「カローラ」 第四章「病」 2



「遅かったね、順」
「あ……ちょっと廊下走っちゃって、看護婦さんに怒られちゃった」
「もー、だめじゃん」

気がつくと夕歩の病室に戻っていた。

どうして自分はここにいるのだろう。
何故、あの話を立ち聞きしてしまったんだろう。
夕歩は――自分の病気のことを知っているのだろうか。

考えが上手くまとまらない。頭が上手く回らない。

「順、どうかした?」
「え?」
「なんか暗いよ」

考え事に気をとられていた順は、夕歩の言葉にどきりとした。
なんと答えていいのか一瞬迷う。ただ夕歩に悟られてはいけないのだということは、順にも分かった。

「あーなんかほら、やっぱ病院って苦手っていうか、薬の匂いにやられちゃったかも」
「まあ順は丈夫だから、病院なんかには縁ないかもね」

上手く誤魔化せただろうか。不安に思いながら無理やり笑顔を作っていると、背後でドアが開く音がした。

「夕歩」
「あ、母さん。お話し終わったの?」

振り返ると、夕歩の母が病室の中へ入ってくるところだった。夕歩の母は娘の顔をちらっと見た後、少し緊張した面持ちで順の方へ視線を向けた。

「ええ、もう終わったわ。……順さん、夕歩と話があるから、あなた先に帰っていてもらえるかしら」
「あ、はい」
「えー。私、順ともっと話したいのに」

夕歩は不満げに口を尖らせた。しかし夕歩の母が言った「話」というのが何のことか心当たりのある順は、夕歩をなだめるように微笑みかけた。

「夕歩、あたしも父さんと稽古の約束あるし。また明日来るよ」
「うん……」

夕歩は何ともいえない表情で、こちらをじっと見つめている。

「じゃあねっ」

その視線を振り切るように背を向けると、夕歩の母にお辞儀をして、順は病室を出て行った。



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