祝いの日は楽しいことを
「十二月二十八日は九チャンの誕生パーティーやるからね!」
 ……そう八千穂が言ったのはいつのことだったろうか?
 皆守はそんなことを考えつつアロマを吸った。阿門邸の広い食堂では匂いは拡散するが、アロマパイプを使うならどこでも関係ない。
「ちょっとアンタ! なにサボってんすか! 飾り付けまだ終わってないですよ!」
「……お前らにまかせる。昼から立ちっぱなしで働いてんだ、少しは休ませろ」
「あんたは休むほど働いてないでしょうがッ!」
 キーキー喚く小猿こと生徒会副会長補佐を無視して、皆守はパイプを咥えつつ周囲を見渡した。阿門邸の荘重で重厚な雰囲気の食堂が、ティッシュで作った花やら折り紙で作った鎖やらで飾りつけられている。
「………幼稚園児のお遊戯会か」
 ぼそりと言うと、それを聞きとがめて周囲の男どもが(ここには男しかいない)いっせいにこっちを睨んだ。
「ちょっと皆守甲太郎、ケチつけるのやめてくれないッ!? そりゃアタシだってこういうおこちゃまっぽいのは好みじゃないけど、ダーリンのためなんだからしょうがないじゃない!」
「大体アンタ反対しなかったくせに、いまさら文句だけ言うの卑怯っすよ!」
「というかぐちぐち言っている暇があったらとっとと手を動かしてください。パーティー開始まであと一時間なんですから」
「……わかったよ」
 反論するのも面倒になり、肩をすくめて皆守はテーブルセットを手作りの花で飾りつける作業に戻った。
 作業をしながらちらりと厨房の方を見る。向こうでは向こうで、女子連がケーキを作っているはずだった。
 そして、九龍も千貫と共に、厨房で作業をしているのだろう。宣言通りに。

「ね、九チャンって、誕生日いつ?」
「俺? 十二月二十八日って親父は言ってたけど」
「そっか、じゃあ誕生パーティーできるね! せっかくだから仲間になったみんなも誘って盛大にやっちゃおうよ!」
「え……マジ? マジで俺のためにパーティーしてくれんの?」
「もっちろん! 予定空けといてよねッ」
「うわ、どーしよ、すっげー嬉しい……よっし、そん時は俺が腕によりをかけてみんなをもてなす料理を作ってやるかんな」
「えー? 九チャンの誕生パーティなんだから九チャンが料理とか作るのっておかしいよ」
「だってみんなが俺のために集まってくれるんだぜー!? ありがとうの気持ちこめてメシ作ってやりたくなんじゃん!」
「えー、でもー……」
「それに、俺より料理のうまい奴って仲間内にはいないと思うけど?」
「うー……なら、ケーキ! せめてバースディケーキぐらいは作らせてよねッ!」
「ホント? 作ってくれんの? うわー、すっげー嬉しい!」
 ……そんな会話をしたのが、二ヶ月前。
「……はい、完成!」
 そう言ってにっこり笑った雛川に、八千穂はきゃーっと歓声を上げて全員とハイタッチで健闘を讃えあった。
 八千穂、白岐、七瀬、椎名、舞草、双樹、雛川の瑞麗をのぞく女性陣は、昼から全員でパーティ用のケーキを作っていたのだ。
 なにせ参加者は総勢二十三名にものぼる。一人につき八分の一個としても、三個は作らねばならない。それに九龍は作ったケーキは全部味を見たいと言っていたし。
「ふふ、ケーキを作るなんてずいぶん久しぶりだわ」
 しゅるり、と頭の三角巾を解きながら言う双樹。
「リカはよく作りますけどォ〜、今回はお姉さまが手伝ってくださったし特にいいデキでしたァ〜、うふふッ」
 エプロン姿もゴスロリ入っているリカが嬉しげに言う。
「あ、言っときますけどあたしもケーキ作りには自信ありますよ〜。ケーキだね混ぜたのあたしですし〜」
 マミーズが休業ということで、珍しく制服を脱いでいる舞草がにこにこしながら自己主張する。
「どんなケーキを作るか考えたのは私ですが」
 七瀬も控えめながらしっかり主張。
「……分量を量ったのは私で、クリームを作ったのは八千穂さんだけれど?」
 ぽつりと、しかししっかりと、言葉を漏らすようにして言う白岐。
「だけど結局、全部を監督したのは先生よね?」
 にっこり笑ってのたまう雛川。
 協力の時間を終えばちばちと火花を散らす女子連の空気にまるで気づかず、八千穂は嬉しげに言った。
「そうだよねッ、みんなが一緒に頑張ったからこんなおいしそうなケーキが作れたんだよねッ!」
 その言葉に女子連は毒気を抜かれ、少し照れくさそうに笑いあった。
 ケーキは三種類。苺のショートケーキ、ガトーショコラ、オレンジとレモンのタルト。どれもきれいに焼き上げられデコレーションされて、おいしそうな匂いを放っている。
「あー、もう早く食べたーい! 早くパーティーの時間にならないかな〜」
「パーティーが始まってもすぐに食べれるわけじゃないわよ、八千穂さん。九龍さんが蝋燭を吹き消した後ですからね」
「あー、そっかー……う〜楽しみ。九ちゃんたちの料理も楽しみだけど」
「ふふ……ところで男どもは、ちゃんと飾りつけの方やっておいてくれているかしら?」
「やってるよ! そうしないと料理食べさせないからねってきつーく言っといたからね!」
 そうだ、今日は九龍に思いっきり楽しんでもらうのだから。
『俺ってさー、生まれてこの方誕生パーティーってやったことないんだよねー。親父はんなことやる人じゃなかったし、ひとところに長くとどまったりしなかったから祝ってくれるような人いなくてさ』
『……ホントに? じゃあちっちゃい頃から誕生日祝ったことないの?』
『うん。まークリスマスも正月も断食月明けも祝わない親父に育てられたからな、祝い事の類には基本的に縁がないんだけど』
 そう言って笑った九龍は、少し寂しそうに見えた。
 だから、思いきり楽しんでもらうのだ。本当は料理も作ってあげたかったんだけど、これだけはと九龍が主張するからしょうがない。
 だからそのぶん、いっぱい飾りつけをした部屋で、いっぱい楽しんでほしい。子供の頃のお誕生会をやり直させてあげたい。
 九チャンは大切な友達なのだから。
 みんなに連絡を取ったらだいたい賛成してくれたし。
「よし、それじゃ食堂見に行こっか! 男子の様子見張りに!」
 そう言って八千穂はエプロンを脱ぎ始めた。

