「……ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう……あの馬鹿女……」 俺は高二にもなってえぐえぐ泣きながら、エンドレスで恨みの言葉を吐いていた。 この前実家に帰った時にこっそり運び入れた虎の子の酒はまだまだ余裕がある。俺は一本目のビールの缶をぐいっと空けた。 「っげほげほ!」 ビールが気管に入った。苦しい。おまけに苦くてまずい。 けど、男には飲まなきゃやってられない時ってのがあるんだ。 「アンタさぁ、うざいのよ」 その一言で半年間付き合った彼女にすっぱり振られた。俺としては俺と彼女はまぁまぁうまくいってるって思ってたからそれはまさに青天の霹靂だった。 けどあの女は、前からうざいうざいと思ってたって、あんたみたいな男暇じゃなきゃ誰が相手するもんかって、あたしはあんたの何百倍もいい男を見つけたんだって―― さんざん言われて、なのに一言も言い返せなかった。それは半分はお前そんなこと考えて俺とつきあってたのかよって呆然としたからで、もう半分はあいつの言葉に決定的な反論ができない、主張を一面認めざるをえない自分がわかってたからで―― そういういろんなことが悔しくて、もうどうすりゃいいのかってくらいへこみまくってて、そんな俺にはやけ酒ぐらいしか逃げ道がなかったんだ。飲んでるうちにさらにどんどん落ち込んできて、俺は部屋に閉じこもって泣きながらひたすら酒を飲んでいるわけだ。 「ちくしょー。ちくしょー。ちくしょー。俺がなんであんなこと言われなきゃなんねーんだよー。俺だってなぁ、お前のこと美人なんて一回も思ったことなかったよっ……!」 ぐちぐち言いながら盃を重ねる――と、音がした。 コンコン。窓ガラスを叩く音。 俺はざっと血の気が引くのを感じた。別に怖がりのつもりもないけど、ここは二階。泥棒かお化けか、どちらにしろろくでもない存在には変わりない。 だけどその音はいつまでたっても鳴り止まない。無視しきれなくなって、俺はばっと立ち上がり窓の方を見た。 「………………」 俺はぽかんと口を開ける。窓の外にいたのは、お化けでも(たぶん)泥棒でもなく、なんか妙にミリタリーっぽい格好をしたうちのガッコの生徒だった。学ランを着てる、どこにでもいそうな男子生徒がロープにぶら下がってにこにこしながら俺の部屋の窓をノックしている。 なんだか度肝を抜かれてしまって、俺はほとんどなにも考えずからからと窓を開けてしまった。開けてからヤバい人だったらどうしよう、という考えが浮かんで焦ったけど。 窓の外の男子生徒は、俺と目が合うと、にこにこという感じの笑顔をにかっ、という感じに変えて、俺に聞いてきた。 「なにしてんだ?」 「…………」 どう考えてもそれは俺の台詞だと思う。 だがその人は全然そう考えてないみたいで、面白そうに俺の部屋の中を見やるとさらに訊ねてきた。 「やけ酒中?」 「…………」 俺は答えなかった。部屋の中を見れば(なにせ床中に酒瓶を出してあるんだから。部屋には俺しかいないし)一目瞭然だっただろう。 その人はくりくりと目を動かし、片手でロープをつかんだまま(というか体をロープで支えてるみたいなんだ)、もう片方の手で盃を干す仕草をした。 「俺も一緒に飲んでいい? つまみ用意するからさ」 「………は?」 「ついでに愚痴の聞き役にもなるし。駄目か?」 「…………」 なに言い出すんだこいつ。こんな怪しい奴に一緒に飲まないかって言われてはい喜んでって答えるわけないだろ。それに俺は今どーしようもなくへこんでて、誰かの相手するような気分じゃないってのに……ついさっきまでちょっと忘れてたけど。 だけど、俺はそれが言い出せなかった。変質者っていうにはあまりに妙な奴ではあったけど、こいつが断ったら暴れ出すような奴かもって可能性が捨てきれなくて怖かったんだ。 