「鞘」 二章「転」 3



『決闘』

剣待生は、刃友とのペアで行なう通常の星獲り戦とは別に、一対一の仕合いを申し込むことができる。この私的な仕合いのことを「決闘」と呼ぶ。
決闘の際には、双方持ち星五つ(計20ポイント)を賭けること。生徒会役員、またはそれに認められた者の立会いが必要。
勝者は敗者に対して、学園規則に反しない範囲での要求を一つだけ求める権利が与えられる。敗れて持ち星を全て失う場合でも、リベンジ(前項参照)を申請することはできない。
希望者は所定の用紙に必要事項を記入の上、事務当該窓口まで――



桃香は放課後自室に戻るとすぐに、机の引出しの中から学園案内を引っぱり出した。
この冊子には学園生活での諸注意の他に、星獲りのことについても詳しく書いてある。
剣待生なら熟読しておいてしかるべきものだが、桃香は入学する時に一度重要事項に目を通しただけだった。その後は他に考えるべきことが多すぎて、ずっと引出しの中にしまったままだったのだ。

ともかく学園案内を繰り、決闘に関するルールに目を通していくと、冊子の最後の方に目的の項はあった。

(ペアで行なう通常の星獲り戦とは別に、一対一の仕合いを申し込むことができる……)

桃香は、その一文を何度も何度も心の中で繰り返した。
これはつまり、単刃者である自分にもチャンスがあるわけだ。しかも決闘の勝者には、前もって申請しておいた願いが一つだけ叶えられるという。

(これは、いける……)

思わぬところにりおなを取り戻すチャンスが転がっていた。これだけならすぐにでも桜花に決闘を申し込みたいところだが……。

決闘は、持ち星を五つ賭けて行なわれる。入学時に渡される星は、五つ。当然五つしか星を持っていない桃香は決闘に負けると星を全て失うことになり、それは同時に剣待生の資格を剥奪されることをも意味する。
なるほど、まだ持ち星の少ないだろう同級生たちも、この「決闘」というシステムのことを噂にしないわけだ。願いが叶えられるというのは魅力的だが、失敗した時の代償が大きすぎる。

もちろんいざとなったら、剣待生の資格を剥奪されてでもりおなを守るつもりではいる。
だけど自分が完全に手を出せなくなったら、その後りおなは桜花にどんな仕打ちを受けるだろう。そう想像すると、桃香は不安を感じずにはいられなかった。

『それとも、「決闘」でもしてみる?』

嫌な笑みを浮かべながら言った桜花の顔が思い浮かぶ。
桜花は、桃香が危険を冒してまで決闘を申し込むわけはないと思ったのだろうか。
桃香は入学式の日、自分に剣を向けた桜花の素早い動きを思い出した。

(汚い手えも使うとるとはいえ、さすがこの天地で一年間やってきただけのことはある。いけ好かん奴やけど、腕は確かじゃ)

たとえ決闘を申し込まれたとしても、桜花には勝つ自身があるのかもしれない。
桃香を打ち負かして、剣待生の座から追うつもりなのかもしれない。
あるいは方法はあるのに実行する度胸がなく、それで悩み続ける桃香を見てほくそ笑むつもりなのかもしれない――

(りお姉……)

桃香は六月になった今でも、りおな以外の生徒と刃友になろうとは思わなかった。このままいくと、今後も隠れながら一人で星を守り続けていくことになる。
もちろん一人でも稽古は続けるつもりだ。しかしそれでは、緊張や高揚といったものは得られない。そういうテンションを保つために必要なものから無縁の日々を送っていたら、剣の腕も精神力も、必ず徐々に落ちていく。
そうしているうちに、きっといつか――星も一つずつ失っていくことになるのだろう。

ここしばらくの覇気のなさから、桃香には自分の行き着く先が容易に想像できた。

(それは、嫌や)

この学園で何もできないまま、剣も抜かないまま落ちていくのは嫌だ。
決闘の話を切り出した桜花の意図は分からない。しかしどのみち、もうこれしかない。桜花と正式に剣を合わせ、りおなを自由にするにはこれしかないのだ。

(やるか)

しかし、やるだけでは駄目だ。確実に勝つことを考えなければ。
桃香はここに来て初めて、自分のやるべきことが見えてきた気がした。



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