「……俺、別に誕生日って特別に思ったことないんだけど。祝ってくれるってなると、嬉しいもんですね」
 九龍は第二厨房で、そう千貫に話しかけた。
「祝い事は祝う側と祝われる側、双方にとって嬉しいのが一番です」
 千貫はすました顔で言う。
「でも厳十郎さんも協力してくれて嬉しいですよ、俺パーティー用の料理なんてほとんど作ったことなかったから」
「いえいえ、これも坊ちゃまの心をお慰めするためですから。それに、私もあなたの誕生パーティーのお手伝いをしたいですからね」
「……ありがとう、厳十郎さん」
「お気になさらず。……鴨のロースト、あと十分で焼きあがりますね」
「ん、それじゃこっちリゾット作り始めます。パルミジャーノの器はもう作ったから、あとは……」
「ほうれん草のタリアテッレとライスコロッケと骨付き鶏肉の唐揚ですね」
「よっし、あと少し。気合入れていきましょう!」
「はい」
 喋りつつも手は手際よく動く。全員分の食事を二人で作るのだから相当大変なのだが、二人はごく楽しげに、軽々と作業をこなしていった。

 十二月二十八日、六時ジャスト。
「ハッピバースディ、トゥユゥ〜」
「Happy Birthday,To You〜」
「ハッピバースディ、ディア九チャン〜(九龍・龍・ダーリンetc)」
『Happy Birthday To You〜』
 ふーっ、と九龍が静かに息を吹きかけ、ケーキの上の蝋燭を消す。周囲から歓声が上がった。
「おっ誕生日、おっめでとう〜!」
「おめでとうございます!」
「おめでとう」
「おめでとう……」
 パパンパン! とクラッカーが鳴らされ、口々に祝いの言葉が送られる。九龍がにかっと笑った。
「みんなどーもありがとうっ! 感謝してます愛してますっ!」
「いつもながら安い愛だな」
「愛とは惜しみなく与えるものなのだよ甲太郎くん。てなわけで、今日は無礼講でいこうなー。食いもんは山ほど用意してあるからみんな好きなだけ食ってくれ! 千貫さんと俺に感謝しながらなー」
 九龍が言うや、何人かが歓声を上げて料理に飛びつく。九龍の提案で、椅子はあるものの基本は気楽な立食パーティ、誰でも好きなだけ好きなものを食べれるようになっている。
「ね、ね、九チャン! ケーキ食べてよ、ケーキ!」
 八千穂が嬉しげに、跳ね回るように九龍に近寄って言う。
「あ、いいの? うっわー、俺楽しみにしてたんだーv バースディケーキなんて生まれて初めてだよー、つか誕生パーティが初めてなんだからみんな初めてになるのは当然だけどなっ」
「先生が切り分けるわね。どれがいいかしら?」
「んー、とりあえずみんなちょっとずつ食いたいかな。ダメ?」
 九龍に近寄ってきた女子連は、全員嬉しげに微笑んだ。
「もちろんッ! いくらでも食べてくださいよ!」
「これはあなたのために作ったんですから」
「はい、九龍さん。とりあえず十六分の一ずつね」
「おほ、うまそーv いっただっきまーす!」

 そんな女子に囲まれている九龍を見つめつつ、スカーフを噛み締める影が一人。
「なによなによダーリンったら女どもに囲まれて鼻の下伸ばしちゃってェッ! アタシだってケーキぐらい作れるのにィッ!」
「…………」
 偶然隣にいたものの、皆守は当然嫉妬の炎を燃やしまくる朱堂に話しかけようとはしなかった。自分の分をしっかり確保したカレー(ライスではなくナンだった)を黙々と食う。
「本当ならアタシが手作りのケーキを手ずから食べさせてあげて、『おいしい? ダーリンv』『ああ、うまいぜ……だけど俺はお前の方が食べたい』とかいう展開になって即行でお持ち帰りしてもらう場面でしょここはァッ! ああもうダーリンのイケズッ、今からでも襲っちゃおうかしら」
 やめろ、と言うべきかどうか皆守はしばし迷ったが、結局面倒なので突っ込みを放棄した。九龍ならたぶん逃げおおせるだろう。それに、女性陣から九龍が離されたところで、別に自分は困らない。
 九龍と千貫が一緒に作ったというだけあって、相当うまいカレーを、皆守は九龍を見つつやたらと頬張った。

