものかしら? 今、修行の第一段階を終えようとしている園亞と、彼らが出会ったことにはなにか意味があるのか、どうか……」
 しばし首を傾げていた猫は、すぐにふふっと、猫の顔で笑い声を立てた。
「まあいいわ。妖怪の縁は一度会っただけでわかるものでもないし、それに、うまくすればあの二人の星は園亞を成長させる糧となりえる。彼らの強き輝きは多くの者たちの想いを引き寄せる……園亞もあの子のことを気に入ったようだし、ね」
 猫はすぅっと体を伸ばし、眠っている園亞に微笑みかける。
「さぁ、修行を始めましょう。あなたの底に在る、魔≠研ぎ澄ますために」
 月の光が降り注ぐ中で、猫と園亞はゆっくりと呼吸を整え始めた。

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キャラクター・データ
四物園亞(よもつそのあ)
CP総計:5?
体:11 敏:13 知:10? 生:12?(10+30+0+20=60CP)
基本移動力:6.25+1.25 基本致傷力:1D−1/1D+1 よけ/受け/止め:6/-/- 
特徴:意志の強さ1LV(4CP)、カリスマ1LV(5CP)、後援者/両親の会社(きわめて強力な組織(国際的大企業四物コンツェルン)/まれ、13CP。敵/某闇会社/まれ、−10CPと足手まとい/25CPのお目付け役/知人関係/まれ、−3CPとで相殺)、朴訥(−10CP)、正直(−5CP)、好奇心(−10CP)、そそっかしい(−15CP)、健忘症(−15CP)、誠実(−10CP)
癖:自分は普通だと思っている天然、口癖「え、えっとえっと、なんだっけ?」、口癖「私だってそのくらいできるんだから」、胃袋が異空間に繋がっているとしか思えないほど食う、超ドジっ子属性(−5CP)
技能:バスケットボール13(2CP)、学業10(1CP)、軽業11(1CP)、投げ10(0.5CP)、水泳12(0.5CP)、ランニング10(1CP)