「いい、けど………」 「そっか! ありがと、ちょっと待っててな!」 そいつは嬉しそうに笑うと、するするとロープを登っていった。……確かぶら下がってるだけのロープを登るのって相当力いるんじゃなかったっけ? とにかくそいつは窓の上へ姿を消し、俺はしばらく呆然とそいつが消えたあとを見つめていた。 一分近く呆然として、はっと我に返った。なにやってんだ俺は、失恋してやけ酒の真っ最中だってのに。 いささか白けつつも、飲みなおすかと床に座りこみかけたところで、コンコンと今度は部屋のドアがノックされた。 うぜえなー、と思いつつも放っておくわけにもいかない。渋々立ち上がって声をかけた。 「どちらさま?」 「俺俺、さっきの窓の外の怪しい人〜」 驚いて覗き穴をのぞきこむ。ドアの向こうにいたのは、紛うことなきさっきの男子生徒だった。 違うのはさっきの学ラン姿が体操服&ジャージ姿になっているだけで。 ………だせぇ………。 最近あの女の影響で服に敏感になってた俺はそう思う。別に男の服がおしゃれだってぜんぜん嬉しくないからいいけど。 俺はどうするかしばし迷った。このまま一人侘しくやけ酒を続けるか、この怪しい男子生徒を招き入れてみるか。実際どちらもあんまり楽しくなさそうな展開ではあった。 覗き穴を再度のぞいてみる。その男子生徒は穴の向こうでにこにこ笑っていた。 俺は諦めた。わざわざ来たのを追い返すのもなんだ、それに一人で飲んでたって落ちこむだけだし、どう転んでも今よりひどいことにはならないだろう。 俺は鍵を開けて、その男子生徒を部屋の中に招き入れた。 「入りたきゃ、入れよ」 その男子生徒はけっこう大荷物だった。その荷物の中身は全部食材だとわかったのは、そいつが「キッチン借りるなー」と荷物をひっくり返しててきぱき料理をし始めたからだ。 「お、おい。俺そんなに食欲ねぇぞ」 「心配すんなって、余ったら俺が持って帰るから」 「……なら、いいけど」 呆然と見守る俺に、そいつは手を動かしながら声をかける。 「あ、俺のことは気にせず飲んでていいぜ。すぐ終わるから」 ……さいですか。 他にどうしようもないので、俺は言われた通りそいつの料理する後ろ姿を見ながら飲んでいたのだが、やがてぷんと漂ってきた匂いに思わず鼻をひくつかせた。 なんか……すっげーいい匂い。 酒を注ぐ手が止まり、座った状態からなにを料理してるのかのぞこうと体を伸ばす。じゅわっ、となにかを揚げる音やら、しゃああ、となにかを炒める音やら、そんなものも聞こえてきて、なに考えてんだこんな変な奴の作る料理に、と思いつつも期待してしまう。 「はい、チーズ+小麦粉アレンジで、パルメザンチーズのスティックパイ上がり!」 「魚肉+マッシュルームで、背の青い魚ときのこのピリ辛焼き上がり」 「魚肉+植物油アレンジで、トート・マン・プラー上がりっ!」 次々に並べられていく料理に、俺はごくりと唾を呑みこんだ。どれも、すげぇうまそう。 箸と小皿を渡されて、一個口に運んでみて、目を見張った。 「……うめぇ………」 「だろ? あ、その酒に合う料理にしといたからな、酒飲みつつ食うともっとうまいぞ」 「うん………」 そして確かに料理はどれも酒によく合った。そんなに酒を飲みつけてるわけじゃないけど、料理も酒も妙にすすむ。 その男子生徒は俺のコップが空になると、手際よく水割りを作って渡してくれた。そのタイミングが妙に絶妙だ。こいつそーいうとこで働いてたことあんじゃねぇかな、と思ってしまうくらい手馴れている。 酒を飲みつつそいつを観察してみた。よく見るとそいつはけっこう男前だった。別にすげえ美形ってわけじゃないんだけど、なんか妙に味があるっていうか。表情が楽しげなせいかどうかはわかんないけど、いい感じの顔だ。