 みんなで一緒に九龍の誕生パーティをしよう! と決まった時に、みんなで決めた決まりがある。
 1.みんなで一致団結してパーティを盛り上げること。協力しない子はみんなでお仕置き。
 2.喧嘩は厳禁。みんなでニコニコ、和やかに。
 3.プレゼントはパーティが始まればいつどうやって渡すかは個人の自由。
 そんなわけで女子連は九龍の周りに集まって、いつどうやってプレゼントを渡すか牽制しあっていたのだが、その均衡は九龍がケーキを食べ終えてすぐ崩れた。
「ね、どうだった、どうだった?」
「ん、うまかった。やっぱあれだね、料理は愛だね愛」
「まあ、九龍くんったら。それじゃまるであたしたちの料理の腕が愛しか取り得ないみたいじゃない」
「なに言ってんの、愛があるから料理の腕もよりうまくなろうってもんでしょーに。もー計量ちゃんとしてくれたな、とか頑張ってケーキだね混ぜてくれたな、とかそーいうとこから愛を感じて幸せになっちゃうわけよ。マジうまかったよ、みんな。ホントありがと」
 そう言って子供のように開けっぴろげな、本気で嬉しそーな笑みを浮かべる九龍。その笑みにこちらも嬉しくなり、照れつつも笑みを返す女子連。同じようににこにこしていた八千穂が、ふいにあ、と声を上げた。
「そうだ、プレゼントプレゼント! あたしすぐ渡せるようにってポケットに入れといたのに忘れてた!」
『!』
 とたん周囲に緊張が走ったが、八千穂はまったく気づかずポケットからプレゼントを取り出し渡した。
「はい、九チャン、プレゼント!」
「わー、サンキュやっちーv 開けてもいいかな?」
「もっちろんッ!」
「……へぇ、ビーカー型のペンダント? 面白いな。以前可愛いなっつったの覚えててくれたんだ」
「うんッ。あたしもネットで見てなんか気に入っちゃって。九チャンに似合うかどうかはわかんなかったけど、面白がってはくれるんじゃないかって買っちゃった」
「やっちー、さすが。俺こういうのかなり好き、タイプ」
「ホント? えへへッ、よかったー」
 和やかに笑いあう九龍と八千穂。女子連は先を越されて、思わず我先に九龍に駆け寄った。
「あの、九龍くん、これ私が選んだ本なんですけど!」
「九サマ、リカ九サマに似合うものをと思って頑張って作りましたのォ!」
「九龍さん、私のプレゼント受け取ってくれるかしら!」
「ちょっと待ーった、順番順番」
 公平にみんなでじゃんけんをして。
「九龍くん、これあたしが調合した香りよ。あなたのイメージで作ってみたの。どんな状況でも合う香りに仕上げたつもりよ」
 双樹は香水。
「サンキュ、咲ちゃん。俺こーいうのもらうの初めて。なんか艶っぽいな、女が男に香水送るって」
「九龍さん、一昨日から外出できるようになったから馴染みのお店を渡り歩いて探してきたの。あなたに似合うと思うんだけど」
 雛川はアンティークのブローチ。
「ありがと、ヒナちゃん先生。可愛いなこれ、ちゃんと着けるからね」
「九ちゃんッ、これあたしの気持ちですッ。受け取ってくださいねッ」
 舞草はマミーズ謹製、懸賞で当たるランチョンマット。
「ありがとー奈々子ちゃん、もらうの大変だっただろー」
「九龍。これ、私がお祖母さまからもらったお守り……あなたを守ってくれるようにと思って」
 白岐は鈴。
「うわ、サンキュー幽花! 俺こーいうの好きなんだー」
「九龍くん、宝探し屋にはやはり言語学の教養は必須だと思ってこれを選びました。新刊ですからまだ手に入れてないと思うんですけど」
 七瀬は本(言語学の参考書)。
「うん、まだ買ってない。ほしかったんだこれ。ありがとな月魅ちゃん」
「九サマ、これリカの手作りですの。あとでこれと合う服をコーディネイトしてさしあげますわ」
 リカはゴスロリ風の髪飾り。
「ありがと、リカ。どんな服か楽しみにしてるよ」
「……さて、女の子たちの時間は終わったかな? 男どもの中にもやきもきしている者がいるようだぞ」
「あ、瑞麗先生!」
 九龍が嬉しげに笑う。女性陣から不穏な視線が向けられるが、瑞麗は柳に風と受け流して笑った。
「そーいう先生はプレゼント持ってきてくれた?」
「君もなかなか図々しいな。私に二つもものを貰っておいて誕生日のプレゼントを要求するとは」
「……ないの? うわ、寂しいなー……でも、来てくれて嬉しいからチャラでいいや。確かにいろいろもらったし」
 ちょっと寂しげに笑ってみせる九龍に、瑞麗はくつくつと笑った。
「君は本当にねだり上手だな。そんなことを言われてはまるで私が悪者みたいじゃないか」
「んー、そーかもね。でも実際寂しいし、来てくれて嬉しいからさ」
「やれやれ。仕方ないな――ほら」
「あ、これ……」
 瑞麗が九龍の手の上に落としたのは、幸運縄――中国のお守りだった。先っぽに緑の石がついている。
「あ、そういうの福原愛チャンがつけてたよね〜」
「そのものずばりだよ。これは足に巻いていると幸運が訪れると言われている。私が作ったものだから効き目は確かだぞ」
「わは、ありがとルイ先生。巻いておく」
「……センパイッ! 九龍さんッ! 俺もプレゼント買ってきたんすけど!」
「ダ〜リィン、早くアタシのプレゼント受け取ってェ! 他のプレゼントがカスみたいに見えちゃうから!」
「……朱堂と順番を争うとは、恥を知らない奴だ」
 瑞麗のあとからずいと顔を出してきた夷澤と朱堂をきっかけに、男子連もプレゼントを渡し始めた。
「センパイの靴って履き古してぼろぼろでしょ。俺のを買うついでに買ってあげましたよ、感謝してください」
 夷澤はスニーカー。
「お、サンキュ夷澤……な、これってもしかしてお前のとお揃いじゃね? 前に見たのと似てる」
「………! ベ、別にそういうわけじゃないっすよ! ただ偶然同じモデルになっただけです、俺ここのメーカー好きだからそれで」
「へー……サンキュな、大事にする。お前だと思って」
「な……!」
「ダーリィン! それより早くアタシの愛を受け取ってェッ! アタシの全てを余すところなく映し出したプレゼントをッ!」
 朱堂は自作の写真集(モデル・自分)。
「………ありがと、すどりん。頑張ったな」
「あァン、ダーリン! その言葉で苦労が報われたわ、のみならず一気に愛が燃え上がるッ……! さぁダーリンいますぐアタシを」
「九龍。俺のプレゼント、受け取ってくれるか? 自分の好みで選んでしまったんだが」
 夕薙は空の写真集。
「へぇ……面白い。きれいだな。うん、ありがと、ナギ。嬉しい」
「九龍博士、君と僕の友情の証に」
 黒塚はローズクォーツ。
「わ、至人部長、これ俺に? 悪いな、ありがとう」
「師匠、いつも世話になっている礼だ。鍛錬の時に使ってくれ」
 真里野はリストバンド(重り入り)。
「うわ、マリやんこんなのどこで見つけてきたんだ? もしかして自作? すげぇ。ありがと、使わせてもらうよ」
「はっちゃん……君に喜んでもらえるかはわからないけれど、君と聞きたいと思える曲を買ってきたんだ」
 取手はクラシックのCD。
「おーかまちー、ありがとーv 明日にでも一緒に聞こうなーv」
「鉄人、鉄人は普段は万能包丁一本でなんでも料理してましゅけど、真の料理人は筆を選ぶものでしゅ! というわけで、これどうぞでしゅ」
 肥後は高級包丁セット。
「おぉ、タイゾーサンキュー! こういうのあったらいいなって思ってたんだー」
「龍さん、あなたの急須、口が欠けていたでしょう? これで美味しいお茶を入れてください」
 神鳳は急須と玉露のセット。
「うん、サンキュなミッチー。お返しにうまい茶を淹れてあげよう」
「隊長ッ! その、つまらないものですガッ、お納めくだサイッ!」
 墨木は自作の対銃声用耳栓。
「つまらなくないない、砲介ありがとなー。使うからな、これ!」
「我ガ王ヨ、アナタニ神ノ加護ガアリマスヨウニト願イ、コレヲ作リマシタ。ドウゾ……」
 トトはアンクの護符。
「おージェフティ、ありがとぉー。手作りなんだ? 身に着けとくなっ」
「お兄ちゃん、これ、どうぞ。僕が編んだんです……前はセーターだったから」
 響は手編みのマフラー。
「ありがと、五葉……けど、これいつ編んだんだ? 四日前に手編みのセーターもらったばっかなのに」
「さて、それでは私のプレゼントも受け取っていただけますか、九龍様?」
「え、厳十郎さんもプレゼント用意してくれてたんですか? 本当に? うわぁ、なんか申し訳ないけど嬉しいです」
「いえいえ。これは昔私が使っていたものですが、改装したので充分実用に耐えますよ」
 千貫は外付け用サイレンサー。
「はー……ありがとうございます。街中での戦闘に使えそうですね。こういうの持ってなかったんで、ありがとうございます」
「いえいえ。……次は坊ちゃまの番ではないですか?」
『…………』
 無言で食堂の隅にたたずんでいるところをいっせいに注目された生徒会長は、一瞬慌てたように周囲を見回したが、すぐに肩をそびやかした。
「なぜ俺がこいつにプレゼントなどを渡さねばならんのだ」
「往生際悪いっすよ阿門さん。自分の家パーティ会場に使わせといてなにをいまさら」
「それは単に葉佩九龍と厳十郎が共謀しただけだ。俺の関知するところではない」
「えー? あもちん俺が『俺の誕生パーティにこの家使わしてv そしたらもう例のことで意地悪しないからv』つったら快くうなずいてくれたじゃんか」
「……快くうなずいたわけではない。それにその妙なあだ名はやめろと言ったはずだ」
「あ、そういうこと言うんだ。悲しいなー。俺はあの時あもちんが取った行動を反省していることを表してもらうべくせっせと意地悪してるというのに」
「それはやめると言ったんじゃなかったのか」
「このパーティが終わったらな。それまではあもちんはあもちん。終わったら坊ちゃまと呼んであげよう」
「いらん」
「じゃあお団子ちゃん?」
「もっといらん!」
「あはは、まーあもちんはシャイだからなー。みんなの前じゃ素直になれなくて、プレゼントも渡す気がしないのも無理はない。明日差し入れを持ってった時にでもおねだりしてあげよう」
「なぜ貴様はそうも態度が大きいんだ」
「んー、そうした方があもちんが照れなくてすむからとか?」
「なぜ疑問系なんだ……」
「坊ちゃま。せっかくプレゼントを用意なされたのですから、照れずにお渡しになられたらいかがですか?」
「え……」
 好奇の視線を集められ、わずかにたじろぐ阿門。
「厳十郎、お前なにを……」
「お忙しい時間の合間をぬって選ばれたプレゼントです。ご心配なさらずとも、九龍様なら喜んで受け取ってくださいますよ」
「俺は、別にそういうことを言っているのでは……」
「やっぱりプレゼント、選んでおいてくれたんだ」
「な……」
 顔をのぞきこむようにしながら微笑まれ、阿門は一歩後ろに退がった。それをさらに一歩追いかけて、九龍は目を細めて微笑む。
「ありがとう。嬉しい。すっげー嬉しい」
「…………」
「お前がそばにいてもいいってちゃんと許してくれたって気がして、めちゃ嬉しい。ホント、ありがとな、帝等」
「………………」
 阿門はむすっとした顔に手を当てると、無言で小さな箱を取り出し、九龍に差し出した。
「開けてもいいか?」
 やはり無言でうなずく阿門。
 箱の中から出てきたのは、美しく輝く金の鎖だった。
「わぁ……」
 阿門は純金のチェーンブレスレット。
「きれいだな。ありがとう、帝等。嬉しいよ」
「…………」
 阿門は無言でうなずいた。
「さーてっと。残るは俺が転校してきた時から一緒にいるくせして知らん振りしてばっくれよーとしているどっかのバカレーレンジャーだけだなー」
「九龍。それじゃ名を伏せている意味がないぞ」
「いいんだよどーせあいつしかいないんだから。ほーれ甲太郎くん。プレゼントはどうしたのかなー?」
「あれだけの人数からもらったんだ、一人ぐらいプレゼントのない奴がいたっていいだろう」
 九龍はぼそりと言ってそっぽを向く皆守につかつかと近寄った。そしてこめかみに両手を当て、すさまじい勢いでぐりぐりと痛めつける。
「あだ、あだだ、やめろ九ちゃんあだだ、ガキっぽいことするなあだだだ!」
「四の五の言い訳言ってないでさくっとプレゼント出そうなー甲ちゃん。他のみんながプレゼントくれたからってお前がプレゼントなくていいってことには全然ならないんだよ?」
「この強欲トレジャーハンターがっ、あだだあだだ!」
「はぁん? 聞こえんなぁ。いいよープレゼント渡したくないっつーならそれはそれでも。でもそれだったら俺がちょっとお前に怒ってもしょうがないよな? 別に意地悪したりはしないけど、夜討ち朝駆けでお前の部屋に行って騒いだりパンチしたり電流流したりしてもしょうがないよな?」
「なんでそうなる……!」
「お前がアホアロマだからじゃー!」
「お前なッ……!」
「あ」
「!」
 ことん、と音を立てて皆守のポケットから落ちたのは、皆守が今持っているのとそっくり同じアロマパイプだった。
「……予備、じゃないよな。んなもん持ってるの見たことないし」
「…………」
「ということは、それはなんなのかな、甲太郎くん?」
「……知るか」
「とことん素直じゃない奴だな、お前は」
「まーいいさ、別にいまさら素直になってくれとは言わないから。……それ、いらないんならもらっていいか?」
「……好きにしろ」
「ん、ありがとう、甲太郎」
 そう言ってにっこり笑う九龍に、皆守はふん、と鼻を鳴らし、その時初めて周囲から半笑いの目で(何人かは笑ってない目で)見つめられていることに気づき、「なにを見てるんだ!」と怒鳴った。

