2007.09.27.

家畜な日々
02
非現実



■ 〜追記〜1

私は1人、夜の繁華街を歩いていた。
勿論、こんな場所に足を踏み入れるのは初めてだ。
左右見渡せば、如何わしいネオンの看板が至る所。
意を決してはいたが…… ……
ドラマや映画等に出てくるような、派手で如何わしい繁華街に圧倒される。

目的の場所は解っていた。
でも足がすくんで、歩みは遅々と進まない。
酔っ払いの3人連れが、私を好奇な目で追う。
まるで舐め回すような、気持ち悪い視線。
(何ナノ?、気持ち悪い……)
私は軽く睨んですれ違う。
後ろで卑下た言葉を吐いて捨てているが、無視無視。

暫くそんな事が続き、目的の場所が見えた。
小さくて、申し訳なさそうな感じで立っている看板を見る。
ここを知らない限り、見過ごしてしまう位目立たない看板だった。
(行こう……)
躊躇うと先へは進めない。


私は、雑居ビルへと足を踏み入れた。


「それでも、200万は法外だと思いますっ!!」
「示談とせがったのは、貴女でしょう?」

さっきも言った言葉が、交わされる。
裸電球にガラス造りのテーブル、本皮のソファーしかない一室の中。
テーブルには、Tカップ2つとポット。
他は何もない、暗い部屋。

私は、大野健三と向かい合っていた。
48歳の大野健三は、かなり落ち着いた雰囲気。
その落ち着き方が苛々させる。

「普通のOLが、そんなお金払えませんって!」
「私は別に警察沙汰でもかまわないのですよ?」
「悪いのは確かに私です、でもっ……!!」


一昨日の夜。
車を運転していた私は不注意を犯し、歩いていた大野の右腕に接触てしまった。
気が動転していた私は、必死に何度も誤った。
若いのだから警察沙汰でなく、示談でと言ってくれた時は本当に感謝した。

2日後、病院に行ったと連絡してきた大野健三は、話合いの場にここを指定してきた。
全治3ヶ月、骨折。
右腕を包帯でグルグル巻にし、私を迎えた。
こんな場所を指定してきた時点で、嫌な予感はしていた。


「せめて……せめて100万にっ!」
「困りましたねぇ」

腕を組む大野に、深々と私は頭を下げる。
だが大野は、呑むつもりゼロのようだ。
吹っかけられた、騙されたと知る。
でも相手を怒らせて示談が破棄されるのは、もっとまずい事になる。
立場上は何も云えないが、200万の大金あるはず無い。

「それでしたら、分納に」
「ほぅ、新しい提案ですねぇ」
「はいっ、少しずつお返しさせてくださいっ!」
「それも難しいなぁ」

裸電球に視線を逸らして、一蹴された。
(この人、相当の悪だったんだ)
頭を下げたまま、唇を噛み締める。

「私、地方で酪農をやっているんですよ」
「は……い?」

その話にどんな繋がりなのか見えず、思わず妙な声で応えてしまった。

「小さいから、従業員も私1人なんですよ」
「はい」
「由紀さんから頂いたお金で、代わりの従業員を雇わなくてはならない」

嘘か真かは解らないが、話は見えた。

「よく解りますが……一気にそんな金額は」
「私も自営なのでね、滞ると困るのですよねぇ」

悪いのは私というのは間違いないが、金額は承諾する訳にはいかない。

「やはり、弁護士を立ててから……」
「ふむ、ちょっと休憩しましょう」


肌に突き刺さる感覚が気になり、目を覚ました。
というか、今まで何故寝ていたのか、ソレまで何処で何をしていたのかすら思い出せない。
(ここは、何処?)
左右に目を泳がすが、覚えの無い場所。
そして、不思議と手足が動かない。
(ん〜……何故、肌がチクチク?)
視線を身体へと移す。

「え、えぇっ!?」

自分の現状に、驚きを隠せなかった。
それもその筈で…… ……。
裸のまま横向きで、更に寝ていた場所にはワラが敷いてあるのだ。
肌に突き刺さる感覚は、ワラだと確認できた。
(違うよ、そんな事よりも……何で私?)
改めて必死に何が起こったのかを思い出すが、思考は一向に空回り。
むしろ考えすら纏まらない位、頭の中は真っ白。

「お目覚めか?」

私の真後ろからの男の声だった。
本当に今まで気付かなかった。
そして、今までの事が脳裏に蘇ってしまった。
全てを思い出した…… ……。
今の私の現状、そしてこうなっている実態……。

背筋が凍る。


「大野……さん?」
「おはよう、由紀さん♪」

やけに楽しげな大野健三の声。
コツコツ……コツ。
後ろから私の目の前へと歩み寄った大野健三の姿が目に写る。
ソレまでの事を全て思い出していた私は、唇を噛み締めて睨む。

「せっかくの可愛らしい顔が台無しですよ?」
「あんたねぇっ!!」
「あのままだと、埒が明かなかったじゃないですか」

私の目の前で、ゆっくりと左右を行ったり来たりとする大野。

「それでね、考えたんですよ私」
「……」
「双方互いに解決出来る方法を、ね♪」
「…… ……」

卑下た笑みを浮かべる大野から視線を外して、吐き捨ててみせる。

「あんたってホント……救われない位のどうしようもない人ね!」
「ふふ、最高の褒め言葉かな?」
「こんな風にしないと女の1人も寄り付かないなんて、ホント哀れな男!」
「む……」

癇に障ったのか、大野の顔つきが少し変わった。
口調がガラリと変えて、大野が口を割る。

「お前は金が払えねぇが、俺は人員が欲しい」
「……」
「それなら、お前を家畜として育てて、酪農で働かせてよぉ。
尚且つ新しい商売でもしようかってな?。」

まさしく大野は悪魔の表情そのものだった。
初めて私は恐怖を覚えた。

「どうよ、名案だと思わないか?」
「あんた……本気?」
「当たり前だ、これならもっと金も潤うし楽して稼げるんだ」
「…… ……狂ってる、よ」

狂気以外何者でもない。
この男は本当に狂った人間だった。
この男が憎いとか、そういう感情は全て虚無となり、自身のこれからにただ恐怖する。

ナニガ、ドウナルノカサエ、ワカラナクナル。

これは、狂った世界で夢を見ているだけだ。
私は半分理解出来ない思考に、無理矢理を叩き込んだ。

「さぁ、たっぷりと稼いでくれよぉ」


悪魔、大野健三の声は既に、私の耳に届かない……



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