人生感じさせるっていうか。 なんなんだろうこいつ。酔いはじわじわと回ってきているが、まだ明晰な頭で考えた。 こいつ急にやってきてなに料理作ってんだろ。そんでなに嬉しそうに俺の面倒見てんだろ。 ていうかこいつさっきなにやってたんだろ。こいつウチの生徒なんだよな? 「なぁ」 「ん?」 ちょっと首を傾げて、妙なくらい明るい笑みを浮かべるそいつ。 「お前、さっきなにやってたんだ」 「ああ」 そいつはちょっと笑った。 「寮から抜け出す用事があってさ。寮監をごまかすのも面倒だったんで、部屋からロープ垂らして降りてく途中だったんだ」 「その用事はもういいのかよ」 「いいよ。お前と会えたからな。今日は中止」 な……『お前と会えたからな』って……恥ずかしいことさらっと言うなぁ、こいつ……。 「んなこと言われるようなこと、俺なんもやってねぇけど」 「人との出会いって、なんかしてもらったからよく思えるってだけのもんでもないだろ?」 「……そうか?」 「そうだよ。別になにかしてもらったってわけじゃなくても、なーんとなく一緒にいて嬉しくなって、顔が緩んじゃう。人と人との出会いってのはそーいうもんさ」 そうなのかなぁ。 「俺も一つ聞いていいか?」 「なんだよ」 「なんでやけ酒なんてやってたんだ?」 ――その言葉に忘れていた落ちこみ気分が復活してきて、俺はずーんと肩を落とした。 「……思い出させんなよ」 「うん、悪い。けどどーしても気になってさ。俺はなんでお前がそんなに落ちこんでるのか、是非にも聞きたい」 ……変な奴。こういう時は「無理には聞かないけど……」って言うのがお約束じゃないのか? まあ、いいけどさ。どうしても黙ってなきゃなんないことでもないし……ていうか、誰かに愚痴った方が楽になるかなって気分でもあったし。 俺は愚痴を交えつつ、やけ酒の理由を語った。女に一方的な理由で振られて、へこんでいたのだと。 ……改めて口にしてみたらすげえ陳腐。 そいつは時々相槌を打ちながら話を聞いて、聞き終えたあと「そっかー」と深くうなずいて、おもむろにぐりぐりと俺の頭を撫でた。 「な、なにすんだよ」 慌てて頭の上の手を払う。だが、そいつはめげずに、にっと笑みを浮かべつつ俺の頭を撫で回し続けて言う。 「偉かったなって思って」 「……は?」 「苦しかっただろうに、よく頑張ったな。偉い偉い」 「……頑張ったって、なにが」 「なにって」 そいつは、また小さく笑った。 「お前、辛かったのに必死に耐えてたんだろ?」 「――――」 その言葉は、思ったよりも、俺の心にずしんときた。 「俺、振られたことってないからわかんねーけどさ。お前が本当に辛かったんだなってのはわかるよ。お前、辛いのに頑張って耐えてきたんだな。偉い。よく頑張った」 「…………」 なんだよ。 なんでそんなこと言うんだよ。そんな真剣な顔して。 そんなこと言われたら――すげー照れくさいけど、嬉しいじゃないか。そんで、なんかよくわかんないけどまた泣けてきちゃうじゃないか。 他人の前で涙なんか見せたくないのに。 必死に涙腺を引き締めている俺に、そいつはちょっと考えるようなそぶりをして、上目遣いで聞いてきた。 「もしかして、泣くまいとしてるか?」 「…………」 んなこと聞かれて、素直に答えられるわけねえだろ! 「ったくしょうがねーなー。ほい、ぎゅー」 「!?」 ふいに抱き寄せられて、俺は仰天した。俺は当然ながら、男に抱きしめられる趣味はない。 「は、離せよ」 「やだね」 「やだねって……」 「この体勢なら泣き顔は見られないですむだろ。なんなら耳栓したっていいぞ。俺の胸を貸してやるから好きなだけ泣きなせい」 ぷっ。俺は吹き出した。 「なに言ってんだよ、お前……んな古い漫画みたいな台詞……」 「古くても新しくてもどっちでもいいから。