「よーし、そんじゃ宴もたけなわとなってきたところで、王様ゲームやろ、王様ゲーム!」
 八千穂のあげた声に、周囲の人間はいっせいに注目した。
「王様ゲーム……って、ナニ?」
「九龍さん、知らないんすか? 王様ゲームってのは宴会とかでやるゲームでー……」
「くじを引いて当たった者が王様になって、みんなに命令ができるんだ」
「へー……それのどのへんが面白いんだ?」
「んーとね、王様の命令は『何番、何何しろ』って形なんだけど、どの番号が誰なのかわかんないでしょ? だから自分の命令したい人に命令が当たるかどうかわからない、だからうかつな命令はできない、でも王様の命令は絶対だからこの機会に命令したい人に命令を当てたい、その博打っぽいとこが面白いんだよ」
「へぇ……」
「それに加えて、普段の鬱屈が思わぬところで飛び出てくる、人間関係を垣間見させ混乱させるゲームでもあるんだよねぇ、ふふふ」
「面白ソウデスネ! 月夜ノ夜バカリダト思ウナヨ、トイウヤツナンデスネ」
「合ってるような違ってるような……」
「んー、そんじゃせっかくやっちーが言ってくれたんだし、やってみよっか。みんないいか?」
「面倒くせェ……」
「お前の意見は却下。……みんな、どうだ?」
 とりあえず反対意見は出なかったのを見て、九龍はうん、とうなずいた。
「よっし、そんじゃさっそくやりますか!」

