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それから数日、何事もなかったかのように、サンジはゾロに接した。 つまりはいつもどおり、そっけなく、少し意地悪く。けれど視線すら合わないことに、拒絶を感じる。 ゾロがナミと付き合っていると誤解して、憎まれていることは考えるまでもなかった。ナミとの仲を誤解されるのと、ゾロが惚れているのはサンジだと知られるのと、それでも多分前者の方がマシなのだろうとゾロは思う。 それでもきちんと、鍛錬後のドリンクや、ゾロの好む食事なども用意されているから、なかなかゾロは自分の気持ちを断ち切ることができないのだ。 そんなサンジをゾロは好きになった。気が付いたら心に深く根ざしていた。知らないうちに優しくされているのが嬉しかった。サンジにとっては、ただそれが自分の仕事だからと、それだけなのかも知れないけれど。
こうしてゾロが夜番の今夜だって、展望台までわざわざ、サンジは夜食を届けてくれる。 いつか自然に諦められるまで、そんな、クルーとして与えられる優しさで、ゾロは満足しようと努めていたのだったが。 「ほら、夜食だぞ。」 「おう。」 サンジはバスケットを置くと、そのまま上にあがってきたから、一服して、バスケットを持ち帰るつもりなのだろう。冷めてもおいしいものならば置いてすぐ戻ってしまうこともあるが、こうして残っていると云うことは、暖かいうちに食えという無言の要請でもある。 今夜は何かな、と、これは本当に、純粋に楽しみに取りに近づいていくと。 「うわッ!」 突然蹴り飛ばされて、ゾロはベンチにぶつかった。 「何しやがるっ、……クソコックっ!」 一瞬息を詰まらせたゾロに、サンジは飛びかかってきて、後ろに腕をひねりあげられる。 怒りと驚きに罵声をあげるが、無言のサンジは、ゾロの後頭部をつかんで床に乱暴に押しつけた。 サンジが側にいることで、緊張はしていた、けれど、警戒をしている筈などなかった。当然の油断と驚愕の隙に、両腕を素早く後ろで戒められてしまう。 「てめえ、何考えてんだ、解け!」 腕に巻き付いたのは縄の感触で、ゾロが本気になれば、引きちぎれないことはない。 けれど仲間相手にと、躊躇が隙を呼ぶ。 「コック!?」 「うるせえ!」 サンジの手がゾロのズボンを下着ごとずり下ろした。 暴れようともがくと、また頭をつかまれ、冷たく固い鉄の床に顔を擦りつけられる。 「いつの間に、ナミさんと…っ。」 苦しげなサンジの叫び。 ふざけた態度の下で、こいつは本気でナミに惚れていたのかと、胸に鋭い痛みが走った。 中途半端に下ろされたズボンをサンジの膝が踏み付け、抵抗が制限される。 まさか、と思った。 しかしサンジがベルトを外す音が聞こえ、尻の肉をつかまれて、押し開かれる。 熱く硬いものが双臀の狭間に押しつけられ、背筋に震えが駆け昇った。 この女好きの男が、ゾロを、男を襲おうとするなんて、信じられない。 嫉妬か、憎悪か。殺意を持ってもそれを果たすことはできないだろう。だから代わりに屈辱を与えようとしているのか。きっとサンジは、ゾロがナミを抱いたと思っていて、それでゾロを。 ――――それでもいい。 一度だけでも、と思った。そうしたら、今度こそきっと、惨めな初恋に終止符を打てるかもしれない。一度だけでも、抱かれることができるなら。 そんな誘惑に駆られてしまったから、ゾロの抵抗は弱い。 「ゾロ…っ、畜生…!」 けれどサンジはそれにすら気付かないようで、必死にゾロを組敷き、痛いくらいに首の後ろを床に押し付けてくる。 そんな角度じゃ入んねえよ、と、口にすることはできないから、逃げるふりで腰を捩り、受け入れやすい体勢をともがく。 「くそ…っ、入んね……。」 サンジは強引に、ゾロのそこへ彼のものを擦りつけてきた。 狭いそこに無理矢理押し入ってくるが、濡れていないせいもあり、挿入に苦労しているようだ。 