泣きたい時は泣いとくのがいいんだよ。俺の胸でよかったらいくらでも貸してやるから」 気持ちぶつけていいよ。 そう言うそいつの声が、あんまり優しくて、気持ちよくて、こっちの警戒心を緩めるような声だったので――俺はうっかり気が緩んで、少しだけ泣いてしまった。少しだけど。 「……お前、なんなの?」 離れるタイミングがつかめず、そいつに抱きしめられたまま、泣くだけ泣いたあとのぼんやりとした脱力感の中で俺はぼそりとそう言った。 「なんなの、って?」 そいつは笑いもせず、さっきと同じ優しくて気持ちのいい声でそう返す。 「なんで俺に……その、いろいろしてくれんの? 料理作ったり、慰めたりさ」 「そーだなー」 くふ、と小さく笑う声が聞こえた。 「まず、お前の泣いてる顔だな」 「……顔?」 「そ。本当に心底悲しくて悲しくてたまんないって顔で泣いてるからさー。こりゃなんとしても慰めてやんなきゃなるめぇって思ったんだ」 「な、んだよそりゃ……」 「それから、性格だな。俺ってばあからさまに変な行動してたのにさー、驚いてはいたけどわりとあっさり受け容れてくれて。素直に反応してくれて。いい奴だって思ったんだ」 「いい、奴………」 少し心が痛くなって、愚痴るように言う。 「あの女は面白みがないっつったぜ」 「なんだそりゃ。どこもかしこも面白い人間なんているわけねーじゃん、いたらそれは演出だ。けど人間はちゃんと生きてりゃどっか面白くなるんだよ、それを見抜けないのはつきあってる方が悪い」 「顔も普通だし、どこっていえるほど取り柄ないし」 「取り柄っつーのはなにかができることだけなわけじゃないだろ。なんかいいなって感じる、それだけで充分立派な取り柄だ。みんなそーいうとこで恋人になるんだよ。それに、俺はお前の顔好きだぜ」 「あの女は構いすぎてうっとうしいって……」 「それは嘘だ。構われるのがうっとうしいって感じるってことは気持ちがそこにないせいなんだよ。好きならうっとうしいって感じる時でも耐えていけるさ」 「それから、それから―――」 そんな調子でいくつもあげているうちに、俺はなんだかだんだん眠くなってきた。寝てる場合じゃないぞこんなとこで、と思いつつも俺はそいつの胸の中で安らかに眠りかかってしまい、そいつの体に寄りかかる。 柔らかく笑んだ気配があって、俺の体はすうっと浮き上がると温かくて大きなものに包まれた。その代わり体の温もりが離れ始め、俺は寂しくなって腕をつかみ、夢うつつで言う。 「お前……名前なんていうんだ……?」 また笑んだ気配。 「3−Cの葉佩九龍」 その言葉を最後に、俺の意識は眠りに落ちていった。 翌朝。かなり飲んだわりにはずいぶん頭はすっきりしている。 その頭で昨日のことを考えて、俺はうわああぁと恥ずかしさに身悶えた。 男の胸で泣いて愚痴ってるうちに眠っちまうなんて、なにやってんだ俺は。しかも相手は三年生だぞ、先輩だぞ。それにタメ口利いて料理ご馳走してもらってってお前……。 けど、気持ちよかった。 そんな風に思っている自分に気づき、俺はちょっと驚いた。確かに、あの人のしてくれたことはみんな気持ちよかった。めちゃくちゃへこんでたのに、なんかいい気分になった。今はもうあんな女に言われたことなんかあんまり気にならなくなってるくらい。 ……また、会えるかな。 そんなことを思ってしまう自分にまた驚く。恥ずかしいけど、なんかあの人いい感じで、また会えたら嬉しいなってそんなくさいこと素直に思っちゃうんだ。 服はダサかったけど、なんか、カッコいいかもって思っちゃったりして。 まあ、同じ学校にいるんだからまた合う機会もあるだろう。俺はベッドから起き上がって着替え始めた。 「………いた」 俺はあんぐりと口を開けた。