 なにせ人数が多いので、万能執事千貫作成のお祭り型くじで王様を決めることに決定し。
 とりあえず第一ラウンド、開始。
「あ……僕が王様だ」
 わずかに頬を染めつつ取手が言った。
「おー、取手クンかァ! 命令ナニ?」
「え、えーと……それじゃ、四番と十五番、アカペラでデュエットお願いします」
「あ……あたし四番です」
 手を上げる舞草。
「十五番は、リカですのォ〜」
 同じく手を上げるリカ。
「ほう、女性同士か」
「えーと、それじゃリカちゃん、花*花とか歌えますゥ?」
「リカ、風の花とか好きですの」
「それじゃそれでいきますか〜。あたしがAパートということでいいですか?」
「はいですゥ〜」
 舞草とリカは二人でなかなか上手にその緩急のついた曲を歌い上げ、拍手を浴びた。

 第二ラウンド。
「! じ、自分が王様でありマスッ!」
「おー砲介。運いいなー。なに命令すんだ?」
「めっ、命令と言われましてもッ、自分のような者がどなたかに命令するなど、なんと言いますカ、如何ともしがたいものガ……」
「墨木クン、頑張ッテ! 僕タチガツイテマス!」
「と、トト殿……」
 しばしじーんと友情を噛み締め。
「そッ、それでは二番の方。二十番の方にショートケーキを素手で食べさせてほしいでありマスッ!」
「……なんだその命令。意味あるのか?」
「王様ゲームに意味を求めるのは不毛だな。それに微妙に淫靡で、いい命令じゃないか」
「はッ? い、淫靡と申しマスト……?」
「あ、あたし二番だ! 二十番だれ?」
 手を上げたのは八千穂だ。
「お、二十番俺だ」
 続いて九龍が手を上げ、女子連の間に一瞬微妙な緊張が走った。
「九チャンかァ。よろしくねッ!」
「おう、よろしく!」
「ショートケーキ、あんまり大きくても小さくてもつかみづらいから八分の一個ね。食べられる?」
「余裕余裕。みんなの愛が詰まったケーキだし?」
「あははッ、んもう九チャンったら。よっと……はい、あーん」
「あーんv」
 はくりっ。
「うわ、なんか手の上でもの食べられるとくすぐったい……」
 ぺろっ。
「きゃっ! 今九チャンあたしの手、舐めたでしょ!」
「あ、ばれた? クリームついてたし、なんかうまそーだなと思って舐めちった」
「んもう、なに言ってんの、九チャンのエッチ!」
「えー、エッチっつーんだったらこういう舐め方するだろー」
 ちろてろ。
「やんっ! もうッ、怒るよ!」
「悪い悪い」
 あははうふふ。
 その和やかな情景を見た視線の何本かは、ぽーっとその情景を見ていた墨木に矢のように突き刺さった。
「な……なにか、誰かに見られていルッ……!? トト殿、すいませんが自分の体を隠して……」
「…………(笑顔)」
「ハゥッ! そ……そんな目で、そんな目で見るナァッ!」

 第三ラウンド。
「私が王様ですね」
 今回は七瀬。
「それでは、二十三番の方。初恋の思い出を語ってください」
「え……!?」
 声を上げたのは雛川だった。
「あ、ヒナちゃん先生なの、二十三番?」
「うわ、ヒナ先生の初恋話なんてすごい興味あるー。教えて教えて!」
「……もう。しょうがないわね、ゲームなんだし」
 雛川は照れつつも、自分のわりと一般的な初恋の思い出をほのぼのと語った。

 第四ラウンド。
「僕が王様ですか」
 王様神鳳。
「それでは、十一番の方にこれを一気飲みしていただきましょうか」
 出してきたのはコップ一杯分のカルピスの原液。
「うわ……生だよ、生」
「……アンタ、けっこうえげつないことさせますね」
「そうですか? 瓶一本でないぶん楽だと思いますが。十一番はどなたですか?」
「…………」
 無言で手を上げたのは、阿門だった。
「…………!」
 一瞬硬直する神鳳。
「あ〜あ、いいのかなァ、会計が会長にあんなこと言っちゃって〜。上下関係に悪影響あるよなァ〜」
「こーら、夷澤。ここぞとばかりに言うなっつの」
「……申し訳ありません、阿門様」
「いや……いい。わざとではないのだからな」
 阿門は無表情のままカルピス原液の入ったコップを受け取ると、目を閉じ、口をつけぐいっと一気に飲み干した。
「………おお〜………」
 その見事な飲みっぷりに思わず拍手してしまうギャラリーをよそに、千貫は素早く阿門を支え、水を手渡した。
「さ、坊ちゃま。水でございます」
「いらん」
「急激な血糖値の増加は体に毒でございます。なにとぞ、水を」
「…………」
 阿門は水を受け取ると、一気にピッチャーの中身を全部飲み干した。

