梅雨の時期を迎えた。 あの日から順は、雨が降るとわざと濡れて歩くようになっていた。外で稽古をしている時に雨が降ってきても、濡れるがままにまかせている。しかし日頃の鍛練のたまものなのか、そうやっていくら雨に濡れても、順は風邪ひとつ引かなかった。 夕歩の見舞いは変わらず毎日続けている。 夕歩の前でおかしなことを口走ってしまわないか。動揺が面に出て、怪しまれたりしないだろうか。 順は夕歩の前で何か失敗してしまうのではないかと不安だったが、毎日の見舞いをやめるわけにはいかなかった。 夕歩の病状を知ってしまった今でも、顔を見に行きたいのは変わっていない。むしろ病気の重さを知ってしまったからこそ、少しでも長く夕歩と一緒にいたいと思うようにもなっている。 第一、今まではどんなにうっとおしがられても毎日のように見舞いに行っていたのだ。急に順の訪問が途絶えたら、それこそ変に思われてしまうだろう。 順は心のうちの悲しみを夕歩に悟られてしまわないように、細心の注意を払っていた。二人で病室にいる時も、笑顔で話せるような明るい話題を選ぶようにしている。 「そうだ。今度の週末、二、三日なら家に帰ってもいいって」 「ほんと?」 「でもあまり外に出たりはできないと思う」 「じゃあ、あたしが夕歩の家に遊びに行ってあげる」 微笑みながら言ってみるが、自分が上手く笑えているか、そんなことまで気になってしまう。 順の心は重かったが、夕歩の方は治療の経過も順調になってきていて、週末には何日かの外泊が許されるようになっていた。 * 梅雨も本格的になり、この頃は晴れている日はほとんどない。今日も雨が朝からしとしとと降り続いている。 土曜の今日は学校が午前中だけで終わったので、順は昼に夕歩の家に寄って数時間を過ごした後、いつものように裏山で稽古をしていた。 「天地学園か……夕歩、あんなに行きたがってたのに」 竹刀を握ると、どうしても天地のことを思い出してしまう。 夕歩の病気があんなに重いと分かった今、天地学園に行くというのは無理なことだと順は既に諦めていた。 夕歩の希望を叶えてあげられない。そんな悲しみを抱えながら竹刀を振るのはとても辛い。それでも順は、稽古をやめることはできなかった。 剣の稽古は物心ついた頃からの習慣になっている。 それに「稽古を頑張る」と夕歩と約束を交わしたのだ。天地に行くというのは実現できないにしろ、夕歩とのその約束が、まだ心の深いところに残っていた。もしかしたらその約束にすがっているのかもしれなかったが、順はそのことについてはあえて考えないようにしていた。 「なんで剣で病気を治せないんだろ……」 降り続ける雨を断ち切るように、竹刀を横に薙ぐ。何度も何度も振ってみるが、雨の流れを断ち切ることなどできるはずもない。 雨の中濡れたままで型の稽古をし続け、空が赤くなる頃になって雨がやんでくると、順はやっと家路についた。 |
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