目の前を、あの男子生徒――葉佩先輩が目の前の道を歩いてる。 ちょうど登校するところなんだろうな、と思って、なんだか嬉しくなった。なんでだかはわからないけどにやける顔を引き締めて、声をかける。 「葉佩先輩」 「ん?」 葉佩先輩は俺の方を振り向いて、ぱっと顔を明るくした。 「おー、お前は昨日の! 昨日はよく眠れた?」 「はい、おかげさまで。昨日はお世話になりました」 「別に無理して敬語使わなくてもいいぞ。でも、そりゃよかった。二日酔いにならないかって心配してたんだ」 「いえ、やっぱ先輩ですから。別に無理してないです。――ありがとうございます」 「うんうん、よかったよかった」 言って葉佩先輩はひょい、と俺の顔をのぞきこむ。なんだ、と思って硬直すること十秒と少し、その間じーっと俺の顔を見ていた葉佩先輩は、にこーっと、嬉しいって顔に書いてあるみたいな、明るくて優しくて、なんか気持ちのいい笑みを浮かべたんだ。 「元気になったな。ホント、よかった。嬉しい」 そう言ってぐりぐりと俺の頭を撫でる。なんだよ、大して背の高さ変わらないくせに。 だけど、なんだか照れくさくも嬉しくて、俺が頬を緩ませていると、横から険悪な声がかかった。 「九龍さん! なにやってんすか!」 「おー、夷澤ー」 「ん……? お前、確か同じクラスの……」 「よ……よう」 驚いた。夷澤は生徒会で副会長補佐なんてやってる奴で、2−Aでも目立つ生徒だ。けどやたら喧嘩っ早くて乱暴なので、誰からも敬遠されていた。 そんな夷澤が、なんで葉佩先輩に話しかけるんだ? 俺の疑問など意に介さず、夷澤は葉佩先輩にくってかかる。 「アンタ、俺が誰にでもほいほいスキンシップするなって言ったの忘れたんですか!? 勘違いする奴が出るからって! それをなんでこんな奴に」 こんな奴って……。ひでえ。 落ちこむ俺の前で、葉佩先輩は笑った。 「んなこと言ったってさー、したいんだもん。それにこんな奴はないだろ? こいつ悪い奴じゃないぜ」 「葉佩先輩……」 ちょっとじーんとして葉佩先輩を見つめると、先輩はにっと笑って俺の方を向いた。 「そういや聞いてなかったけど、お前名前なんていうの?」 「あ、俺は――」 「九ちゃん」 ふいに後ろから声がかけられ、俺はちょっと固まった。別に普通の、男の声だと思うんだけど、なんかこの声、怖い。 声の主はウェーブがかかった頭をした、ダルそうな男子生徒だった。三年生だろうか。別にどうということもない普通の男子生徒だけど……なんか殺気を感じるのは気のせいか……? 「うわ、甲珍しー。どうしたんだこんなに早く」 「どっかの馬鹿が騒いでたせいで目が覚めたんだよ。それより今日はお前日直だろう。早く行け」 「え? そーだっけ? 覚えてないけどなー」 「日直なんだよ。とっととしろ、途中までならつきあってやる」 「あ、お前またサボる気? 泣かすよちょっと」 「ちょっと皆守センパイ、横入りしないでくださいよ! 九龍さんと先に話してたのは俺なんすからね!」 「阿呆かお前は。つきあってられん、行くぞ九ちゃん」 「あ、こら引っ張るなって」 「九龍さん! そんな奴ほっといて俺と行きましょう!」 二人に両側から引っ張られつつ去っていく葉佩先輩を、俺は呆然と見つめた。なんか、口を挟めない迫力があったんだ。 そんな俺に、葉佩先輩はふいに振り向いた。え、と思うが早いか、口を動かす。 「またな」 そう言って、葉佩先輩は引っ張られていった。 「……………へへ」 俺はちょっと浮上した。なんかよくわかんないけど、葉佩先輩は俺にまたなって言ってくれた。なんか、妙に嬉しい。 また会えるよな。今度は、あいつらのいないとこで会うよう頑張ってみよう。 そしたら、今度はもっといろんなことを話すんだ。 そう思って、俺は妙にうきうきしつつ校舎に向かった。 |