 第五ラウンド。
「王様は私だ」
 そう言ってくじを振ったのは瑞麗だった。
「そうだな。この辺りで少し波乱を起こしてみるか。十三番、九番の胸を一分間揉みたまえ」
「……はァ!?」
 周囲はどよめいた。
「おい、カウンセラー。お前それでも教職員か。セクハラで訴えられても知らんぞ」
「なぁに、どうせいつまでいられるかわからん身だ。最後に一華咲かせて散るのも悪くないさ」
「どういう華だか理解しかねますね」
「それにたかがお触り。同性だったらなんの問題もないわけだし、異性だったとしても宴席の話だ、大した罪にはならんさ。それに、王様の命令は絶対じゃなかったのかな?」
「そ、それはそうですけどォ……」
「さて、十三番は?」
「………ぼ………僕、です………」
 おそるおそる手を上げたのは、取手だった。予想外の事態に急激に緊張してきたらしく、細長い体がぐらんぐらんと揺れている。
「ほほう、取手か。では九番は?」
「あ、九番俺」
 さらっと言って手を上げたのは、九龍だった。
「げッ! 九龍さん!? マジですかッ!?」
「ちょっとくじ見せてみろ!」
「ホントだって。ほれ」
「……本当だな。九番だ。つまり取手が九龍の胸を一分間揉むことになるわけか……」
「え……えええぇぇぇっ!?」
 取手は顔を真っ赤にして、すざざっと壁まであとずさった。
「む、無理です。無理です。そんなの絶対無理です」
 ふるふると首を振る取手に、瑞麗はにこりかにやりか微妙な笑みを浮かべてみせる。
「悪いが王様命令は絶対でな。それにどうせ男同士だ、セクハラにもなるまい?」
「で、でもでもでもでも」
「まーまーかまちー、心配すんなよ」
 九龍がにっこり笑ってぽんと取手の肩を叩いた。
「はっちゃん……」
「大丈夫、俺がリードするから。でも、優しくしてね」
「………………」
「おい、九龍……取手が真っ白になってるぞ……」
 そんなこんながあってから。
「ルイ先生、生で?」
「そりゃそうだろう、男同士なんだから」
「だって。ほいかまちー、服の下に手ぇ入れて」
「ふ、ふ、服の下って……」
「ほら、こっちから、こう……」
「う、うん……」
「そう、そんで、ここ。ほら、そっと揉んでみ?」
「う……うん……」
「ごめんなー、俺の胸柔らかくなくて」
「そ、そんなこと、ないよ。でも……はっちゃんの胸、柔らかくないけど、大きいね……」
「ああ、俺って着痩せするから。かまちー、もーちょい強く揉んでも大丈夫だぞ」
「こ、こう……?」
「そう……いい感じ。なんかかまちーの指っていいな、音楽家の指って感じで気持ちいい」
「そ……そう……?」
 なんともいえぬ沈黙。全員から微妙な視線が集まる中、真っ先に切れたのは皆守だった。
「いい加減にしろ、お前ら!」
 渾身の蹴りが九龍に炸裂し、九龍はすてぺんとその場に倒れた。

 第六ラウンド。
「おや、私ですか」
 王様は千貫。
「マスターが王様かァ……どんな命令か想像つかないや」
「さて、マスター。どんな命令を出す?」
「そうですね、それでは七番は男性なら女装、女性なら男装をして売店までお遣いに行ってもらいましょうか」
『………………』
「マスターってけっこう……その、お茶目なこと言うんですね……」
「七番は誰?」
「ぼ……僕です……」
 おずおずと手を上げたのは響だった。
「え、五葉? うーん、確かに似合うだろうけど、似合いすぎてかえってつまらんかも」
「そうですわね……彼なら、ゴブランリボンのワンピースなんて似合うかもしれませんわ」
「……え?」
「ちょうど九サマのためにお洋服を持ってきたところでしたの。少しつめれば充分着れますわ」
「え、あの、女装って、なにもそういう服じゃなくても……」
「心配することはありませんわ、リカがしっかりコーディネイトしてさしあげますから」
「あ、あのっ……お、お兄ちゃんっ!」
「五葉、ファイトー」
 ……別室に移されて十分。
「できました! リカの自信作ですわ!」
 リカにしっかりメイクを施され、ゴスロリ衣装を着せられてよろよろと部屋に戻ってきた響は、確かにどこからどう見てもゴスロリ少女だった。
「うわー、女の子だ。もろに女の子だ」
「このままで売店まで買い物だ。頑張れよ、五葉」
「う、うう〜……二度とこういう嫌がらせには屈しないって誓ったのに……」
「まぁ、これはゲームだからな」
 半泣きで出て行った響のあと、九龍が部屋を出た。
「どこ行くの、九チャン?」
「いや、本気で女と間違えられてセクハラでもされたら五葉の奴かなりショックだろうから、影ながら護衛してくる」
「……そうだね……頑張ってね」

 第七ラウンド。
「あ、あたしが王様だ! ラッキー!」
 王様は八千穂。
「それじゃねー、一番と二十三番はサランラップ越しにキスをしてください!」
 ぶふうっ! 皆守が吹いた。
「おい、ちょっと待て八千穂。なんだその命令は」
「えー、こういう命令って王様ゲームじゃ定番でしょ?」
「それは酒の席だから許されるんだ! しらふで男か女かもわからない相手とキスなんてできると思ってんのか!」
「キスったってサランラップ越しじゃない。……あ、そんなにムキになるってことは、もしかして……?」
「あ、こら、返せ!」
 八千穂は素早くくじを奪い取ると(皆守がかなり我を忘れていたので奪いやすかった)、ぶふっと吹いた。
「やっぱねー! 皆守クン一番だー!」
「八千穂……お前、俺に敵意を持ってるのか?」
「えー、そういうわけじゃないけどー。まあいいじゃない、双樹サンとかが相手かも……」
「んまッ、皆守甲太郎が相手なのッ? ダーリンじゃないのは残念だけど、まあいいわ、皆守チャンも嫌いなわけじゃないし」
「………………」
「………………」
「………………八千穂」
「………………ごめん………………」
 サランラップを片手に、準備万端で唇を突き出す朱堂。
「さァ皆守甲太郎、アタシの唇を情熱的に奪いなさいッ! さぁさぁさぁ!」
「………………」
 目をつぶっている朱堂の前で、苦りきった顔で立ち尽くす皆守。普段なら適当に流す場面だが、さすがに相手がこれでは決心がつかないらしい。
 根暗い目で朱堂を睨む皆守。そんな皆守を同情&ちょっぴり好奇の目で見守るギャラリー。
 しばし無言の時間が流れ、朱堂が先にしびれを切らした。
「んもう! じれったいわねッ!」
「………あ」
 ぶちゅうぅぅぅぅ。
 朱堂の分厚い唇が、皆守の小さな口に思いきり触れて吸い上げる。
 一応サランラップ越しだが、あまりの吸引力にラップも破れてるんじゃないかって勢いだ。皆守は必死に(かなり必死に)じたばたと暴れたが、朱堂はしっかり頭を押さえて離さない。
 長い一分が過ぎて、ようやくちゅぽんっ、と音を立てて朱堂が唇を離した。ふぅ、と唇を拭って(多分本人の頭の中では)嫣然と微笑む。
「ご馳走様。なかなかおいしかったわ」
「…………」
「…………」
「…………皆守クン、大丈夫?」
 唇を離されたとたんその場に崩れ落ちてしまった皆守は、じっと暗い暗い瞳で八千穂を見て、呟いた。
「……覚えてろよ」
「ううう………」
 当分いびられそうな気配に八千穂はちょっぴり涙したのだが、九龍が「まあ落ち着けよ甲太郎。恨むなら自分の引きの悪さを恨め」「横から勘違いしたことを言うな!」と皆守に喧嘩させているのを見て、九チャンが気晴らしさせてくれるから大丈夫かな、とか思ったりした。

