「鞘」 二章「転」 4




「今日はこんくらいにしとくかの」

筋力トレーニングのメニューをひと通りこなすと、桃香は上がった息を整えながらベッドの上に腰掛けた。自分で訓練のメニューを立ててから、今日でちょうど1週間だ。

決闘のことを聞いた次の日から、桃香は早速行動を開始した。
朝晩のランニング、素振り、不意に時間が空いた時のイメージトレーニング。夜も外で型の練習をしたり、こうして部屋で筋力トレーニングをしたりする。

稽古自体は小さい頃からの習慣になっていたので入学してからも続けていたが、しばらく落ち込み気味だった自分に活を入れるためにも、少しきつめのメニューに組みなおした。
もちろん、対戦相手の情報収集もかかしていない。

(確実に勝つためには、まずは相手の力を正確に把握することじゃ)

桜花とは入学式の時に突発的に対面しただけだ。かなり強そうだということは感じたが、正確な腕は分からない。おまけに、桜花は星獲り戦においても汚い手を平気で使うという噂なのだ。

これまで耳にした話の中には、「そこまでやるんか」と言いたくなるような卑怯なものもかなりある。しかしその容赦のなさからは勝利にこだわる執念のようなものも感じられ、ますます油断はできなかった。

(こっちもしっかり、気ぃ引き締めんと)

そういえば、今日は星獲りもあった。鐘が鳴る度に隠れ回らなければいけない生活なのは相変わらずだ。
こそこそするのは性に合わない部分もある。今ではこれも仕方がないと割り切れるようになったが、ただ隠れているだけでは芸がないので、桃香は身を伏せながら他の剣待生の戦いぶりを観察することにした。実戦で経験を積むことができない以上、他の生徒から見て学ぶしかない。

そうして冷静な目で周囲を観察しているうちに、一つ分かったことがあった。桜花くらいにひどい手は使わないまでも、勝つためになら多少汚い手も使う、そんな生徒もここでは大して珍しくはなかったのだ。

(スポーツマンシップにのっとっとるだけでは、ここではやっていけんっちゅうことじゃろか)

星獲りはスポーツとは違う、それは分かっていたつもりだった。しかし剣待生の多くは、礼節や精神性をも重んじる剣道という武道を超えてきた者たちだ。卑怯な手を使ったり裏工作をしたりしなくても、勝利を掴めるだけの腕がある、ここにいるのはそんな人たちなのではないかと心の隅では思っていた。
多分に憧れというものも混じっていたのかもしれないが、ともあれ桃香は認識を新たにせざるを得なかった。

「あーー、考えないけんことがいっぱいじゃ〜」

頭の中を整理しながら、ごろんとベッドに横になる。この部屋の二段ベッドを使っているのは今でも桃香一人だけ。ルームメイトは、まだ復学してこない。

「刃友もおらん、同室者もおらん……とことん独りじゃな」

桃香は小さく呟き苦笑した。
まあいい、一人の方が部屋でのトレーニングも集中してできるだろう。

――そう、考えてみれば春までのこの一年間は、りおなとは離れて稽古をしてきたのだ。
入学したらすぐにりおなと組める、そんな考えに囚われすぎていた。それが少し伸びただけだと思えばいい。りおなと刃友になる方法はもうないのだと思っていたが、決闘というシステムもあった。自分にも、まだまだチャンスは十分ある。

やるべきことが定まったとたん、入学以来沈んでいた心も再び浮き上がり、桃香は本来の元気を取り戻しつつあった。
自分でも単純だとは思う。だけど……

(頑張らな。りお姉のために)

そしてもちろん、自分のために。



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