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患いの恋6
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「……連絡が来ないんだ」
呟きに、画面の中で旧知の友が冷たい一瞥を百瀬に向けた。
『そんな内容でわざわざ連絡してきたのか?俺はてっきり別れたっていう吉報を今日こそ聞けるのかと思ったが』
「冗談でもそんなことを言うな」
睨みつければ、パソコンの液晶画面の中の香芝はやっていられないとばかりに肩を竦め、紅茶が入っているのだろうカップに口をつけた。
暗い紫色をした、片方の肩からずり落ちたかのようなデザインのカットソーを着ている香芝は本当に百瀬によく似ていた。
姿形がではなく、雰囲気が似ているのだ。
そして、身持ちの軽さも似ている。
だからなにも隠さず恋愛の話などできるわけだが、香芝はたいていの場合において否定的な言葉ばかりを口にする。
高校卒業後ずっと海外にでている香芝は蓮沼と面識などないが気に入らないらしい。
『仕方ないだろ。俺はお前の相手、嫌いだからな』
なにも隠さないのは香芝も同じだ。
蓮沼とつき合うことになったときから、香芝は一貫してこのつき合いに難色を示し、事あるごとに鬱陶しいくらいにまだ別れていないのかと責めてくる。
『そもそもそんなの恋人ですらないと俺は思う。よくそんな扱いが耐えられるな。俺なら無理だ。恋人とはもっといちゃいちゃしたいしデートもしたい。ベタに映画見に行ったりとかさ』
「……静貴だってあの人とそんなことができるとは思えないが」
香芝の相手といえば、暴力団幹部だ。
映画館デートは似合うとは言い難い。
そんなものをするくらいならば、家にそれなりの設備をつくって楽しみそうだ。
映画館でそんな人間の横に座ってしまった日には隣の客はさぞ映画の中身が頭に入らないことだろう。
『なんで神近さんとってなるんだよ。ご主人様は恋人ではないだろ。ご主人様が命令しない限り誰かと恋愛なんてしないからたらればではあるんだけど』
「……そうだな」
相槌をうちながら、こんな相手ではさぞ苦戦するだろうとそのご主人様に思いを馳せる。
香芝はもうとうに恋愛においてもそのご主人様を求めているが、どうやら本人には未だ自覚はないらしい。
百瀬ですら気づいていることに気づかぬ主ではないだろう。
厄介だろうなと思う。
香芝の言葉通り、香芝はご主人様の命令にはなんでも従う。
好きでもない相手を好きになれるくらいには陶酔している。
だからこそ、自分から好きだなどとは言えぬだろう。
自覚がないところに告白なんてした日には、無自覚だっただけの恋心も命令によりつくった恋心となり果ててしまう。
難儀なことだと他人事ながら思う。
『まぁ、俺の話はいいんだ。それで?いつ別れるんだよ』
「別れないって言ってるだろ。そんなこと考えたくもない」
『裕也って恋愛体質だよなぁ。恋愛以上に大切なことなんてないだろ?』
「恋愛というか、あの人より大切なものはない」
『…………だろうな。腹立たしい』
忌々しそうに香芝がカップを置く。
そして、盛大な溜め息をこれみよがしに吐き出した。
『俺の裕也がそんな相手に寝取られたかと思うとかなり不快だ。その一点においてのみ、国を出たことを後悔してる』
「俺はお前のじゃない」
『俺のだよ。少なくとも、裕也にとって本当に必要な人間が現れるまでは俺のだ。その方がすべてがうまくいくし、平和的だ。俺はいつだって裕也の中で一番優先されるものだし、一番甘やかされるのもなにもかも俺の特権だ。ずっとそうしていたのに、ここにきてそんな奴が出てくるのは腹が立つ』
言わんとしていることはわからないでもない。
言葉にすればおかしな主張だが、確かに香芝が常にそばにいた高校時代は百瀬は安定していた。
香芝の面倒を見ることで救われていた節はある。
身体こそ奔放に遊ばせていたが、生活の殆どは手の掛かる香芝の世話で埋め尽くされていて、禄でもないことを考える暇はなかった。
満たされていた時間だったとも思う。
香芝は間違いなく百瀬を必要としてくれていたから百瀬もその存在に甘えることができた。
依存的な関係だが、それは確かに救いだったのだ。
「好きなんだ。どうしようもなく」
『知ってる。だから質が悪い。でもそんな状態でどうするんだよ。お前から連絡はしないんだろう?』
「するなって言われてるんだ。でももうあの人からも2週間も連絡がない。このままなかったらどうすればいい?」
『……あのな。そんなの、連絡するか諦めるかだろ。なぁ、裕也。お前は本当にそれでいいのか』
何度となく問われたことを繰り返され、百瀬はいつものように口を噤んだ。
答える言葉など持ち合わせていなかった。
百瀬がしている恋はそんな恋だ。
それでもいいと納得している。
ただ、納得していることと気持ちは別物だというだけで。
『お前がそいつとつきあい始めてから、俺はお前が笑っている姿を見ていない。なぁ、裕也。お前はいま幸せか?』
「幸せだ。どんな形であれあの人のそばにいられるなら……それ以上はなにもいらないし望まない」
即答した百瀬に、香芝はいつものように溜め息をひとつだけ吐いて口を噤んだ。

      

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