 第八ラウンド。
「来たわ! ついに来たわッ! アタシが王様よッ、オーッホホホホ!」
「…………」
「…………」
 全員無言で顔を見合わせる。今回の王様は朱堂だった。
「アタシの命令は決まってるわッ! 九番、アタシと二人っきりになってあられもない写真を撮らせなさいッ!」
『…………』
『ちょっと待てぇッ!!』
「それは駄目だろう! 明らかに貞操の危機を招きそうな気がするぞ!」
「あ〜ら、王様の命令は絶対じゃなくて?」
「人道に外れてるぞ。お前のような地球外生命体と二人きりの状況で服を脱げなんて、死ねと言ってるようなもんだ……」
「誰がじゃいッ!」
「あんたに決まってるでしょうがッ。まー俺は俺じゃないからどーでもいいっすけど……って、まさか九龍さんじゃないでしょうね!?」
「俺じゃないぞー。俺十九番」
「ちッ」
「なにがちッだ。誰だ九番って?」
「………ぼ……ぼ、ぼ………」
 ふらふらと、今にも気を失いそうになりながら手を上げたのは、取手だった。
「……それは……いくらなんでも哀れすぎないか? 小動物を見殺しにしているようで心が痛む……」
「襲われても抵抗できなさそうで危険な気がしてならん……」
「あら、取手ちゃん? ……まあいいわ、取手ちゃんもなかなか可愛いし。アタシの手で美しい写真を撮ってあげるわッ!」
「……かまちー、大丈夫か?」
「は……だ、だ、だい………」
「……ルイ先生……さすがにこれはドクターストップじゃないですか〜?」
「ううむ……だが、王様の命令は絶対だからな。だがまあ、保険医権限で制限をつけよう。二人っきりになれるのは五分間だけとする」
「五分間〜!? そんなんじゃろくな写真撮れないじゃないのよッ!」
「……ほう、そうか。パーティー主賓の九龍によけいな心配をさせて、パーティーを台無しにする気か? パーティーに協力しない者はみんなでお仕置きというルールだったな……?」
「わ……わかったわよッ。けど五分間は好きにさせてもらうわよッ!」
 部屋の外で全員が待機して、朱堂の嬌声と取手の泣き声を聞きながら五分間耐え、時間が終わるやいなや中に踏み込んだのだが、取手はしっかり半裸のあられもない写真を撮られていた。
「大丈夫、かまちー。色っぽくて可愛いぞ!」
「あ……ありがとう、はっちゃん……」
「お前、それは慰めているつもりなのか?」

 第九ラウンド。
「俺が王様っすね」
 夷澤はにやりと笑った。
「さっさと命令しろ、二年坊。ろくな命令じゃないだろうがな」
「へー、そんなこと言っていいんすか?」
「なにがだ」
「七番、ストリップしてください。女もいるから下着一枚まででいいっすよ」
 周囲は騒然となった。
「い、夷澤くん、それってセクハラだよ!」
「女の子だったらどうするつもりなのッ!」
 夷澤は方々から非難の言葉を浴びたが、あくまで倣岸にふふんと笑った。七番が誰かはもうわかっているのだ。
 さっき偶然ちらりと見えた。皆守の番号は七番だ。
 前々から気に入らなかった男、皆守甲太郎。そいつに九龍の前で赤っ恥をかかせてやる。
 そんなことを考えてほくそえんでいた夷澤は、だから九龍の声を聞いて愕然とした。
「あ、俺七番だ」
「……はぁ――――ッ!?」
「夷澤ー、お前そんっなに俺の肌が見たかったのか? それなら可愛くおねだりすればいつでも見せてやったのに〜v 二人っきりで」
「なっ、そっ、違ッ……ていうか皆守センパイ! あんたが七番じゃないんですか!」
「……ほう。お前は俺を素っ裸にしたかったわけか。残念だがな、見ろ」
 皆守が差し出したくじにはこう書かれていた。
 2番(下の棒はかなり短く)。
「………詐欺だーっ!」
「まーまーいいじゃん、こーいうのも王様ゲームの醍醐味のうちなんだろ? いっちょやらせていただきましょうかねっと」
 そう言って九龍は学ランの襟に手をかける。
「まあ待て、九龍。ストリップには音楽がつきものだろう。やはりここはカトちゃんの『ちょっとだけよ』だな」
 無精髭も爽やかに夕薙が言い、女子連に冷たい目で見られた。
「……夕薙クン、そういうとこに出入りしてるの?」
「さてな。それよりせっかくの九龍のストリップなんだ、面白い方がいいじゃないか?」
「うーん……」
 千貫がさりげなく立ち、音楽をかける。その曲は紛うことなきカトちゃんの『ちょっとだけよ』。
 九龍はふーん、という顔をしたあと、さっと髪をかきあげてにやりと笑ってみせた。
「音楽までかけてもらったんだ。とっくり拝めよ、俺の肌」
 同時に証明が落とされた。薄ぼんやりとした光の中で、九龍がしゅるしゅると、しどけなく、一枚一枚服を剥ぎ取ってゆく。
 ギャラリーはなんとなく息を呑んだ。九龍が百七十四×六十五の一見すらりとしているわりに脱いだらしっかり筋肉がついている紛うことなき高三男子であることに違いはないが、こういう風に演出されると、それはそれで妙な色気があるように感じてきてしまう。
 女子連もなんとなく息詰まるような雰囲気で九龍を凝視してしまう。集中する視線の中、九龍は学ランをするりと脱ぎ捨て、シャツのボタンを一個一個外し、引き締まった筋肉をあらわにして、ベルトを緩めようと――
「スト―――ップ!」
 夷澤がギャラリーと九龍の間に割り込んで、大声で叫んだ。
「ストップストップ! 王様命令っす、ここからは禁止!」
『………………』
「そんなこと言い出すなら最初からそんな命令するなよ」
 夕薙の言葉に、夷澤は顔を真っ赤にして反論した。
「まさか九龍さんが当たるとは思ってなかったんだからしょうがないでしょうがッ!」
「なに、夷澤俺の肌見たくなかったわけ?」
「そッ――そういう問題じゃないでしょーッ!」