ゾロもうめきながら、懸命に息を吐く。抵抗の素振りをやめないまま、そこの力だけを抜くのは難しい。 ひりつくように痛むのに、早く、と、心の中で願ってしまう。 サンジはゾロの腰を両手でつかんで腰を進めようとした。 「くう…っ。」 けれどほんの先端しか含ませていないものは、滑ってゾロのそこから外れてしまう。 サンジの声がして、ゾロの尻に熱い雫が散った。 ゾロを押さえつけていたサンジの腕が緩む。 「……おい。」 サンジの体が離れ、ゾロの背後でぺたんと床に座り込むのが判った。 ゾロの中に入り込まないうちに、サンジは果ててしまったのだ。 困惑しながら、ゾロは体を起こした。 落胆が隠せない。 振り向こうとするより早く、サンジの手がゾロの腕にふれ、縛っていたロープを解き始めた。 どうやら射精してしまったことで、頭が冷えたのだろう。男の体はそういうものだ。出してしまえば、激情も苛立ちもある程度は一緒に抜ける。 ある程度緩んだところで、ゾロは自分でロープを外した。 どうすればいいのだろう。とりあえず一発殴っておくべきなのだろうか。綺麗な顔を傷つけるのは、ゾロは本当は嫌なのだけれど、そうでもしておかなくては、今まで通りの関係には戻れまい。 躊躇いながら振り返って、ゾロは驚愕した。 サンジはぼろぽろと、大粒の涙を流していたのだ。 気の抜けたような、幼くすら見える放心したような顔から零れる涙の粒が、月明かりに光って落ちる。 「……コック。」 低く呼ぶと、サンジは嗚咽を洩らし、一度しゃくりあげたら止まらなくなったのか、両手で顔を覆って盛大に泣きだした。 「ごめん、ゾロ、ごめん……、頼むから、斬って。おれのこと斬って、海に捨てて……。」 サンジの言葉に、ゾロは息を飲んだ。 口惜しくて、悲しくなる。 そんなにナミが好きなのか。ナミへの恋に破れたと思いこんで、ゾロへの暴挙も失敗して、それで。こんなことを。 「ごめんな、ゾロ、好きだ、ゾロが好きだ。」 しかし、泣きじゃくりながらサンジが続けた言葉に、ゾロは頭が真っ白になった。 「好きなんだ、ごめん、ごめん…、でも、ナミさんにだってやだよお、ゾロを取られたくないよ……。」 盛大に嗚咽しながらの言葉だから、きっと何かがどうにかして聞き間違っているのだとゾロは思った。 けれどサンジは泣きじゃくり、泣きすぎてむせさえしながら、後はもうただ、ごめん、ゾロ、好き、の三つの言葉だけを繰り返している。
――――これは夢だ。
ゾロは納得した。 手を打ち鳴らしたいくらいにそう確信した。 だってそんなことがある筈ないのだ。 コックが自分を好きな筈はない。 だからこれは夢だ。 そもそもよく考えれば、たとえ怒りが原因だって、サンジが自分相手に勃った時点からしておかしいのだ。 ましてや泣くほど好きでいてくれるなんて。 そうか、夢か。 そう思ったら、すっかり落ち着いた。夢と自覚して見る夢だってたまにはあるのだ。 夢ならば。夢だから。 ゾロが好きにふるまったっていいのだ。むしろ目が覚める前に、こんないい夢、満喫しておかなかったら馬鹿だ。 「コック。」 ゾロは手を伸ばして、顔を擦っていたサンジの手首を取った。 顔から外させれば、目を真っ赤にして、顔をぐしゃぐしゃにして、鼻水まで垂らした悲惨な顔だ。 「好きだ。」 でも好きだ。どんなんでも好きだ。 夢だから、一生云わない筈の言葉も、素直に口にすることができる。 サンジは目を大きく見開いた。 そのせいで一際目立つ、濃い深い青。 擦りすぎたせいで、白目も目元も頬も真っ赤だ。あんまり泣くから、あごから涙が零れそうになっている。 ゾロはサンジのあごをぺろりと舐めた。濡れた顎髭は、思っていたよりも柔らかかった。 |
2010/04/19 |
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