 ラスト、第十ラウンド。
「ねぇねぇ、九チャンここまでけっこういろいろやらされてるのに一回も王様やってないよね〜。せっかくの誕生日なんだし、最後は九チャンに王様やらせてあげない?」
「いいわね」
「俺も別にかまわんが」
「え、いいの? ラッキー、一度くらい命令する立場になってみたいよなって思ってたんだー」
「なにを命令するんだ」
「んじゃあなー」
 九龍はポケットから一冊の文庫本を取り出した。
「二番と十六番と二十二番、これのアテレコやって。二番が男役、十六番が女役、二十二番がナレーターな」
「………なに、それ?」
「一昔前に流行ったっていう少女小説」
 少女小説のアテレコ!
 そのヘビーな命令に、思わず全員の間に緊張が走った。
「さて、二番と十六番と二十二番だれ?」
「私が二番だな」
 苦笑しつつ手を上げる瑞麗。
「……拙者が二十二番だ」
 苦虫を噛み潰したような顔で真里野。
「十六番は?」
「…………」
 無言で手を上げたのは、阿門だった。ぴしっと硬直する者が続出する中、九龍はにっこり笑ってみせる。
「じゃーこの三人にやってもらおうかー。一番恥ずかしい告白シーン! 百六十二ページからな」
 そういうわけで。
「待てよ、楠木」
 普通にさらりと読んでいる瑞麗。
「……その瞬間、胸がどきん、とした。あ、あたしの心臓がロデオをやってるみたい、胸から飛び出して跳ね回りそう」
 かなり照れつつもきちんと読んでいる真里野。
「―――なによ」
 完全な無表情で、棒読みで女言葉を使う阿門。
「お前なにそんなムキになってんだよ」
「ムキになってなんかいないわよ」
「嘘つけ。あんなに食ってかかりやがって、あれがムキになってないっていうならなんだってんだ。ただの冗談にカッカしてんなよ」
「あ……あたしは思わずカッとした。こいつ、本当になんにもわかってないんだ」
「アンタには関係ないでしょいちいち口出ししないでよ彼氏ってわけでもないのに」
 阿門は長台詞を一息で、早口で一気に、そして棒読みで言いつのる。その無表情とのギャップが笑いを誘い、夷澤は思わず吹き出しそうになったが、最後まではと思って耐えた。
「……彼氏だったら口出しできるのか?」
「え」
「あ……たしの心臓が、またどきんと跳ねた。どうしよう、なんだか涙が出てきそう。あたしはじっと上田を見た」
「ど……どういう意味よそれ」
「と、上田の顔がへらっと崩れた。真剣な顔が、いつものお茶らけたへらへら顔になる」
「な〜んつってな。驚いた? 今お前一瞬マジで聞いただろ〜」
「あたしはぷちん、と自分のどこかが切れる音を聞いた」
「バカッ、このバカ、スケベ変態アホんだら」
「なんだよ! そこまで言うことねーだろ!」
「あんたには冗談かもしれないけど! あたしには、あたしには……」
「あたしはたまらなくなってしゃがみこんでしまった。もうもうもう、なにもかも飛んでっちゃえばいい」
「おい……泣いてんのか?」
「伸ばされてきた手を、あたしはばしっと払った」
「……泣くなよ」
「沈んだ声で言ってあたしをぎゅっと、だ……抱き寄せる上田。あたしは、その腕を振り払って、上田を見上げた」
「上田――」
「あたしの瞳から、ぽろぽろっ、と涙がこぼれおちた」
「あたし、あなたが好きなの」
『………………』
「だーっはっはっは!」
 シメの一言を言い終わってしばし落ちた沈黙に、九龍の遠慮会釈ない笑声が響き渡った。その声に、我慢していた他の者たちもぶふっと吹き出す。
「あ、阿門クン……最初は棒読みだったのに、だんだん感情が篭ってきてっ……あははは!」
「くくッ……乗りやすい奴だぜ」
「だははははは、すっげぇ! 超受けるっすよ、阿門さん?」
「ご立派でした、坊ちゃま」
「…………」
 ずもももも、と阿門が険悪なオーラを撒き散らし出した。血管がビシビシィ! と顔に浮き出る。それに気づかず笑っている者たちに、至極珍しい阿門の大声が炸裂した。
「―――笑うな!!!」

 阿門邸を辞して、寮生みんなで寮に帰る途中。
 くいくい、と八千穂が九龍のすそを引っ張った。
「ん? なに?」
「ね、九チャン……今日、楽しかった?」
 その問いに、九龍はにこーっと、心底から嬉しくて楽しくてたまらないという笑顔で答えた。
「すっげー楽しかった!」
「……えへへ、その顔が見たかったんだッ!」
 八千穂の顔が笑み崩れる。準備の時も楽しかったが、やはり自分はこの時のためにみんなに働きかけたのだ。
 みんなに、九龍の心からの笑顔を見せたいと思ったから。
「よーし、明日からはまたバリバリやるぞー! 英気養えた!」
「そっか! えへへ、よかった!」
「俺はこんな面倒なことはもうごめんだがな」
「だったらアンタ抜きでやるからいいっすよ、別に」
「……お前はしゃしゃり出てくるな」
「なんでっすか! 俺の勝手でしょ!」
「……やれやれ、仲良しごっこはやはりそう長くは続かんということか」
「つーか最初から無理なんだって」
「その原因を作った元凶がなにを言う」
「まあいいじゃん。喧嘩がしょっちゅう勃発しててもこれはこれで楽しいし」
 九龍は横を歩く夕薙を見上げて、にっこり笑ってみせた。

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